先週の交流が残した小さな波紋
今週の中国語教室では、皆さん教室に入ってくるなり、先週の台湾からのお客様との交流について、感慨深げに話し始めた。
あの対話からすでに一週間が経っている。それでも、その時に受けた刺激は、まだそれぞれの心の中で静かに発酵し続けているようだった。
普段、比較的静かで規則正しい生活を送っている高齢の学習者たちにとって、あれは単なる中国語会話の練習ではなかったのだと思う。
むしろ、久しぶりに「知らない世界」と触れ直すような体験だったのかもしれない。
一、会話の中で感じた「詰まり」と気づき
中国語を学び始めて二十八年になるSさんは、普段の授業ではいつも反応が早い。教科書の内容も作文練習も、基本的には学んだことのある単語や、自分の頭の中に蓄積された語彙を使えば対応できるからだ。
しかし、初対面の相手との即興の会話では、相手の言った簡単な単語がひとつ聞き取れないだけで、会話全体が止まってしまったという。
彼女は、「詩歌」や「石頭」のように以前学んだ単語でも、その場ではまったく思い出せなかったと振り返った。普段、実際に使う機会がほとんどないためだ。
そして今回の経験を通して、これから必要なのは、「実際の生活とつながった語彙」を増やしていくことだと感じたそうだ。

一方、以前から中国語の発音に自信が持てず悩んでいたCさんも、自分の気づきを語ってくれた。
これまで交流活動に参加した際、自分の中国語名を相手に聞き取ってもらえたことが一度もなかったという。今回の交流の前にも、家で何度も繰り返し練習して臨んだが、当日の自己紹介では、やはりうまく伝わらなかった。
しかし、その経験が逆に彼の考え方を変えた。
Cさんは授業の中で、「これからは完璧な発音にこだわりすぎず、補足説明を加えたり、言い換えたり、時には身ぶりも使いながら、とにかく相手に意味を伝えることを大切にしたい」と話していた。

二、教室の外で起き始めた変化
これまで何度も中国大陸や台湾を旅してきたYさんは、今回の台湾からのお客様との交流を通して、「もう一度、中国や台湾へ行きたい」という気持ちが強く湧いてきたという。
たとえ今でも聞き取れなくても、うまく話せなくても、華人の空気の中で、対面で中国語を話す感覚をもう一度味わいたい――。
Yさんの言葉に、皆さんもうなずいていた。
「現地で中国語を話してみたい」。
それが、皆さんにとって新たな学習の目標や励みになったのかもしれない。

そして、Rさんが受けた刺激は、さらに深いものだった。
彼女は、生活がだんだん単調になり、日本語ですら言葉がすぐに出てこなくなったり、声を出すこと自体も以前ほど滑らかではなくなってきた、と感じていたそうだ。
しかし、先週の授業で、自分たちと同年代である台湾のお二人から伝わってくる活力に触れ、「自分も家にこもってばかりいてはいけない。もう一度、外へ出て、社会とつながらなければ」と、ふと感じたという。
そして翌日、彼女は一人で、長い間行っていなかった市中心部の公園へ出かけた。景色を眺め、そこで遊ぶ子どもたちの様子をしばらく見ていたそうだ。

普段から地域活動に多くかかわっているYDさんは、台湾のお二人の次の予定について話してくれた。
お二人はその後、石川県能登半島地震の被災地にある、海辺の小さな漁村を訪れ、現地の高齢者たちと交流する予定だったという。
YDさんは、「外国の方なのに、遠い日本の、しかもこんな辺鄙な場所までわざわざ来て、高齢者を気遣っている。その姿に自然と尊敬の気持ちが湧いた」と話していた。

三、団扇を通した言葉の交流
皆さんが特に喜んでいたのは、団扇に書く日本語翻訳を手伝ったことだった。
能登の人たちと少しでも会話できるようにと、台湾のお二人は事前に団扇を用意していた。そこには、中国語でいくつもの言葉が書かれていた。
「お元気ですか?」
――今回で三度目の訪問となり、顔なじみになった高齢者も多かったからだ。
「ちゃんと食べてる?」
「もっと食べてね」
――活動では、台湾のボランティアによる手作りの中華料理も振る舞われる予定だった。
そのほかにも、
「どれが一番おいしかった?」
「だいじょうぶだよ」
といった言葉が並んでいた。

授業では、日本人の皆さんが、それらを自然な日本語に書き直す手伝いをした。
台湾のお二人は、日本語を書いた団扇を手にしながら、受講者に向かってこう声をかけた。
「お会いできて本当にうれしいです。」
「楽しいですか?」
「ぜひ台湾へ来てくださいね!」

受講者たちも、その様子を見ながら感じていた。
たとえ言葉が十分に通じなくても、表情や動き、そして小さな道具を通して、人と人とはちゃんと心を通わせることができるのだと。
四、もうひとつの「学び」
中国語教師として、最初に台湾のお客様を教室へ招いた理由は、とてもシンプルなものだった。
皆さんに、実際の中国語母語話者の話し方に触れてほしい。
教科書の外にある、生きた中国語を体験してほしい。
ただ、それだけだった。
しかし、授業後の皆さんの感想を聞いているうちに、今回教室に生まれていたものは、単なる中国語会話の機会ではなかったのだと感じた。
少しずつ静かに、閉じたものになりかけていた日常が、この短い交流によって、ふっと揺り動かされたのだ。

受講者たちにとって、それはある意味で初めて近くで見る光景だったのかもしれない。
「こんな年齢になっても、人はまだ情熱を持てる。」
「自分から外へ出ていける。」
「知らない人を気にかけ、新しい世界に触れようとできる。」
そんな姿を。

後日、皆さんの感想を読んだ台湾のお二人は、こんな言葉を送ってくれた。
「皆さんの感想に、とても感動しました。これは単なる中国語学習の教室ではなく、人生そのものが成長していく教室なんですね。少しでも皆さんの心に触れることができたなら、本当にうれしいです。来てよかった。ほんとうに、来てよかったです。」
本文の中国語バージョン
