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「断罪パラドックス」   第26話

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第五章 五十嵐倫子



 この新校舎は先日一条さんがおっしゃった通り、三年前に建て替えられたものです。ですから、私が桜山を学び舎として過ごしたころの校舎とは違います。一条くんはこの屋上によく来ていたようですが、私もかつて新任の教員だったころはよくここに来ました。ここからは、ほら、こうして、この桜山高校の全体が見渡せます。彼がここで何を考えていたのか、一条さん、あなたはご存じですか? 私には断片的にしか分かりません。だから、あなたがご存じではなさそうなことから話していきたいと思います。

 私の名前は倫子と言います。祖母がつけてくれた名前です。倫子の「倫」は人のふみ行うべきみち。祖母は、私が人の道を踏み外さないように願いを込めて名付けてくれました。いい話だと思いましたか? とんでもありません。どうして、産まれたばかりの赤子にそんな願いが必要だったのか? とは思いませんか?

 そうです。私の家には私が産まれるよりもずっと前から、人の道を踏み外した人間がいたからです。祖母の願いは私にかけられた呪いだったのです。 私の生家の五十嵐家はかつてこのあたり一帯の地主でした。

 私の曾祖父が抜け目ない人だったようで、この田舎町にもあった戦前戦後の混乱もくぐり抜けて資産を増やしていったそうです。曾祖父は教育熱心な人で、地域の教育活動にも支援しておりました。曾祖父が作った私設の奨学金の運営は現在、私がしております。一条さん、あなたのお父様も私の祖父が運営していたころに、奨学金を受けておいでですが、そのことはご存じでしたか? まあ、昔のことですから、知らなくて当然かもしれませんね。

 私の生家が裕福であったことをなぜ今一条さんにお伝えするのか、疑問に思われますよね? しかしながら、この事実をお伝えしておいた方が説明が早いと思いましたので、申し訳ありませんが、気を悪くしないでいただけたらと思います。

 私の母は、その裕福な五十嵐家で産まれたひとり娘でした。蝶よ花よと大切に育てられたらしいのですが、母は十代になってから、めっぽう素行が悪くなり、家出を繰り返しておりました。県外の繁華街の警察から連絡があることも度々だったそうです。祖母はそのことでずっと心を痛めておりました。家出の期間も最初は一日だったのが、一週間になり、一ヶ月になり、とうとう半年、となったころ、母は大きなお腹を抱えて家に帰ってきました。母は私を妊娠して、私の生物学上の父親にも、恐らく捨てられたのでしょう。裕福な実家に戻ってくるほか選択がなかったのです。

 時代もあったのだと思いますが、母にはとてもひとりで生きていく手立てがありませんでした。いいえ、もしかしたらあったのかもしれません。でも、それを探す気力がなかったのかもしれません。私は母の私生児として生を受けましたが、祖父母は私をかわいがってくれました。私が産まれてからも母は時々ふらふらと家出をすることもありましたが、それでも母なりに私に愛情を注いでくれてはいた……。そう思っていました。

 私の幸福な時代はある日突然終わりを迎えました。いつものように祖父に甘えて膝の上に乗っている時でした。あれは、確か小学校二年生くらいだったと思います。祖父の手が、私の頭を撫でるのではなく、身体をまさぐったのです。幼いながらも、なんだか、よくないことが起きているような気がしましたが、いつも、自分に優しい祖父を疑うことに罪悪感を覚えました。

 そんなことが、度々あったものですから、祖父の膝に自分から乗ることはなくなりました。そうすると、祖父は夜、私の寝ているこども部屋に入ってくるようになりました。

 がさがさした手で私の身体をまさぐりました。痒くてたまらなかったんですけれど、私は眠ったふりをしていました。眠っている間に起きたことは知らないふりができる。と、子どもながらに現実逃避をしていたのです。

 祖父が何をしているのか、幼かった私には分かりませんでしたが、一年ほどそうしていたころ、私はあまりの痛みに絶叫しました。その叫び声に母と祖母が子ども部屋にかけつけました。叫び声の原因であるはずの祖父は母と祖母が来る前に空気に溶けたようにいなくなっていました。

 血が止まりませんでした。そうして、つれて行かれたのは、一条産婦人科病院でした。当時の院長はもちろん、一条さん、あなたのお父さまです。何が起きているのかあなたのお父さまには分かったはずです。小学生の女の子の膣が裂けていたんですから。でもあなたのお父さまは通報しませんでした。

 あなたのお父さまは私の祖父に恩があったからです。奨学金だけでなく、祖父はあなたのお父さまが開業する際、かなりの出資をしていましたから。もしかしたら、こんな時のためだったのかもしれません。そう考えるとあなたのお父様も犯罪を強要された被害者かもしれませんが、とにかくあなたのお父さまは通報しませんでした。まあ、おそらく当時の診療内容などの証拠も隠滅しているのでしょうから、私の虚言だと言われてしまっても仕方がないことかもしれません。

 私が数日の入院から家に帰ると、祖母の姿が見えませんでした。

「お母さん、おばあちゃんは?」
「おばあちゃんはね、死んじゃったの?」
「どうして? あんなに元気だったのに」
「おばあちゃんはね、逃げたの」
「逃げた?」
「そうよ。嫌なことから逃げたの」

 それから間もなく、祖母の葬儀が行われました。棺の中の祖母の首には紐のようなものの跡がありました。祖母は首を括ったのです。今ならこう思います。少しでも私を憐れに思うなら少しでも母を憐れに思うなら、祖母は死ぬべきではありませんでした。あんなに簡単に命を絶てるなら命がけでできたことがあったはずです。でも、そうはしませんでした。あの人にできたことは私に「倫子」と名付けたことだけでした。この名前がお守りになるとでも思っていたのでしょうか? そんな効力は一切ありませんでした。

 祖母の葬儀から、しばらく私は母と寝ていましたが、母から子ども部屋で寝るように言われました。

「お母さん、私、おじいちゃんが夜来るのが怖い」

 精一杯、勇気を振り絞ってそう言った私に母が返した言葉はこうでした。

「倫子、生理がはじまるまでだから、生理がはじまれば終わるの。私の時もそうだった。今はこらえてちょうだい」

 私の勇気は絶望にかわりました。母から祖父のことを我慢するようにと言われたのです。この時の私は生理がなんなのか分かっていませんでした。まだ小学三年生でしたから。この時に生理の説明をうけましたけど、私はどんどん混乱していました。

 混乱のなかでもはっきりと分かったのは、母は祖父から私を守るつもりがない。ということと、母も生理がはじまるまで、祖父から同じようなことをされていたのだ。ということです。

 私の祖父は小児性愛者だったのです。しかも、とても、狡猾な小児性愛者でした。自分の子ども、孫なら、家の中で何をしようとも露見することはないと考えてのことだったのだと思います。そして、祖母は何もかも知っていて、私に「倫子」と名付けたのでした。

 母も私も祖父に逆らえませんでした。生活の手立てを握っているのは祖父だったからです。祖父が母の素行を見過ごしたのも、働くようすすめなかったのも、母と私の命綱を握るためでした。

 大人になった今、私が母の立場だったら、私はなんとしてでも、子どもを連れて逃げ出したと思います。でも、母はそうしてくれませんでした。むしろ、私を頼っているようなところがありました。

 私は心を殺して生きました。このころのことは記憶が時々飛んでいて、よく思い出せないこともあります。一条さん、あなたも、妹さんを連れ去った女子高生の顔が思い出せないと言っていましたね。心に大きな傷を負うとそういうことが起きることがあるようです。

 私は生理が来る前に妊娠してしまったらどうしようと毎日怯えていましたが、幸いにも、小学五年生の秋に初潮を迎えました。そこで、私の地獄はいったん終わったのです。祖父が興味のあるのは、身体の変化を迎えていない子どもだったので、身体の変化がはじまった私はもう無用だったのです。

 地獄は終わったはずでした。けれども、私には新たな地獄が用意されていました。やっと平穏な日々がはじまったのだと、安堵していたら、母が一条産婦人科医院から帰ってきたのです。

 母は身ごもっていました。家からほとんど出なくなっていた母に交際していた男性はいません。

「赤ちゃんができたの。倫子はお姉さんになるのよ」「赤ちゃん? お母さん、赤ちゃんのお父さんは誰なの?」
「お父さんがいなくても、子どもができることがあるのよ」

 そんなことがあるはずがないのです。コウノトリが運んでくるわけではないことを、教えてくれたのは母その人なのに、何を言っているのか分かりませんでした。けれども、少なくとも父親が祖父ではなさそうでした。祖父は成熟した女性にはまったく興味がないのです。そういった意味では祖母も被害者かもしれませんね。自分に興味を持ってくれない男を夫にしたのですから。話を戻しますが、私は母の赤ちゃんがどうしてできたのか考えた時に恐ろしさで震えました。私が成熟していくと……。祖父には代わりの子どもが必要になる……。そんなことを漠然と考えたのです。


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