小説: ペトリコールの共鳴 ⑲
第十九話 甘え上手のカリスマ ④
『週刊エックス』社会部、浮所いずみからの問いに俺はハラハラしながら答えていた。
本当のことは言えない。愛羅のアジトへ向かったのも、その時救出された被害者も、証拠になるマニュアルなども全部が、ハムスターの活躍だから。
キンクマがやったことを、さも俺のファインプレーで語るのは嘘をついているので心苦しく、
俺は俺が見たままや感じたことをいずみに話した。
「そうですか」「大変でしたね」
ウィスパーボイスで同情されると、愛羅へ抱いていた良し悪し感情が昇華してゆく気分に陥る。
それは転んで怪我をした折、
「痛かったね。えらいよ、泣かなかったね」
母親に慰められた気分と似ていた。
キンクマが送ってきたメールをプリントし、気持ちを落ち着かせるために風呂へ入り直した。
「さて、出頭しよう」
気を引き締め、車の運転席についた途端、
はたと気づいた。
「このメールは誰が送ってきたか聞かれる」
車内のナビに青梅市の住所を入力し、愛羅のGPSへアクセスしたように工作すると車を発進させた。
「キンクマ、今から助けに行くぞ」
また愛羅に捕まったら、監禁されたら、恐怖で体が震え、ロッカーの中で5日間聴いた“地鳴り声”が脳でこだまする。臭わないはずの悪臭が鼻につく。
処女を穢した獣たちよ
股から流れし血を喜ぶ者よ
地獄へ堕とした不埒な者よ
乙女のいのち 支配者よ
汝は生きとし生ける者の敵
悪に 闇に 痛みに 浸かる獣物へ
いざ、汝の身をもち罰を受けよ
あれは地獄だ、二度と閉じ込められたくない。
しかし、どうしても青梅市に行かなければキンクマを放置する羽目になる。どのみち行かなければいけない場所。
いつビルへ突入しようか、八幡ビルに到着しても突入の機会が窺えない。忍び足でビルに近寄る。
ビルの郵便受けは『陽だまりのアヒル』と書かれた札がつき、他には入居者がいる様子はない。
19時に女が3人ビルから出て行き、スーツケースを引く愛羅が混じっているのも確認できた。
時刻は深夜を回った。
5人組の女のうち、2人はビルに残っているのだとしても男の俺なら力で勝てると根拠はないが思い、
「行きますか」
恐怖からの震えは、武者震いに変わる。
スマホのライトを頼りにビルのドアまで近寄る。鉄製のドアへ耳を澄ます。車の備品についていたドライバーを鍵穴へ差し込む前にドアノブを回した。
ドアはすんなり開いてしまった……。嘘だろ?
戸惑った瞬間、物が転がる音がし
「タツジュン?」
ヒィぃぃぃい!
蛍光灯が点灯すると
「僕だよ、キンクマ」
キンクマが、爪楊枝を片手に持ち、スイッチの横へぶら下がっていた。
剥き出しのコンクリートにモノクロのソファーやテーブル。ラベンダーの匂いはアンモニア臭が混ざっている。俺が見たままだった。
「鍵を掛けないから愛羅が戻ってきたかと思った」
……3人もいて不用心過ぎる。
「アジトの鍵が開いていたんですか?」
浮所いずみは前のめりになった。
持っていたタブレットを座っている横へ置くと
「相田梨子やその仲間は事務所に被害者がいて、PCだって貴重品でしょう?鍵をかけないんですね」
鍵が掛かってないので、また女達に監禁されるかとビビったんだよ。
でも、浮所さんが聞きたいのはここですよね?
アジトは鍵が開いていて、尚且、マンション宛にキンクマから送信メールまであり、愛羅と共犯関係からの仲間割れ。疑われる材料だ。
俺は取調べを受け、家宅捜査までされた。
マンションの防犯カメラ、車のドライブレコーダー、pcを警察が解析、GPSへのonがアリバイになり俺の無実を証明してくれた。文明の利器に感謝だ。
「そうなんですよ。でね、浮所さん。
警察が言うにはアジトのPCにもロックがかかってなかったんです」
これも真実。
愛羅たちの指紋はあっても俺の指紋はpcに付着してない。警察、鑑識さんが証明してくれる。
愛羅は取調でこの辺りを問い詰められているかもしれないが、キンクマの行動だ。ハムスターがpcを操作したなど、誰が信用するかって。
愛羅はまた嘘をついて「辰巳さんに自白しました」などと、減刑へ持っていくだろう。
