小説: ペトリコールの共鳴 ⑰
第十七話 甘え上手のカリスマ ②
愛羅の逮捕後、メディアがうちのマンションを訪ねてきた。
俺もキンクマも疲れが抜けずに断り続けたが、この事件がSNSでバズると、有りもしない誹謗中傷が被害者を取り巻く。
「反論したい」
そんな時を見たかの如く訪ねてきたのが、『週刊エックス』の社会部、浮所いずみだ。
インターフォン越しに
「この度のご心痛、察するに余りあります。
辰巳様のお休み中へ失礼しました」
俺の断りへ礼儀正しいいずみの言葉に反射し、
「待ってください」
歳は20代後半に見えたが、会話の中で俺と同じ年と分かり親近感が湧く。
150センチあるかないかの小柄の女性は、コーヒーカップも小さなクッキーも両手を添える。
色白で、大きな瞳に小さな鼻や口。
ウィスパーボイスのいずみの髪が日差しで金髪に見えた。キンクマを人間へ具現化すると、きっとこんな感じだろう。
あの週刊エックスか……。スクープを連発し、世を賑わす社会の正義か天敵か、絶大な影響力を持つマスコミにハムスターのような女性記者が存在するのも意外だった。もっとこう、髭面でイカつい男の溜まり場をイメージしていたからだ。
いずみは取材の中で得た、愛羅こと「相田梨子」の正体を分かる範囲で教えてくれた。
オフレコという念押しがあったが、これは多分、情報提供する代わりに俺から何かを差し出せという暗黙の了解に思えた。
浮所いずみの話から仕入れた話を総合すると、愛羅こと、相田梨子は、地方の私立中高一貫校を卒業後、職業を転々としながら高校時代からのパパ活を主に収入源としていたという。
実家は元々ごく普通のサラリーマン家庭。
愛羅は3人兄妹の真ん中で、父親から溺愛されて育った何不自由のない娘らしい。
父親は既に鬼籍に入っているとか。
健全な家庭に生まれた異質の子というのが、愛羅の親族や近所の住民からの証言で、今いう毒親や親ガチャ、虐待とは無縁の生活。
しかし同級生からの証言は異なり、愛羅と父親の距離感へ違和感や歪さを感じずにいられなかったと言う人もいた。
小学生の頃から大嘘つきで、でも人懐っこい性格からイジメをする・されるもなかったが、梨子の発言力が強く同級生を支配していた。
周りが中学受験をするので愛羅も受験をしたら合格したのは本当。
しかし学校生活で生徒会に在籍し生徒会長をやったなどは、嘘。
ひと目でハイブランドと判る物を身につけて、人を貶してくるような、異常な見栄っ張り。
中学1年から男の家に入り浸りで退学にならなかったのが不思議なぐらいだと同級生は言ったそうだ。
愛羅は浪人後、大学に通っているだの、大手電機メーカーの広報にいるなど同級生には言っていたが、同級生には何が本当なのか分からない。
頻繁にマルチ商法の勧誘をしてくるので、地元の同級生から縁を切られるなどがあり、愛羅が21歳になる頃は上京してしまい、愛羅の名前は投資詐欺の一員として逮捕されて上京を知った親戚。
この度の事件で、梨子(愛羅)ならやりかねない。
愛羅へ同情する声はなく、いつかまた事件を起こすだろうと思われていた。
取材をする記者たちも愛羅の心の闇を嗅ぎ回ったそうだが、愛羅を知れば知るほど闇の原因が多いのだという。
いずみはタブレットを操作する指を止めた。
「これはあくまでも私の主観で、辰巳さんの胸に仕舞っておいてほしいのですが」
右手を頬に当て、間を置いて語り始めた。
「こういう証言もあります。
相田梨子の父親は電気工事会社の経理。比較的定時に退社していたそうで、子ども達の世話は父親が担っていたそうです。梨子が二十歳の折に、父親は病死」
「一方で母親は、保険会社の外交員。相当やり手で現在は保険会社の副支店長をやっています。
梨子の父親が他界後、梨子とは分籍したと取材は拒否の姿勢です」
う〜ん、と唸るいずみは続けて
「梨子は中学生の頃から男の家へ転がり込む子で、
父親が梨子を連れに行ったそうです。
普通なら翌日、父親に怒られて子どもは落ち込んだり不登校になったりですが」
いずみはまた間を置き、コーヒーを飲むと
「梨子は違うそうです。上機嫌で学校へ登校すると父親から優しくされたとひとりが語り出す。
優しくされたってどういう意味でしょう」
「21歳で上京する際、けっこう社会的通念や価値観へ恨み言を吐いていたそうですよ。
かなり社会へは不満を抱えていたとか」
「これは本当に私の憶測で記事にするか、しないか今は分かりません。
梨子と父親は、唯ならぬ仲だったのではないかと。
親子が不仲でも分籍に至りませんからねぇ、普通。
そして梨子は人格的に反社会的な価値観を持つ」
「梨子へ闇があるとしたら、ここじゃないかって」
甘え上手のカリスマにぴったり合う生い立ちへ、俺は腑に落ちて異論を唱える材料がなかった。愛羅は良心や罪悪感がない。倫理観や道徳観、一般常識が欠け、本人も実生活では客観性に乏しい。
しかし、これは一方的な見方であり愛羅から聞いた真実ではないが。
長いものに巻かれない感性と人懐っこい性格、歯切れ良い批難は周りを魅了していく。愛羅は犯罪者になるために生まれてきた才能があったんだと俺は自分の経験やいずみの話から、そう思った。
