Episode 147 自覚だけではダメなのです。
2010年の初夏、ついに私は出社できなくなってしまいます。
パートナーが精神科の予約をとってくれて、連れて行ってくれました。
「鬱」でした。
非常に分かりやすく「鬱」の症状が出ていたのだろうと思います。
気持ちがプッツリと切れて、何もする気になれないし、何も考えられない。
医師から「デパス錠」が処方され、診断書が出され、休職するに至ります。
私をそこまで追い詰めたものは、やはり私が持つASDの特徴だったと思います。
一言で片づけてしまえば、対人コミュニケーション能力の弱さです。
ただ、春の本社異動からの3ヵ月で休職に追い込まれないようにする方法を、私がその当時に持ち合わせていたかと言えば、それも疑問です。
今までの記事の中で、ASDの特徴として私が持ち合わせているものの「感覚」を具体的に解説してきたワケですが、それはあくまでも「後から振り返って」の話であって、その当時に自分自身の分析ができていたワケではありません。
何度となくこのブログで「社会に on する感覚」の話をしてきましたが、これは自らの発達障害という特性に気が付き、自分なりに認めて付き合って行く覚悟を決めた後に発生する感覚でしかありません。
残念ながら、二次障害という苦痛を伴って尚、私は自分の発達障害に気が付きませんでした。
どのタイミングで自分が発達障害者だと気が付き、それを飲み込むことが出来るか?
気が付いただけではダメなんです、それでは固いステーキを飲み込めずに咀嚼しているみたいな話です。
私がこの拙ブログを読んでくださる皆さんにお伝えしたいことは、発達障害を早めに自覚し、それを自分自身で飲み込んで、劣等感なく異端であることを認識することです。
誤解を恐れずに敢えて言えば、竹宮恵子先生の名作マンガ「地球へ…」で描かれる「不適格者(=ミュウ)」の存在こそ発達障害の世界であるような気がするのです。
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