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小説: ペトリコールの憂鬱 ⑱

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第十八話 甘え上手のカリスマ ③


「愛羅を良くいう人はいなかったんですか?」
浮所いずみへ軽い気持ちで訊く。

 いずみは唇を固く結び、ゆるく頷き
「相田梨子周辺を洗ったんですね、現在の人間関係も色々。
 どの人も『悪い人じゃないんだけど』対象者のことを前置きして人柄や素行を話してくれるんです。
 私の経験とバイアスもありますが、前置きがあると対象者にはひと癖あるケースが見られますね。
 人や社会を甘く見ているのか、
悪さをする人に悪意の自覚がないんです。
対象者は因果応報という言葉が自分には降りかからない図太さがあってか、他人の証言は
『悪い人じゃないんだけど』が前置きになる」

「それでも1つぐらい、長所があるものですよね」
俺は畳み掛けるように問い、いずみは目を逸らす。

「それはそうなんですが。
私たちも取材に答えてくださった方々へ『相田梨子に少しぐらい善い部分があったでしょう?』と聞けませんね。
 多少なり嫌なことをされた人や損した人は
『マスコミは相田梨子の味方なのか!』
取材に答えていただけなくなります。
逆にお話を聞かせてくださる方を肯定すると
相田梨子から迷惑を被った方々は、私へ同調を求めてきます。
普通の人間関係でも、そういうものでしょう」

「よっぽどじゃない限り、積極的に相田梨子の悪口を言う人はいません。
『あの子は悪い子じゃないんだけど』
罪悪感を打ち消すような、クズに惹かれた後悔。
性格が悪くても堂々した態度だと、自分にしか相田梨子を理解してやれないと思うのでしょうね。言い換えればミステリアスな女とは、放っておけない人なのかな」

 いずみの言葉は愛羅へ惹かれた男たちの分析なのか、それとも依存の始まりを示唆するのか。

「例えば、他の犯罪者への記事に明るい人、子煩悩など書いてあるかと思います。
善い面を言う人は少数、いや1人か2人。
悪気があって偶然悪い結果になった、ではなく
問題行動や不快が続いて距離を置いた『遠くの人の声』なんです。
あくまでも私が感じた中ではです」

「そういえば」いずみは俺の目を見て

「相田梨子は正しいことを言って、人を気まずい気持ちに追いやると聞きました」
いずみは唇に人差し指を立て、オフレコにしてくださいね、に続けて
「相田梨子が小学低学年のとき
『みんなは嘘をついて誤魔化しているのに、
何で私は仲間はずれになる。
私はいつも正しいことを言うのに、人は私に冷たく当たる』と泣いた証言があります」

俺は「虚言癖にもそんな頃があったんですね」
 そのまま勢いづき
「子どもには分かりにくいでしょう。結局正しいことを言い続ければ、人から好かれないんですよ。
人ってもんは、愛羅が思うほど正しいことが好きではない。心のどこかに後ろ暗さがあるもんで、大人なら事実を受け入れて正論を武器にしないかなぁ」

 俺といずみの間へ僅かな沈黙ができた。