「断罪パラドックス」 第30話
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第六章 一条久
線香の匂いがすると思い出すのは叔母さんの法事だ。叔母さんと言っても、たったの七歳で亡くなった子どもだったから、仏間に飾っていある黒い縁取りのある写真のあどけない笑顔を見ると叔母さんという単語が空中に浮くようなかんじがいつもしていた。おばさんの時間は七歳で止まったままだから法事の席でも小さな女の子が喜ぶようなものが供えられたり飾られたりしている。生きている僕より七歳で死んでいる叔母さんのほうが大切にされているなと思うのは僕が捻くれているからだと母なら言うだろう。でも、叔母さんの法事の度に、僕の胸がじくじくと痛むのは動かしようのない事実だ。
僕は物心つくまで、自分の祖父母が両親だと思っていた。でも、祖父母が大きな二世帯住宅を建てた時、右翼の祖父母の居住スペースではなく、左翼の母の居住スペースに自分の部屋が作られるのを見て、ようやく自分の思い違いに気づいた。そして、少し自分の愚かさに恥ずかしくなったんだ。でも、今から思い返すと僕がそう思い違いをしても仕方がなかった。母は僕の面倒をほとんどみなかったからだ。祖父母が、母と僕のために二世帯住宅を建てたのは、もう少し母が僕と関わるようにしたかったからだ。
祖父母がよかれと思ってやったことが、僕にとっては地獄のはじまりだったのは、とても皮肉なことだと思う。
「久が女の子だったら良かったのに。せめて女の子だったら」
母からは幼いころから何度もそう言われた。母は実に正直な人だった。祖父の希望で一条産婦人科医院の跡取りが必要と言われた母は結婚をすすめられたが、頑として拒否して、僕を作ったのだということも隠さなかった。僕は作られた子どもだった。祖父と母とはそのことについて大げんかしたらしいけど、結局母にその処置をしたのは祖父だった。
父親がいないことをからかわれたことはない。近所の人にとって我が家の事情はアンタッチャブルだった。まだ七歳だった、母の妹である美穂叔母さんが性的暴行の末、殺されたことは、何十年たっても近所の人にはセンセーショナルで色褪せることがない事件だった。それも仕方がないことだ。あれを上書きできるような事件は、まだこの田舎町には起きていない。
「美穂はね、まだ七歳だったの、七歳だったのにけだものに犯されておもちゃにされて死んだの」
「美穂がいたら、一条産婦人科を継いでいたのは美穂だったかもしれない」
こういうことをなんの配慮もなく母に言われ続けた。美穂叔母さんが可哀想ということと、美穂叔母さんが生きていたら、僕はこの世に生を受けていなかったということ。この世に生を受けたからには、母や祖父母が思うとおりに医者になって、この病院を継がなければならないのだということ。小学校に入学する前からそういうことに気づいていた。僕はひらがなやカタカナは幼稚園でも覚えがよいと褒められていた。お行儀良いと褒められることも多かった。
「さすが一条産婦人科医院の跡取りね」
と言われることもあった。
この家の子だから医者にはなれるんだろうなとも思っていた。
そんな僕の鼻がぽきりと折れたのは、小学校に入学して、算数の授業がはじまってからだ。僕には「数」というものが理解できなかった。簡単な足し算、引き算がいつまでたってもできなかった。周りの僕よりも頭が悪そうな子どもでもすらすら答えを書いていく。
なんで分かるんだ? どうやったらこれが分かるんだ?
どれだけ考えても分からない。それで、僕は隣の子が書いている答えをそのまま書き写した。記憶力は良かったから、ちらっと見れば十分だった。
もしも、この時誰かに、算数が分からないと言っていたら、僕の人生は別のものになっただろうか? でも、誰にも言えなかったし、祖父母と母には特に知られたくなかった。他の子どもができることができないなんて、言ったら、僕はこの家に必要なくなる。そう考えるくらいには色んなことを刷り込まれていた。
九九は記憶力でなんとかなったけど、意味と使い方はまったく分からなかった。
先生が「教科書68ページ」と指定した時はいつもパニックだった。どうしてみんな、大まかな場所が分かるのか分からなかった。数字の桁が大きくなると四桁でも五桁でもどちらが大きいか分からなくなる。
小学校に入ってからの僕は算数ができない自分を隠し続けることに躍起になった。算数ができないことがバレたら、母には間違いなく捨てられると思ったからだ。
「ねえ、僕がお医者さんにならなかったらどうする?」
と冗談交じりに母に聞いてみたことがあった。その時の母の反応は恐ろしかった。
「久、君はさあ、私の話をいつもちゃんと聞いていなかったのかな?」 「聞いてるよ」
「聞いてなかったから、そんなことを言ってるんじゃない! 私はね、こんなに忙しいのに、久、君のためにPTA活動にもかり出されているの。なのになんで、そんなことが言えるのかな?」
「冗談だよ」
「私はそういう冗談は大嫌いです」
にっこり笑いながら早口でそう言われた。母が僕のことを「君」と言う時は危険だ。ということをこの日に学んだ。
それから、どうやって僕を産んだのか長々と話して聞かせてくれた。母は自分の不幸を僕に聞かせる時が一番輝いていた。母の不幸は僕を産んだことだ。
そして、母は自分のことを「お母さん」と自分で言うことはなかったし、家の中では僕にもそう呼ばせなかった。僕は学校では算数の時間に胃を痛くし、家ではどうしたら母の不幸がなくなるのかばかりを考えていた。それに必要不可欠なのが、嘘にまみれてでも、何をやってでも算数ができる人間になりすまして、母が僕を産んだ目的、一条産婦人科を継ぐことをやりとげることだった。
中学校に入ると、算数は数学になってますますやっかいな存在になった。僕はもっと頭を使わなくてはならなかった。田舎の公立中学校は混沌としている。家の経済力のあるなしも、本人の学力だとか才能だとかの有無も、暴力的かどうかとかも関係なく雑多に詰め込まれる。肉食だろうが草食だろうが雑食だろうが小さかろうが大きかろうがエリアを区切らず詰め込まれたサファリパークだった。僕はどうにかしてここのライオンにならなければならなかった。手っ取り早くライオンになるために周りをひたすら観察した。僕は幸いなことに意外と簡単にライオンにはなれた。
そして、もっと幸いなことに、自分たちの学年の数学担当教諭の弱みも見つけることができた。その教師はスロット中毒だったのだ。だから金で解決することができた。僕が卒業してからも、あの教師には、かなりたかられたけど、いよいよ首がまわらなくなって、いつも行っていたパチンコ屋で首を括って死んだらしい。
死んだ教師に同情はしなかった。ただパチンコ屋じゃなくて僕を逆恨みしてうちのクリニックで死なないでくれたことには感謝したいとは思った。
中学一年の時に祖父母が一度に交通事故で死んだ。母とふたりの生活には不安しかなかった。でもほっとした部分もあった。生前の祖父はまるで何かを知っているように、十代の僕にいくらでもお金をくれたのがいつもなぜだか不安だったのだ。祖父は僕が知らないうちに生前贈与もしてくれていて、母が立て替えた一条レディースクリニックの土地は僕名義になっていた。
「お父さんは本当に私のことが嫌いだったのね」
祖父母の葬儀後、やってきた弁護士にあれこれ説明を受けたあと、母は祖父の書斎の課飾り棚に置いてあったブランデーをあおりながら憎々しげにそういった。
「好きとか嫌いとかそういうことじゃないよ。節税のためだよ」
母はグラスをわざと落とした。祖父のお気に入りのグラスは粉々に割れた。
「お父さんは私に復讐したのよ! お父さんは美穂が死んだのは私のせいだとずっと思っていたの」
この時ようやく僕は母のことが少し分かった気がした。母も僕と同じ道具だったのだ。
母が書斎から出て行くと僕は粉々になったグラスを片付けた。
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