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「断罪パラドックス」   第24話

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 二村さんは、図書委員の仕事が終わり次第、話がしたい。とだけメッセージを送ってきていた。図書委員の仕事が永遠に続けばいいのにと思いながら作業に当たったけれど、五十嵐先生が言ったとおり、ある程度一日目で大きな仕分け作業が終わっていたから、午前中で作業が終わってしまった。

 作業の終了と同時に二村さんに中庭に呼び出された。中庭に行くと二村さんの後ろから現れたのが一条だった。

 どうして、第三者の一条が来たのか分からず、戸惑うばかりだった。

「二村さん、どういうこと? 一条くんは昨日のこと知っているのかい?」
「話したからここに連れてきたの。ごめんね。四ノ宮くん、私じゃなくて一条くんの言うことを聞いてくれたら、私、お兄さんのこと他の誰にも言わないよ」

 同じクラスだったけれど、一条と話をしたことはなかった。ただ、僕とは全然タイプの違う人間だろうと考えていた。彼は入試をトップの成績で合格したくらい頭が良くて、顔も良くて、明るくて、スポーツもできて、クラスの中心にいるようなタイプ。クラスメイトの女子が痴漢に遭ったことを知ったら、先頭を切って糾弾しそうな正義感の強そうなタイプだと勝手に想像していたんだ。

 一条は、僕の顔をしげしげと見ていた。思わず後ずさりすると、一条は笑って、二村さんにこう言った。

「二村さんはもう帰っていいよ。僕は四ノ宮くんとふたりで話し合いたいからさ」

 二村さんは、ちらっと僕のほうを見た。 

 その目になぜか憐憫のようなものが見えた気がした。そんなはずはない。だって、僕は加害者の弟なんだから、被害者の二村さんから、憐れまれる理由なんてないはずだ。そう思って首を振った。

 遠ざかっていく二村さんの背中を見ていたら、一条が鼻で笑った。

「四ノ宮くんも二村さんのこと好きなの?」

「そ、そんなことはないよ!」

「そうかなあ。クラスの男子の半分くらいは二村さんのこと好きだと思うよ。可愛いよね。まあ、それは置いといて四ノ宮くんの秘密を守る条件なんだけどさ、僕はさ、どうしても医者にならなきゃいけないんだ。それにはどうしても、僕の替え玉が必要なんだ」

「替え玉?」

 一条が何を提案しているのかよく分からなかったけど、だんだんとその意味を理解した。

「一条くん、替え玉って試験の? 君は受験でトップの成績だったんだから、そんなこと必要ないだろう?」

 一条はそれまでの穏やかそうな表情を引っ込めて鋭い目で僕を睨みつけた。

「勉強しかしてない人はこれだから困るんだよね。察してくれないから。僕は替え玉を使ってこの桜山高校に入学したんだ。いい替え玉だったんだ。中学校の僕の理数系のテストは全部そいつに受け持たせていたんだけど、俺の代わりに桜山の不合格通知を受け取ったから、今は他の高校に行ってて、さすがに他校の人間を替え玉にはできないからね。ちょうどいい人がいないか探していたところだったんだ」

 まるで、電化製品が故障したから、新しいのに買い替える必要があると言わんばかりの言い草で僕には、今ひとつ現実味がなかった。

「一条くん、君自身が、ちゃんと勉強したらいいじゃないか。そうすれば替え玉なんて必要ないだろう? 遊んだり怠けたりせずに勉強すれば、成績なんて簡単にあがるよ。替え玉なんて不正もいいところだし、学校にバレたら、僕だけじゃない。一条くんだって、どうなるか分からないよ。最悪退学になるかもしれないよ?」

 僕がそう言うと、一条は間髪入れずに僕の鳩尾に大きく一発くらわせた。僕は膝から崩れ落ちた。あまりの痛みに声も出なかった。

「僕は今まで生きてきて、怠けたことなんて一度もないよ。四ノ宮くん、君、性犯罪者の弟のくせに僕に説教しようだなんて、いいご身分だね。君のお兄さん痴漢の上、レイプ魔なんだろ? 本当に最低だ」

「……ど、どうしてそれを?」

「ちょっと、調べれば分かることだよ。とにかく、君には僕の替え玉になってもらうよ」

「無理だよ、そんなことしたら、僕は……」

 お母さんに何をされるか分からない……。でも、これ以上お母さんに何をされるだろうというのだろうとも思う。

「とにかく、君が僕の言うことを聞く限り、君のお兄さんのことは黙っていてやるよ」

 一条はそれだけ言うと、僕のスマホを取り上げて自分の連絡先を入れてから、その場を後にした。僕は卑怯にも、この時、書店で二村さんが痴漢に遭っているのを見つけなければこんなことにはならなかったのにと、そればかりを後悔していた。

 二学期のはじめの実力テストから、僕は一条に言われるまま一条の替え玉をすることになった。夏休み中に、何度も名前の筆跡を似せる練習をさせられていた。一条と僕は席替えで前後になった。これも一条の差し金であることは明確だったけど、あまりにも自然な成り行きで席が決まったことが、より一層一条の存在を恐ろしいものに見せた。

 このクラスの生徒のうち、一条の言いなりになっているのは僕だけじゃないということが実感できたからだ。一体何人の生徒が一条に支配されているのかは見当もつかなかったけれど、少なくとも二村さんは間違いなくそのうちのひとりだ。

 替え玉の仕組みはいたってシンプルで、僕は一条の名前を書いたテストの答案用紙を埋めていき、一条は僕の名前を書いた答案用紙を埋めていく。実力テストはマークシートだったからいいけど、これを中間テストや期末テストでやるとしたら、どう考えてもリスクが高い。一条は医者にならなければいけないと言っていたけど、こんなことをして医者になれるとも思えなかった。でも、そんなことを言ったらまた、殴られるに決まっている。

 一つだけいいこともあった。

「四ノ宮くんのお兄さんが捕まっちゃったら取引が成り立たなくなる。四ノ宮くんに替え玉してもらえなくなるからね。それが僕は一番困るんだ」

 そう言って、一条は修を誰かに見張らせていた。

「痴漢とか性犯罪とかは常習性が高いからね。今まで運がよかったことを全然分かってないんだよ。だから、繰り返すんだ」

 書店でもう一度痴漢行為をしようとした修を取り押さえたのは同じクラスの三国くんだった。三国くんは身長も高いし強面だったから修は震え上がったに違いない。

 修がいつ再犯するかと怯えていた僕にとっては、修を見張ってくれる人がいることだけは確かに気が楽だった。

 替え玉なんて絶対ごめんだと思っていたけど、替え玉の計画を一条と話し合ったり、雑談をするのは楽しかった。 

 僕と一条には大きな共通点があった。

 親から医者になるように強要されている一条と、親からT大に入るよう言われている僕。 でも、一条の家は割と放任主義なのか、医者になりさえすればいいらしく、一条の母親はお母さんみたいに僕を見張ったりはしない。そんなことを愚痴っぽく言ったら、一条は笑った。

「だいたい、位置情報なんてごまかそうと思えばいくらでもごまかせるよ」

「どうやって?」

「電源を切るとか、特に塾にいる時間なんて一番ごまかせる」

 そう言って、一条は塾でカードリーダーを読ませるだけ読ませて、塾の男子トイレの掃除用具入れの中に僕のスマートフォンを置かせた。

「君のママはここにいるのが一番安全だと思ってるんだろう? ここにいる状態にしておけば何もしないはずだよ」

 一条の言うとおりだった。お母さんは何も疑わなかった。僕は閉じ込められていた時間が長すぎて、牢獄の鍵が開いていることに気づいていない囚人のようになっていたんだ。

 一条と話し合わなければいけない時や、家にも塾にもいたくない時はこの方法を使った。 僕は次第に、一条の替え玉になることを楽しんでいる自分に気がついた。

 脅されているのにおかしいと思われても仕方ない。お母さんを出し抜いていることが楽しくて仕方なかった。でも、そんな楽しい時間は長くは続かなかった。

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