怒りを、責める前に|鳴っていたのは、知らせだった
深夜に火災報知器が鳴ったことがあります。
マンションの廊下に出ると、他の部屋のドアも少し開いて、住人が顔を出していました。
煙の匂いはなく、炎も見えなかった。
しばらくして管理室から「誤作動でした」という放送が流れて、廊下は静かに戻りました。
部屋に入ってから、天井の火災報知器を見上げました。
丸くて白い、ふだんは意識しない機械です。
誤作動だったとはいえ、火災報知器は何かを感知したから鳴ったのだと思います。
鳴ったこと自体は、火災報知器の仕事をしていた、ということでした。
ふと思ったのです。
怒りも、火災報知器と同じではないか、と。
何かが起きたとき、鳴る。それが怒りの仕事なのではないか。
その夜からしばらく、このことが頭に残っていました。
怒りを責めていた時期が、長くありました。
感情的になってしまった翌朝の自己嫌悪。
言い返してしまった言葉を、夜になってから何度も再生する時間。
怒りが来るたびに、怒りと同時に「また来た」という嫌悪が来るようになっていきました。
怒りを感じた瞬間に、もう責めが始まっていた。
そのうちに、横隔膜のあたりで息が詰まるようになりました。
怒りが来たとき、呼吸が浅くなって、そこで止まる。
吸えないまま、怒りと嫌悪の両方を抱えている。
怒りを責めるたびに、次の怒りへの感度が上がっていたのだと思います。
「怒り=悪いもの」という紐付けが強くなるほど、怒りが来たときの反応が速くなり、大きくなっていた。
火災報知器が、煙でもないものに反応するようになっていくように。
怒りを責めるたびに、怒りは煙の在り処ではなく、音そのものになっていきました。

火災報知器が鳴ったとき、私たちは火災報知器を責めません。
それが仕事だと知っているから。
でも自分の怒りに対しては、「鳴るな」と言い続けていました。
どこで煙が出ているかを確かめる前に、とにかく音を止めようとしていた。
止めようとするほど、次に鳴ったときの音が大きく感じられた。
音を止めようとするから、循環する。
知らせとして受け取れたとき、循環が止まる。
この逆説は、横隔膜の息が戻るまで、見えませんでした。
火災報知器を使う側に回った日、横隔膜のあたりで息が戻りました。
使う側に回る、というのは、
音を止めようとする前に、一度だけ「今日どこで鳴っているか」を確かめることです。
ある夜、誰かとのやり取りの後に、横隔膜のあたりで息が詰まりました。
いつものように、怒りと嫌悪がセットで来ていた。
でもそのとき、嫌悪の方を少しだけ後ろに置いて、
怒りの方だけを見てみました。
今日来たものだ、と思いました。
昨日のものでも、去年のものでもなく、この場面で鳴った知らせだ、と。
そう思えた瞬間、横隔膜のあたりに空気が戻ってきた。
止まっていた息が、一段深くなった。
息が戻ってから、はじめて怒りの輪郭が見えました。
言葉をちゃんと受け取ってほしかった。
その願いが、そこにありました。
音を止めようとしているあいだは、ここまで見えていなかった。

今でも、怒りが来るたびに使う側に回れるわけではありません。
嫌悪が先に来て、横隔膜で息が止まったまま、そのまま夜が終わる日もあります。
ただ以前と少し違うのは、
息が詰まっていることに気づいたとき、
「また怒った」ではなく「今、何かが鳴っている」という方向に、
少しだけ向けられることが増えたことです。
怒りを消さなくていい。
火災報知器の下で、一度だけ、深く息を吸ってみる。
今日鳴ったこの知らせが、どこから来ているかを、
呼吸が戻ってから確かめればいい。
あなたの中で今日、何かが鳴っているとしたら。
それは、何かが起きたという知らせです。
今夜、鳴っていたのはどのあたりだったでしょう。
ゆきの

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