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祖父の原爆絵本を語り継ぐ【第8回(最終回)】孫として、いま思うことと、これからのこと

祖父も、私も、被爆者ではない。
でも、語らずにはいられなかった。
伝えずには終われなかった。
その思いを、次のかたちへ。

私は、被爆者遺族ではありません。
だから、「何を語っていいのか」「どう記録していいのか」と迷う気持ちも、ありました。
広島で ナガサキを語るのか。
広島にいるのなら、ヒロシマを語るべきか。

けれど、祖父・坂口便もまた、被爆者ではありませんでした。
原爆が投下されたそのとき、祖父は中国にいて、長崎にはいなかったのです。

それでも、祖父は「語り手」でした。
原爆で命を失った仲間の教師たちや教え子たちのこと。
被爆して苦しみながら生きた人々の姿。
その一つひとつを、時間をかけて聴き取り、書き記し、そして絵本にして伝えてきました。

被爆者でしか、語れないことがある。
被爆者ではないからこそ、語れることもあるかもしれません。

どちらだとしても 繋ぎたいきもち、伝えたいことの根っこは同じところにあるのではないかと、今は思っています。

そして、祖父が伝えようとしたものは、今、私の中にも静かに残っています。
誰かに言われたわけじゃない。
でも、たしかに「繋いでいかなくては」と思ったのです。

✏️ 祖父の遺したものと、これからの私

子どもの頃、祖父は私に“手づくりの原稿”をくれました。
ホチキスでとめて、背表紙はビニールテープで留められた、小さな絵本。

祖父が生きていた時代。
そして、祖父が語らずにいたこと。
それを私は、孫として、自分の言葉で記録していこうと思います。

📚次回からのnoteについて

この連載は、いったんここで一区切りとします。でも、ここで終わりではありません。
次は、ヒロシマ、ナガサキ、についての、原爆についての考察や、
祖父・坂口便が残した絵本や原爆読本を一冊ずつ紹介していくnoteにしようと思います。

そこに描かれた言葉、思い、背景。
そして、それを今読む私のまなざし。
また、ヒロシマとナガサキ、
両方にご縁があるからこその気づきがあるかもしれません。

二つの被爆地、二人の時間を重ねて、
きおくを 繋いでいけたらと思っています。


🟨Special Thanks
この連載の執筆にあたり、「聞き書き 坂口便先生」より引用・再構成させていただきました。
著者・末永浩さんへの深い感謝を申し上げます。



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