Episode 847 思考の凝りを解すのです。
先日、私は「私のような Autistic(自閉の民) にもホッとできる場所が必要で、市井にその数が足りていない」という記事を書きました。
兎にも角にも、Autistic に限らず、あらゆる「マイノリティ」を自覚する人々がマイノリティ性をオープンにできるスペースの数が足りないのです。
私が主催するような自助会にしても、自分たちのペースでお酒を飲めるような場所も、その数が圧倒的に足りていないのだと思うのです。
いつものように書き上げた記事を 𝕏 で紹介したところ、私の記事によく反応して下さるレイ(@wagonthe3rd) さんから、次のような引用リポストをいただきました。
同調圧力、同調圧力というけれど、実は、アリスティックは好ましい同調なら大歓迎でむしろそれが必要なんやなあ。
— レイ@毎日がロードムービー (@wagonthe3rd) October 14, 2025
だから息抜きの場というのは自分に合った、自分の求める同調が得られる場になる。
これは日本の内外問わず。
オーティスティックが本当に求める息抜きの場は様相が違うんやなあ。 https://t.co/MpewF8Xl4n
この引用リポストは以下のように続きます。
だから、アリスティックはオーティスティックに対して(そういう言い方でないにしろ)「ならどういう同調ならいいの?」と問うてしまいがちなんやなあ。
でもオーティスティックに必要なのは、自分自身のビート、クロックに戻れることなんやなあ。
自分自身のビート/クロックでうまくサンプリングしてアリスティックに同調できるなら上手く付き合えもするし、なんなら求めもするけど。
ハッとしました。
何と言いましょうか、いつの間にか「同調」をネガティブなイメージで固定してしまった私がいる…そんな可能性を指摘された気がしたのです。
レイさんの言い分としては、Allistic(非自閉の民) は自分の求める同調を得られる場所を好む…それこそが息抜きの場所でホッとできる場所なのだ…ということだと思います。
Autistic は、Allistic スタイルの同調と異なるビート/クロックだから、上手く Allistic の同調に馴染めないのでしょう。
異文化交流の上手い Autistic は、サンプリングした Allistic の同調を、自分のビート/クロックに違和感なく乗せてプレイする…ということでしょう。
つまり、(ヒップホップなどの音楽で言うところの) DJプレイが上手い、というようなハナシなのかもしれません。
ただし、このDJプレイ的な発想は、あくまでも Allistic のビート/クロックをサンプリングして、Autistic の私のビート/クロックに馴染ませて表現する技術 (≒擬態/マスキング) の話であって、周囲の人々が Autistic の私のビート/クロックに理解を示す…ということではないのでしょう。
聞いている側である Allistic は、あくまでも Allistic 的なビート/クロックで Autistic の私と付き合っている…ということです。
ここまで考えを巡らせたとき私は、これは Autistic と Allistic の立場が逆転しても、同じことが言えるのではないか…と思ったのですよ。
冒頭で紹介したnote記事「数が足りていないのです。」で指摘した内容は、マジョリティには多く存在している「息抜きできる場所/ホッとできる場所」を、同じようにマイノリティに向けての数を増やさないとならない…ということでした。
もしも「息抜きできる場所/ホッとできる場所」が、仲間との共感や意見交換によって満たされるのならば、マイノリティたる Autistic である私も、仲間との「同調」を求めていることになりはしないか…と。
つまり、Autistic の私は、Autistic の私のビート/クロックで乗って (同調して) くれる仲間を求めているし、そんな場所を探している…ということだろうと思ったのです。
おそらくここにあるのは、二重共感の問題です。
Allistic も Autistic も、それぞれの立場から、それぞれへの同調を求めているのでしょう。
それが大前提ではあるものの、現実的にはマジョリティ優位の社会で、同調を求める側と同調せざるを得ない側の権威勾配が発生するのです。
この権威勾配が作り上げるものが、即ち「圧力」。
私のような Autistic は、同調を求められ、強いられることが多かったが故に、実際には必要で求めている同調があるにもかかわらず、同調という言葉にネガティブなイメージを感じてしまうのかもしれません。
こういう「基本的な気付き」は、凝り固まった思考を揉み解す、良いキッカケになったりするのだと、今回改めて思ったのでした。
そんな気付きを下さる方がいることは、私にとって本当に幸せなことなのだと感じます。
DJプレイといえば、やっぱりこの人たちでしょうかね。
今回の話題風に解釈すれば、サンプリングしたこの世のイロイロを自らのビート/クロックで加工して、元の世界に「好ましい形」で表現した…でしょうか。
ただし、この二人の「天才的思考」の中身は、元の世界とイコールで結ばれる「同調」であるか…と問えば、「然にあらず」な気がしますが。
