感情の整理が苦しくなるとき|握りしめていた手を、そっと開く
こんにちは、ゆきのです。
遠出から帰った夜、玄関に荷物を置いたままにしてしまうことがあります。
重たいバッグを床に下ろして、ファスナーに手をかけた。
でも、そのまま手を離してしまった。
中には、何日か着た服と、濡れたままのレインコートが入っていました。
広げて、仕分けして、洗濯機に入れて。
頭ではわかっているのに、手が動かなかった。
翌朝また通りかかって、ファスナーに触れて、また離した。
その繰り返しが、二日続きました。
感情も、似ていると思います。
「ちゃんと向き合わなきゃ」と思いながら、手が動かない夜があります。
何か大切なものがそこにある気がして、でも広げることができない。
玄関に置いたままの荷物を横目に通り過ぎるように、
自分の感情を横目に、今日も眠ってしまう。
そういう夜に、「また整理できなかった」という声が来ることがあります。
昼のあいだは動けていたのに、夜になると「向き合わなければ」という声だけが大きくなることがあります。
静かな部屋に一人でいると、昼のあいだは後ろに回していたものが、少しずつ前に出てくる。
誰かと話しているあいだは聞こえなかった声が、音のない時間にだけ届いてくる。
その声は、責めているわけではありませんでした。
ただ、そこにあることを、知らせてくれているだけだった。
でも夜は、その声を受け取るための力が、もう残っていないことがあります。
その状態を、「できていない夜」と呼んできました。

「向き合わなければ」という感覚は、どこから来るのでしょう。
感情を「問題」として受け取ったとき、私たちは自動的に「解決しなければ」という動きに入ることがあります。
その連鎖は、誰かに教わったのではなく、いつの間にか身についていた。
感情が来たら整理する。
その順番が、気づかないうちにひとつの習慣になっていた。
習慣は、疲れているときでも動き出します。
力が残っていない夜にも、整理しなければという声だけが先に来る。
感情よりも先に、「整理しなければ」が来ることさえある。
来るたびに、握りしめていた気がします。
向き合わなければという言葉の中に、もうひとつの荷物が入っていたことに、
あとから気づきました。
面談のなかで、こんな言葉を受け取ったことがあります。
「ちゃんと向き合わないといけないのはわかっているんですが、
向き合おうとするとしんどくて、
でも向き合わないでいると罪悪感があって」
感情そのものの重さと、整理しなければという気持ちの重さ。
最初から二つを同時に抱えていた。
感情が来たとき、その感情とともに「整理しなければ」がセットで来ていた。
感情の重さを受け取る前に、もうひとつの荷物を持ってしまっていた。
整理するとは、どんな作業でしょう。
感情に名前をつける。
「これは悲しみか、怒りか、寂しさか」と問い続ける。
名前が見つかったら、次は原因を探す。
原因が見えたら、次はどうすればいいかを考える。
かなり長い作業です。
力が残っていない夜に、これを起動させようとするとき、
たいていの場合、途中で止まります。
名前が見つからない。原因もわからない。次の一手はさらに遠い。
止まるたびに、「またできなかった」という声が来ます。
感情の重さより、整理できない自分への責めの方が、
ずっと長く続く夜があります。

玄関の荷物のことに戻ります。
二日目の夜、荷物を別の場所に移しました。
玄関の隅から、少し風の通る場所へ。
それだけでした。
中身は広げていません。
洗濯もしていません。
ただ、ファスナーは、少しだけ開いたままでした。
翌朝、荷物のそばを通ったとき、
濡れていたはずのレインコートが、少し乾いていることに気づきました。
何もしていないのに、乾いていた。
玄関に置いたまま、一晩かけて、空気に触れていただけでした。
乾き方は、中身によって違います。
薄い素材のものは、一晩あれば乾いていることが多い。
厚い綿のものは、もう一日かかることがある。
急いで乾かそうとすると、生地が傷むことがある。
感情も、乾き方がそれぞれ違うのかもしれません。
すぐに名前がついて、少し置いたら落ち着くものがある。
急いで整理しようとすると、かえって形が崩れるものがある。
素材に合った時間を待つことが、丁寧な扱いになることがある。
整理するとは、手を動かすことです。
乾かすとは、置くことです。
でも荷物は、手をかけなかったのに、乾いていました。
感情は、広げなくても、少し乾いていました。
置いたまま眠った夜の翌朝、そこにあるものが少し変わっていたことがありました。
面談のなかで、「何もしていないのに、少し楽になりました」と言ってくれた人がいました。
そのとき私は、何もしていないのではなく、置いていたのだと思いました。
そのままにしていることが、乾かすという時間になっていた。
荷物を玄関に置いておくことは、放置ではありませんでした。
空気に触れさせていた。
そのための場所を、選んでいた。
それだけの、静かな行為でした。

感情も、ただそこにあることを許しておくことが、乾かすという行為になることがある。
整理という作業を踏まなくても、時間と空気の中で、少しずつかたちが変わっていく。
整理できない夜に、乾かすという選択肢があることを知っていれば、
置きっぱなしの自分を責める夜が、減りました。
整理する夜もある。
乾かす夜もある。
どちらも、感情の扱い方として成立している。
「向き合わなければ」という声が来たとき、
今夜それは整理の夜か、乾かす夜か、と問えるようになりました。
以前は、乾かす夜を、できなかった夜だと思っていた。
でも荷物は、どちらの扱い方でも、変わっていました。
整理した翌朝も、乾かした翌朝も、昨夜とは少し違うものになっていた。
時間をかけた、ということだけが、共通していました。
どちらでもない夜があっていい、とも思っています。
荷物を持ったまま眠る夜は、
その重さを今夜も一緒に抱えることを選んだ夜かもしれない。
置く場所を決めることも、まだできない夜がある。
それでいいと思います。
今夜、「整理しなければ」という声が来ているなら。
その声と一緒に、手のひらを少しだけ確かめてみてください。
何かを握りしめていますか。
握りしめていたとしたら、それだけ長い時間、何かを手放さずにいたということです。
その手を、責めなくていい。
もし少しだけ余白があるなら、ファスナーに触れるだけでいい。
広げなくていい。
ただ、そこにあることを、今夜確かめるだけでいい。
そして、少し風の当たる場所に置いておく。
翌朝、昨夜とは少し違うものになっているかもしれません。
ファスナーに触れたまま、手を離した。
それだけで、今夜は十分だと思えました。
ゆきの

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