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「なんか違う」の奥に、葉脈がある|光に透かすと見えてくるもの


心に、ひと呼吸の余白を。

こんにちは、ゆきのです。


四月の終わりになると、窓の外の緑が少し濃くなります。

夕方なのに、カーテンを引かなくてもいい日がある。
その緑を眺めていた夕方のことです。


新しい環境に入って、一ヶ月近くが経っていた頃。
慣れなければと思って、笑顔を意識して、言葉を選んで。
それなりに過ごせているはずなのに、帰り道だけ、胸のどこかが、すとんと落ちる。


「なんか違う」


それだけが、静かに残っていました。


嫌いな人がいるわけでもない。
何か大きなことが起きたわけでもない。
ただ、なんか、違う。

その感覚と一緒に電車に乗って、一緒に帰ってきて。

玄関を開けると、部屋の空気だけが、いつも通りでした。


以前の私は、この「なんか違う」を、弱さの証だと思っていました。

「慣れれば消える」
「気にしすぎだ」

そうやって、いくつもの言葉で押し込んでいた。
でも押し込むほどに、その感覚は消えるどころか、形を変えて残ることがありました。

喉のあたりに、うすくつかえるものがあったり。
肩が、知らないうちに少し上がっていたり。
誰かと話しながら、胸のあたりに微かな抵抗があったり。
 


頭では「大丈夫」と思っているのに、
からだのほうが、「何かある」と静かに言い続けている。
 


ある日の帰り道、花壇の前で、ふいに足が止まりました。
理由は、わかりません。

土の匂いがした。
それだけのことなのに、肩が少し下がっていた。

理由は、あとからしかわからない。
でも、何かが少し変わった気がしました。
 


あの夕方、部屋に戻って、窓越しに木の葉を眺めていたとき、
ふと試してみたことがありました。

光の当たっている葉を一枚、じっと見つめてみる。


遠くから見ると、ただ緑の塊に見えるものが、
光に透けると、葉の内側に、細い筋が浮かんできます。


葉脈。

ふだんは表面に埋もれていて、見えない。

でも光を当てると、確かにそこにある。
 


「なんか違う」も、少し似ているのかもしれません。
 


消そうとするのではなく、
葉を光に透かすように、少しだけ近くで見てみると。

その内側に、細い筋が見えることがあります。

たとえば。
新しい場所で感じた『なんか違う』の奥に、
ほんとうは、静かに過ごしたかった願いがあることもあります。

誰かの言葉にざわつく日の奥に、
丁寧に扱ってほしかった気持ちが残っていることもあります。


葉脈は、一本ずつ形が違っています。
あなたの「ちがう」の奥にも、その日だけの筋が通っているのかもしれません。
 


もちろん、毎回そんなふうに読み解けるわけではありません。
光に透かしても、何も見えない日もある。

それでいいと思っています。

ただ、「なんか違う」を、
消すべきもの、わがまま、弱さの証として扱わなくなった。

それだけで、電車を降りたときの足の重さが、少し変わった気がしました。

あの感覚が来たとき、責めるより先に、
からだのどこにその感覚があるのかを、
指先でそっと確かめてみる日があってもいい。

できない日は、ただ「来たな」と思うだけでも、十分だと思っています。

喉なのか、胸なのか、肩なのか。

場所がわかるだけで、少しだけ輪郭が見えてくることがあります。

名前をつけなくても。
意味を見つけなくても。

「ちがう」を感じている。

それは、何かを、まだ受け取っている、ということなのかもしれません。

そのままで、今日はそれで十分な気がします。


窓に手をあてると、ガラスがまだ少しひんやりしていました。

緑の葉は、何も言わずに、ただそこにある。

内側の筋を、誰かに見せようとはしていないけれど、
光が当たると、ちゃんと浮かびあがってくる。


あなたの『なんか違う』の奥にも、
光が当たれば見えてくる筋が、あるのかもしれません。



ゆきの



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