Episode 146 そして追い詰められるのです。
物事を成し遂げるにあたって「我流」で大成する人って、どのくらいいるんでしょうかね。
私は、ほとんどそれは「自営」の人に限られるのだろうと思います。
芸術家にしろ、起業家にしろ…です。
会社の中で「我流」が許されるのは、新規事業の立ち上げぐらいでしょうかね。
全く誰も滑っていない新雪のゲレンデにシュプールを描くみたいな話なんて、会社の中にはそんなに転がっていないワケでして、大概の場合は「既定のやり方」が存在するのです。
恐らくですが…私の「既定のやり方」を理解する能力は平均以下なんだと思います。
何故ならば、枠にはまるルーティンは、自らが納得して形になるからです。
既存の部署に異動して仕事を理解するのに、「普通の人」がどのように作業を理解しているのか分かりませんが、多分「どうして今の作業形態に落ち着いたのか」なんて考えていないのだろうと思います。
私はその部分を飛ばして表面の手順だけを飲み込むことが出来ません。
キチンとした理由があって、その作業がある。
そのキチンとした理由とは何ぞや?
以前、お話ししたプラモデルの話です。
基本的には説明書通りに組み立てるだけなんですけど、キレイに作るには「コツ/ノウハウ」があって、どこから手を付けるのかを完成予想からの逆算して、工程表を描いた上で作業するのです。
今、この会社のこの部署で行われている作業形態には、長年この部署で仕事をしてきた人たちが積み重ねた作業ノウハウがあるハズ…。
自分の感覚が、この積み重ねられた部署の作業形態にリンクするのか?
ASDのルーティンは決められたことを決められたとおりに作業することが得意って、そんな単純なものではないと私は思っています。
どうやったら上手くいくのかを突き詰めた結果がルーティンとして安定するわけで、既定の作業形態を受け入れるには、そこまでに至った過程を理解して納得することが必要なのです。
流れていく作業を「良いからこの手順で覚えて!」って言われても…。
ああして、こうして、こうなるから…の部分がないと私の頭の中には全く入ってこないのです。
恐らくですよ、部署の人と私の求めている解説のレベルが違うんです。
教え手は「作業の順番や手順」を教えようとしている…つまりアウトプットの部分だけの話で終わらせようとしているのです。
とりあえず目に見える作業を覚えててもらう…その理由は追って覚えてね。
「一般の人」から見たら、私は面倒くさいヤツだったでしょう。
直接作業に関係ない「理由」を聞いてくるわけですから。
私は必至で作業をルーティンに組み込む努力をするわけですが、ルーティンを構成する根拠が見当たらない。
文字では足りず、聞けば煙たがれ、我流で理解するには時間が足りない。
切られた期限の3ヵ月は、目の前に迫っていたのです。
旧ブログ アーカイブ 2019/2/7
