Episode 91 表計算は必須です。
今でこそパソコンがない生活なんて考えられませんが、私が就職して社会に出た1993年頃は、まだパソコン普及率はあまり高くなかったのです。
パソコン時代の到来を告げたのは Windows95 の発売がきっかけで、以後パソコンは爆発的に社会に普及していくワケです。
私が初めてのPCを購入したのが1996年のこと…富士通FMVのノートパソコン、僅か1GBのハードディスクで20万円近くしたような記憶があります。
そこまで高価なPCを敢えて購入した理由は「表計算」を使いたかったからです。
私、考え方のベースが理系なのに、全くもって計算ができません。
子どものころから繰り上がりの計算が苦手で、二桁の足し算を暗算でやる自信がありません。
いや、出来るんですよ…でも、絶対に正解だって言いきる自信がないのです。
だから、普通の生活ではアバウトな計算で行くか、検算をしてキッチリと答えを出すかの二通りになるわけですが、性格的にアバウトは苦手なので、結果的に苦手な計算を必死でやる羽目になります。
それ故に「表計算」という考え方は画期的に見えました。
電卓は数字も計算式もその場で入力しなければなりませんし、一回ずつの計算が合っているかどうかの中間部分が残りません。
その点、表計算は計算式をセルに入力しておく…という方法で途中の計算部分を保存できるわけですよ。
今となっては当たり前の「Excel」ですが、今から二十数年前に、それこそ「目から鱗がおちる」画期的な大発明として私の目の前に現れるのです。
もうね、苦手で嫌いな計算を全部PCにやらせるわけですよ。
これが最高に気持ちよくてですね。
その一方で、計算式を立てることには苦を感じませんでした。
何をどうすると欲しい結果の数字が出るのか…と考える作業はASD的な理詰めの感覚でカバーできるわけで、考え方を関数の数式に置き換えられるという点でハッキリと意思を文字に出来るのです。
最近では自ら考える「AI」なるものが話題ですが、PCという答えに融通が利かない機械と私の親和性は非常に高く、私の融通の効かない問いに、計算ミスなく正確に答えを出してくれるわけですよ。
変な答えが出るってことは計算ロジックのどこかが間違えているためで、Excelの計算式はその間違いを「忖度」してくれたりはしないのです。
こうして私とPCとの繋がりはスタートします。
私の求める○×に100%で答えてくれるPCは、その後の私の生活に無くてはならないものになっていくのです。
旧ブログ アーカイブ 2018/12/14
