願うことが、まだちょっとこわい──射手座の新月に
最近、ふとしたときに、
胸の奥が熱くなるような感じがする。
誰にも言ってへんけど、
あれはたぶん、
願ってもいいって、身体が言ってるんやと思う。
でも──
願うって、なんであんなに、こわいんやろう。
叶うかどうかよりも先に、
「出してもいい?」って、
自分で自分を止めてしまう。
光ってるって、
なぜか少し、恥ずかしい。
隠してたわけじゃないのに、
気づいたら奥の方にしまいこんでて。
それでも今、
わたしの光が、もう外に出たがってる。
「素のままでいい」って、
よく聞くけど、
それって、ほんと?
わたしが出したい光は、
誰かに見せるためやなくて、
わたしが知りたいから灯ってる。
でも、見られるってことは、
どうしたって、ふれられるってことで、
それが、やっぱり少し、こわい。
「ほんとのわたし」を知ってもらったら、
それ以外になれない気がして。
わたしがまだ、自由でいたいのか、
本音でつながりたいのか、
どっちかわからんときもある。
でも、今日だけは、
「願ってる」ってことだけは、ごまかさんとこうって思った。
今日の新月は、
いて座のいちばん終わりで起きました。
ほんまは自由でいたいのに、
本音の願いが、うずいて出たがってる場所。
しかも、その近くには金星も火星もいて、
「好き」も「したい」も、わたしの中でぶつかってる。
ややこしいのは、
その火が、静かな水の中で灯ってるから。
自分でもびっくりするくらい、
急にこわくなったり、
出してもいいんか不安になったりする。
それでも。
いま灯ってる光は、
わたしの中のほんとのやつ。
願わなきゃ、進めないわけじゃない。
でも、
疼いたまま止まるのが、いちばんつらい。
わたしは、もう選ぶ。
叶えたいからじゃなくて、
その光が、ほんとのわたしやと思えたから。
この願いが、
わたしだけのものでも、
誰にも届かんくても、
今、ここに灯ってるってことだけは、
わたしがいちばん知ってる。
それだけで、今日という日は、
ちゃんと、生きてる。
このnoteも
まだ、うまく書けた気はしないけど、
それでも、
この光は、たしかにここにある。
それだけは、
わたしがいちばん知ってる。
それが、射手座のおわりの新月かもしれん
──ほしのりりす
よんでくれて、ありがとうございます
わたしのことばが、
からだのどこかに残ったなら。
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その余韻を、そっと返してもらえると、うれしいです。
わたしはまた、ひらいて書ける気がします。