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「好きなものがわからない」夜に|もう一冊の辞書を、開いてみる

こんにちは、ゆきのです。

以前、「価値観がわからない」という話を書きました。

今日は、その少し手前の話。
「好き」という、もっと小さな「見出し」の話です。

※初めての方へ:この記事だけでも、静かに完結しています。
 


 
数日前のこと。

「ゆきのさんって、何が好き?」

カフェで友人にそう訊かれたとき、言葉が出ませんでした。

音楽?
映画?
読書?

どれも「そうかもしれない」のに、「これ」と言い切れる実感が、胸のどこにも見つからない。

笑ってごまかした帰り道、胸の奥に小さな違和感だけが残りました。


家に帰ってから、「自分の好きなこと 見つけ方」と検索しました。

「情熱を書き出しましょう」
「ワクワクリストを作りましょう」
 

どれも、頭に向かって語りかけてくる。
でも、頭の中はもう、とっくにからっぽで。
探せば探すほど、乾いた心がさらに乾いていくだけでした。

 
スマホを伏せて、目を閉じた。
――そのとき、台所から、やかんの音が聞こえました。
 


手が先に、知っていた

 
お湯を注ごうとして、棚の前に立ちました。
マグカップが、いくつか並んでいる。

迷わなかった。

頭が「どれにしよう」と考えるよりも先に、手が伸びていました。
 

両手で包んでみると、理由はとても小さなことでした。

取っ手の角度が、指になじむ。
陶器の厚みが、じんわりとしている。
縁の丸みが、唇にやさしい。
 

言葉にすると、それだけ。

でも、その「それだけ」のことを、私の手はずっと覚えていた。

頭が「好きなものがわからない」と途方に暮れている間も。
手だけは毎朝、迷わずにこれを選んでいた。

「好き」は、頭の中にはなかった。

指先に、あった。
 


身体が先に書いてくれていた言葉

 
ここで少し、昔の話をさせてください。

かつての私は、すべてを「考えて」解決しようとしていました。

「自分は何がしたいのか」

「正解はどれか」

答えが出るまで動けないまま、焦りだけが積もっていく。

そのループの中で、身体の辞書が静かに開かれていたのに。

私はそのページを、ことごとく読み飛ばしていました。
 

新しい職場に向かう朝、駅のホームで足が重くなる。

ある会議室に入った瞬間、奥歯にぎゅっと力が入っていることに、帰り道でやっと気づく。
 
でも私は、「気のせい」「慣れれば大丈夫」と蓋をし続けました。
 

いま思うと、そうして蓋をしていた当時の私も、毎日を越えるのに必死だったのかもしれません。
 

身体はずっと、答えを書いてくれていた。


「ここは苦しいよ」を、肩の重さで。

「ここは安全だよ」を、ふっと肩が下がる感覚で。
 

 
ただ、それが頭の中の言語じゃなかったから、長い間読めなかっただけでした。
 


頭の辞書と、身体の辞書

 
あれから時間が経って、少しずつ気づいたことがあります。


私たちは「好き」や「大切なもの」を探すとき。
つい頭の辞書だけを引こうとします。

「情熱」
「やりがい」
「使命」
大きくて、誰かに説明しやすい言葉。
 

でも、それが見つからない夜は、もうひとつの辞書を開いてみてもいいのかもしれません。

身体の辞書。

そこには、こんな言葉が並んでいます。

 
「じんわり」
「ほっとする」
「なぜか手が伸びる」
「ここだと息がしやすい」
 

うまく説明できない。
でも、身体はその言葉をちゃんと知っている。
 

疲れた夜、「ああ、これ」と呟くような安堵がある毛布。

本屋で、理由もなく足が向く棚。

散歩中、ふと立ち止まると呼吸が深くなる場所。

電車で、いつも選ぶ端の席。
 

頭は理由を知らないのに、身体はもう選んでいます。

「好き」がわからない夜は、頭の辞書が空っぽなのではなくて。
ただ、引いている辞書が違っただけかもしれません。
 


【今夜のひとかけら】1分だけ、手に訊いてみる


もし、ほんの少しだけ余白があるなら。
読むだけでも十分です。
 

① 今手元にあるものに、触れてみる


スマホのケース ── 指先に感じる、小さな凹凸

マグカップ ── 手のひらにおさまる、やわらかな重み

毛布 ── 指先をくるむ柔らかさ

良いも悪いもなく、ただ「どんな感じ?」と手に訊いてみるだけ。


② 心の中で、ひとことだけ


「ちょうどいい」
「合わない」
「よくわからない」

どれでも構いません。

何も感じなくても、それが「今の答え」です。無理に感じようとしなくて大丈夫。

もし余白がもう少しあれば。

今日、手が「無意識に」選んだものを、ひとつだけ思い出してみませんか。

朝、手が伸びたカップ。

帰宅して最初に触れた場所。

頭は何も考えていなかったのに、手は迷わなかった。

その「迷わなさ」の中に、「好き」が言葉になる前の姿で息をしているのかもしれません。
 


翌週のカフェで

 
翌週、同じ友人に訊かれました。

「この前の質問、答え見つかった?」
 

少し考えて、こう答えました。

「わからないけど、毎朝、同じマグカップに手が伸びるの」


友人は少し不思議そうな顔をして、それから小さく笑いました。

「それ、もう十分『好き』じゃない?」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが、ふっとほどけました。


ああ、そうか。
 

私はずっと、「好き」を頭の中で探していた。
大きな声で宣言できるような、立派な答えを。

でも、「好き」は、宣言するものじゃなかった。

手が伸びてしまうもの、だった。
 


結びに

 
「好き」がわからない夜は、あなたが欠けている夜ではありません。
 

頭で答えを探しても見つからないとき、
指先はすでに、何かを選んでいることがあります。

身体の辞書は、あなたが開くのを、急かさずに待っています。

身体の辞書が読めない日があっても、どうか自分を責めないでください。

その辞書は閉じているのではなく、まだ開く順番が来ていないだけかもしれません。

焦らなくていい。

今日のあなたで、十分です。

咲かなくても、あなたは美しい。

今日も、あなたのペースで。


ゆきの
 



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【 あなたの心に近い枝葉 】

□ 「やりたいこと」が見つからない焦りを、風に預けたくなったら
→ [ 風に訊く、心の羅針盤 ]

□ 指先の小さな感覚から、“今ここ”へ戻るために
→ [ 身体という、最初の安全基地 ]

□ 価値観がわからない、と立ち止まった夜に
→ [ ピントが合わないまま ]

□ 今日はもう、自分を採点するのを休みたくなったら
→ [ 点数をつけなくていい ]


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