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時代とともに求められる男性像が変わって、おじさんは困惑してないですか?




皆さんはモテたいですか?


モテたくない、といったら嘘になる……でしょ?




盛大にモテる必要はないけど、
身近な異性から、年代問わず
あの人いいよね!って思われたい。 



じゃあ、今どんな男性像が求められているのでしょうか?昭和と令和で、求められる男性像はどう変わったのでしょうか?ちょっと、考えてみましょう。



まずは、AIに聞いてみましたよ。


📍昭和時代が求めた男性像


・無口
・俺についてこい
・車の運転がうまい
・お金を稼ぐ
・背中で語る
・少し危険な香り
・女性を守る
・頼れる、強い

chatGPT


昭和時代は、男性が女性を守るという概念が強かった。経済力で守り、腕力で守り、「父親=外で働いてなんぼ」とか、男性が働き女性が家を守るみたいな価値観がはびこっていました。



📍令和時代が求める男性像


・話を聞ける
・感情を言語化できる
・家事ができる
・共感力がある
・圧がない
・境界線を尊重する
・一緒に考えてくれる

chatGPT


令和時代は、話題を共有でき、同じ立場でお互いを尊重し合いながら、並んで歩ける人が必要になってきています。


そして、この令和版は、男性に限らず、同性の友達などにもそのまま応用できますね。「友達になりたい人」とタイトルを変えても、そのまま同じ条件になりそうです。

つまり、「男性だから」ではなく、「人としてどうか」が求められているのかもしれません。



📍安住アナが考える年代別モテる男性像


ここで、ちょっと一息入れます☕️

安住アナの視点に注目です。
ラジオ「安住紳一郎の日曜天国」で、安住さんは、
年代別の「モテる男性像」をこんな風に分析していました。


0〜9才 距離が近い・・・お父さん。同じクラス、近所の子など。
10代前半 足が速い・・・特に短距離走。リレーの選手など。
10代後半〜20代 見た目・・・背が高い、カッコいい、筋肉など。
30代 見た目+中身・・・カッコよく優しい。スマートで紳士的など。
40代 情報を持っている・・・美味しいレストランや買い物の情報など。
50代 いい病院、治療法を提供・・・あの先生いいよ。鍼が効くよなど。
60代 内臓が強い・・・美味しくたくさん食べる人。
70代 足腰が強い・・・すっと立ち上がれる。長い距離を歩ける。
80代 耳が良い・・・呼んだら聞こえる。反応してくれる人。

安住さんの独断と偏見



子どもの頃は、まだ自分の世界が小さいため、狭い範囲の中で、「スキ」という気持ちが生まれるのですね!そして、わかりやすい、目で見えるカッコよさにキュンとなるんですね。本能的なものでしょうか。

30代からは、見た目もだけど中身も同じぐらい大切だよね、の時期が訪れて、40代からは、有益な情報提供が大切になってきています。この辺りから、共通の話題を持っているかが大切になってきています。


50代以降は、情報提供の中身も健康の話に移行し、60代以降は、衰えの遅さがモテる条件になっています。最後は、生命力みたいなところに落ち着くのですね。


安住さんの独特の観察眼が面白かったので、ご紹介させていただきました☺️



📍私の周りにいる好かれている人


思いやりがある
話をよく聞いてくれる
明るく話しやすい 
よく気がつく

私の周りですから、主に勤務先の人になります。そして、おじさんが多めになります。


壮年期の方はおとなしく寡黙な方が多いのですが、明るく話しやすいおじさんは、私みたいなおばさん世代からも、もう少し上の女性からも、そして若いお嬢さん世代からも支持されています。

女性も、人見知りの人は多いのです。だけど、話しかけられたら、つまり、きっかけを差し出してもらえたら話せる女性はたくさんいます。だから、話しかけることができる男性、自分からきっかけを作ってくれる男性は、重宝されるのですね。


つまりは、コミュニケーション能力が高い人が好かれるわけですが…。誰もがコミュニケーション能力が高くなれるわけでもないんですよね。簡単にコミュニケーション能力といえども、そこを育てるのって、一朝一夕にはいかないのです。


少し前までは、好きになる人の条件に「尊敬できる人」というのがよく挙がっていましたが、これも時代なのか、最近はあまり聞かなくなりましたね。


それは人が、自分のないものに憧れる時代が終わり、自分は自分でいいと認め始めたからなのでしょうか。


自分とはかけ離れた能力の人をそばに置いて、自分が小さくなるのではなく、いろいろな面で自分に近い人と同じ目線で、協力して対等に生きたいという価値観が芽生えてきた
のでしょうか。



📍モテるモテない以前に大切なこと3つ


清潔感がある
挨拶ができる
感情に波がない

これができてないと、対人関係を築く上でかなりの障害になります。
とても基本的なことです。


清潔感は、特別なことはしなくていいと思うのですが、匂いをさせない、最低限の手入れ(髪をといている、鼻毛が出てない)は怠らないようにしましょう。今は、男性もいろいろ美容などに気を遣う時代のようですが、興味がないなら追いすぎなくてもいいと個人的には思います。

挨拶は自分からするだけで、本当に好感度が上がります。目を見てできたら尚よしです。「ありがとう」「ごめんなさい」も大切です。気の利いたことが言えなくても、ここだけは死守してほしいです。


機嫌がいい日と悪い日がある人は、全く好かれていません。「今日、あの人機嫌いいかな?悪いかな?」と、相手に余計な気を使わせる人が、好かれるはずはありません。そんな人は、疲れるのです。感情のコントロールができることはマナーです。



📍許される人


また、好かれるとはまた違うのですが、か「なぜか許される」人がいます。


一生懸命だけど空回りしがち
あわてんぼう
おっちょこちょい
自分のダメなところを開示できる
悪気なく失敗する


こういう人、いませんか?職場の雰囲気によっては全く許されないと思います。だけど、私の職場ではなんとなく許されています。特に子育て世代以降の女性が多い職場では。


それは私たち女性に、母性本能があるからかもしれません。男の子を育てた女性は尚更、男性というのは、いつまでもダメでかわいい部分があるのを知ってしまいます。


生物的に、「どうしても男性はこうなんだよな」、と一旦諦めたり、自分がフォローすることで上手くまわることを知っています。。


私も昭和のおばさんなので、昔は頼れる人、甘えられる人に憧れていました。自分にできないことができる人を尊敬していました。


息子を産んで育ててみたら、人並みにできないことが多く、ため息ばかりでした。でも、素直さとか、頑張っている過程を見てしまうので、どうしてもそちらの好意的な感情が勝ってしまうのです。許してしまうのです

結果、日によって機嫌が変わる権力者よりも、手がかかるけど、ちょっと笑われながらも、助けられながら楽しくみんなの中にいる人の方が好かれるように思います。



📍おじさんは、「テヘペロ😜」が苦手




私は、今のご時世の「おじさんを馬鹿にする空気」が、あまり好きではありません。もちろん、時代に合わせて適応していくべき部分はあります。でも、今の社会があるのは、昭和生まれのおじさんたちが長い時間働いて、黙って支えてきた歴史があったからだと思っているから。

「男だから」という理由だけで、いろいろなことを強いられて来たと思うのです。今のような、個性を重視する世の中でもなく、集団の中でみんなと同じように、選択肢も少ないまま、与えられたことをただ真面目にしてきた人も多いはず。


それしか選べなかったし、それ「正解」だったのよね。。


でも、いつの間にか世の中の価値観は変えられてしまっていて・・・。

そして、そこにおじさん世代の正解を持ち込んで、

「古い」

「圧がある」

「アップデートできてない」

「飲み会?意味あるんですか?」

と言われてしまうのは、なかなかしんどいと思います。




だから今みたいに、

「ちょっと頼りなく抜けてる人」

「できない、助けてって言える人」

「ごめん、間違えたが言える人」

が好かれる時代に、おじさんが適応するのって、難易度が高いんでしょうね。


今まで「やってはいけない」と言われ続けてきたこと「男らしくない」と信じてやらなかったことが、「今の時代の好感度を上げる材料」になっていて・・・。

ぐっと我慢して何も言わなければ、コミュニケーション能力がないと言われ、決めたことを貫こうすると頑固と言われ・・・


どう生きていいかわからなくなっている人もいるのでは?


おじさんは、「テヘペロ😜」が苦手なんだと思う。


だって、「テヘペロ😜」は、許されなかったから・・・。


昭和は努力、根性の世界。


「テヘペロ
😜」は誰も教えてくれなかったから・・・。



むしろ、昭和では禁じ手だったから。





しかも、男性は女性以上に、孤独を抱えやすい。
男性同士で悩みを共有する文化が弱いし、プライドもあるし。


弱さを見せる機会を与えられないまま、おじさんになってしまった。




離婚した元夫も、若い世代とのコミュニケーションは難しいと悩んでいたし、他の男性に聞いても、若者とのジェネレーションギャップに苦しんでいました。


きっと、他にもたくさんいらっしゃると思うのです。若者と噛み合わない人が。

昭和と令和の間で、自分というものをどう移行させていけばいいのかわからずに、宙に浮いている人が・・・。


私がなぜ、こんなことを考えたのかというと…。最近、本を読みました。


普段、ほとんど本を読みません。ろくに本も読まないくせにnoteで物書きの真似事をする私が、どうしても読みたかった本。


朝井 リョウ

「イン・ザ・メガチャーチ」



本屋大賞を受賞した作品です。「推し活」を軸にして話は進むのですが、主人公は47歳のおじさんです。読んでいてしんどくなりましたが、読んで本当に良かったと思いました。


また感想を書きます。多分、1投稿では収まりそうにありません。



人生は、

おじさん、おばさんになってからの方が長い。


あと何年生きられるかわからないけど、平均寿命まで生きるとしたら40年もあるの?!果てしなく恐ろしいと思いません? 

また生きているうちに、新しい価値観は生まれるのかもしれない。


今、正しいと思っていることが、価値を失う時代が来るのかもしれない。


そして、これからの40年、何を生きがいに、どこに自分を投下し、誰とかかわることを望んで生きるのか、考えたい。


何の話でしたか?

モテる男性は?の話が、昭和のおじさんが、時代の間で揺れている話になってしまいました。

いつも、まとまりなくすみません・・・。
長い話を読んでいただきありがとうございました。




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