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その薬、変えていいですか?—回復期薬剤師が20年間抱えてきた問い

この記事で取り上げている症例は、複数の症例を掛け合わせており、個人が特定されないように配慮しています。

回復期の病棟では、
退院先を探すことも仕事のひとつだ。

患者さんの行き先が見つからなかった。
希望していた老健から断られた。
理由は、薬だった。

イーケプラを飲んでいる患者さんだった。
まだ後発品が出る前の話。

発作が怖いと言われた。
管理が難しいと言われた。

「何とかならないか?」
とMSW(医療ソーシャルワーカー)から相談されたけど、

変えていいのか、わからなかった。

変えなければ行き場所がない。
でも、
変えたら、発作が起きるかもしれない。

そもそも、
どんな発作でイーケプラを飲み始めたのか、
入院時の情報提供書には書いていなかった。

発作の型も。
最後に発作が起きたのがいつかも。
なぜこの薬を選んだのかも。

私たちには何も届いていなかった。


DOACが出たてのころ

最初に「変えていいか」と迷ったのは、
DOACが出始めたころだった。

急性期病院から回復期リハへ来た患者さん。
脳梗塞の再発予防にDOACが処方されていた。

昔からあるワルファリンと違って、

採血の頻度が少なくて、
食事の制限がほぼなく、
特に脳出血など一部の出血イベントではリスクが低い

など、メリットが大きく謳われていた。

でも、ワーファリンと比べたら薬価は10倍以上。
退院先を探す段階で、「待った」がかかった。

ワーファリンは、

採血が必要で、
食事制限があって、
PT-INRを見ながら用量調整して出血リスクに備える。

それでも、
ワーファリンのほうがエビデンスは積み重なっていた。価格も圧倒的に安かった。

新しい薬への期待と、警戒感と、薬価。
どれが正しいのか、わからなかった。

変えるべきか。
変えなくていいのか。
そもそも変えられるだけの情報が、
こちらにあるのか。

「正解がない」と感じた、
最初の問いだったと思う。


行き場所のなかった患者さんのこと

冒頭のイーケプラの話に戻ろう。

これが、私の薬剤師人生の20年で、
一番感情的になった出来事だと思う。

リハビリがよく進んでいた患者さんだった。
転倒もなく、自立度も上がっていた。
あとは退院先を決めるだけ、
というところだった。

順調に見えたある日、
老健から問い合わせが来た。

「抗てんかん薬を変えることはできますか?」

変えられるのか・・・?
私は主治医に聞いた。
主治医も困っていた。

発作の型がなんなのか、情報が来ていなかった。
急性期の情報提供書には「てんかん(既往)、イーケプラ内服中」とだけ書いてあった。

焦点起始発作なのか、全般発作なのか。
最後の発作はいつだったのか。
なぜイーケプラが選ばれたのか、その経緯は・・・。

もしかしたら、急性期で開始されたものではなかったのかもしれない。在宅時の処方内容をそのまま継続してるケースも多い。

何もわからないまま、
「変えていいか」だけを問われていた。

安価な選択肢はある。
フェニトイン、バルプロ酸。
でも薬を変えたあと、もし発作が起きたらー。
誰がその責任を引き受けるのか。

変えられなかった。
老健への入所は、立ち消えになった。

患者さんが積み上げてきたリハビリの成果は、
どこへ行ったのだろう・・・。

あの瞬間の自分の無力感を、
私は今でも覚えている。


SGLT2阻害薬の話

これは最近の話だ。

心不全で入院した患者さんが、回復期に来た。
急性期でSGLT2阻害薬が開始されていた。

私はこの薬が好きだ。

心不全治療の、
いわゆる「Fantastic Four」と呼ばれる4剤のうちの一つ。心臓への保護効果も、再入院を減らすエビデンスも、積み重なっている。本当によくできた薬だと思っている。

退院調整が本格的に始まったとき、
施設側から声が上がった。

「利尿剤で何とかなりませんか?」

薬価が高い。
施設では、薬剤費は包括払いに含まれる。
高過ぎる薬剤費は、施設にとって負担となる。

患者さんは90歳代だった。
もともと独居だったけれど、もう一人では暮らせない。施設入所がゴールだった。

いい薬だとわかってる。でも、この人は施設に入れなくなるかもしれない。

その二つが、頭の中でぶつかった。

最終的に、薬は変わった。
主治医と相談して、
経緯を記録して、
施設への情報提供書にも書いた。

釈然としなかった。
よい薬だとわかっているからこそ、苦しかった。

この人の「生活の場」と「最善の治療」が、
同じ方向を向いていなかった。

そういう瞬間が、回復期にはある。
生活の場の方が大事になる瞬間が、確実に存在する。


20年経っても、同じ問いが来る

エビデンスのある薬、よい薬、安全な薬。
そういうものを処方してもらっている患者さんが、回復期に来る。

そして私たちは、行き場所を作るために考える。
変えるべきか。
変えずに済む方法はないか。
変えることで、何を失うか。得るものは何か。

急性期の先生方は、命を救うために、患者さんにとって最適な薬を選んで選んで選び抜いている。
その結果、患者さんは「回復期」という生活の場へつながる場所にこれているんだ。

それでも、
入院中の最善と、退院後の最善が、ずれることがある。

それは誰かのせいじゃない。
医療と福祉の構造が、
そうなっているからだろう。

だから、どうか情報だけは送ってほしい。

なぜその薬を選んだのか。
発作の型は何だったのか。
最後に起きたのはいつか。
どこまで落ち着いていたか。

情報があれば、私たちに考える余地が生まれる。
情報がなければ動けない。

処方は、その人の入院中だけのものじゃない。
その人の未来への選択でもある。

20年経っても、同じ問いがくる。
たぶん、これからも問われ続けるんだろう。
そして、私はこれからも考えていきたい。


コラム:壁の正体—なぜ高い薬が使いにくいのか

回復期リハビリテーション病棟では、
薬剤費は入院基本料に包括される。

原則として、使った薬の量に応じて病院の収入が増えるわけではない。老健(介護老人保健施設)も同様の構造で、施設の薬剤費は介護報酬の中に含まれる。

老健が赤字にならない薬剤費の目安は、1日あたり約233円とされる(2021年試算)。SGLT2阻害薬や新規抗てんかん薬の多くは、この水準を大きく上回る。

2026年診療報酬改定では、回復期リハビリ病棟の包括外薬剤(いわゆる「除外薬剤」)の範囲が拡大されたが、抗てんかん薬・利尿薬は対象外のままである。施設や病棟が「薬を変えてほしい」と申し出るとき、その背景には多くの場合、この構造がある。

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