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家もピアノもダイヤの指輪も。でも心まで失くさなかった私の「再起動」の体験談

🐶「これはローザの実体験。驚く話だけど大丈夫。前を向いていくための、大切な『再起動』の話だよ。最後まで見守ってね!」


あの頃の私は
『失うこと』ばかりを数えていました。

ピアノを売った日。
婚約指輪を換金した日。
そして、
家を売った日…

目に見えるすべての「豊かさ」が、
指のすき間からこぼれ落ちていった
あの日のこと…


でも今振り返ると、あのときの私は
「失ったもの」しか
見ていなかったんだと思います。


やがて、自分の脳の力を信じて
一段一段昇ってきたこと。
今ならやっと話せます。


救いの手だと思った人の「夜逃げ」と言う裏切り

これは私が自営業を始める前の実話です。

夫の勤務先が倒産してしまった…

不景気による建設業の低迷と、
勤務先の業績悪化という事態により
それまでの生活は打ち砕かれました。

突然の話に目の前が真っ暗になりました…


(その事についてはこちらです↓私の脳が勝手にサバイバルスイッチを押してくれてました)


その後ハローワークで職探しをしてた時、
知り合いの社長が建設会社へ誘ってくれました。

「これでなんとかなるかもしれない。
また家族で笑い合える!」
救いの手に、ホッと安心できました。

けれどその気持ちは長く続きませんでした。

何ヵ月か後に、その社長が
会社の資金を全て持って夜逃げしたのです。


残されたのは、負債と混乱した現場。
そして何も知らず途方にくれる夫。

人生でこんなことがあるでしょうか?

月末の、
建材屋などへの支払いができなくなりました。


行き場を失った債権者たちが、なぜかただの
従業員にすぎない我が家にやって来ました。

信じられない…

役員でもない夫は、本来なら被害者であり
対応する必要はないのです。

でも取り立てに来た方も
本当に困って声を震わせています。

迷惑をかけたのはこっちだからと、
夫は少しずつ払っていきました。

夫はどんなに辛かったでしょう。
でも私を心配させないため、
一切泣き言は言わなかった。

弁護士に相談したくてもそのお金がない…

まず家族が食べていくことが優先…
どん底。蟻地獄でした。

玄関のチャイムが鳴るたびに、
心臓が縮み上がるようでした。

怖かった。
悲しかった。

「なぜ社長の失敗の後始末を、
私たちがしなくちゃいけないの?」

「私たちが一体、何をしたっていうの?」
そう思いました。

子供たちにも嫌な思いをさせて
申し訳なかった。

その恐怖と理不尽さが、私たちの生活を
根底からガラガラと壊していきました。


ひとつ、またひとつ消えていく「幸せの証」

そこからは
坂道を転げ落ちるような毎日でした。

生活費を捻出するために、家の中から
ひとつ、またひとつと
大切なものが消えていきました。


長女の宝物を売って娘を泣かせてしまった日

初めに手放したのは、
リビングの主役だったグランドピアノ。

私の父が定年退職の記念に
初孫の長女にプレゼントしてくれたものです。

幼稚園の頃からピアノに親しみ、
コンクール全国大会にも出場しました。

彼女が弾くジブリ映画「天空の城ラピュタ」の「君をのせて」。

この曲に合わせ、
家族全員でよく歌ったものです。

弟・妹もこのピアノで、
教室に通い楽しみました。


子供たちの、
特にずっとピアノに打ち込んできた
長女の悲しみははかり知れません。

本当にごめんね。


贈ってくれた父にも申し訳ない。
手放したくはなかった…

業者の方が運び出していく後ろ姿を見ながら、私はただただ立ち尽くしていました。

グランドピアノが無くなった場所には、
ぽっかりと不自然な空間が広がりました。

それは、
あの日の私の心の中と同じでした。


私の宝物、ダイヤの婚約指輪は驚きの査定額

そしてついには、
婚約指輪まで売ることになりました。

思い出が詰まったダイヤです。
けれど査定額は、たった5万円…

ものすごくショックでした。
売りたくなかった。

「私たちの人生って、この程度の価値なの?」
そんな気持ちにまでなりました。

でも、違います!
今ならわかる。
指輪の価値と人生の価値はまったく別のもの。

しかし追い詰められると、
人はすべてを結びつけて
考えてしまうものなんですよね。


最後に家まで売ることになった…

そして最後には、
家を売らなければならなくなりました。

家を失うということは…

家が無くなるということは
『建物』を失うことだけではありません。

そこで積み重ねてきた思い出や、
未来への安心感まで
一緒に崩れていく感覚でした。

引き渡し期限までに
多くの荷物をまとめ、捨て、
その時はまだ夢中だったけど、

家族のものがすべて無くなった部屋を見た時、
「これで本当にこの家とお別れなんだ…」
と心が張りさかれるようでした。


壁に刻まれた子供たちの背丈の跡、
みんなで笑い囲んだ食卓の風景…

何もかもが暗闇の中に消えていきました。


土地を分けてくれた父への消えない罪悪感

私の父はお酒に負けてしまい、
酔うと問題を起こす人でした。

母を早く亡くして寂しかったのでしょう。
今なら父の気持ちもわかります。
でもその時は許せなかった。

それでも私たちが敷地内に家を新築する時に、土地を分けてくれたのです。

父が頑張って増やしてきた土地の一部を、
この一件で手放さなければなりませんでした。

その事は本当に申し訳なかったと思います。

でも、どんなに説明しても
理解してもらえなかったために、
父との中はますます冷えていきました。

どん底の「真っ暗闇」だからこそ、脳は次の光を探し始める

すべてを失い、
文字通り『どん底』に突き落とされた私たち。

でも、今ならわかります。
あの頃の私は、
脳が完全に「危険モード」になっていました。

人の脳は、
強い不安や恐怖を感じ続けると未来の希望より
『危険』を探すようになります。

だから当時の私は、
「これからどうなるの?」
「また悪いことが起きるかもしれない」
「もう終わりなのかも…」

そんなことばかり考えていました。

でも、脳にはひとつ特徴があります。

それは、
『向けた方向の情報を集め始める』
ということ。

(その詳しい脳の仕組みはこの記事に↓
書いてあります。実験してみてね。)


絶望ばかり見ていると、
絶望ばかりが大きく見える。

けれど逆に、小さな希望に目を向け始めると、
脳は少しずつ
「まだ大丈夫なもの」を探し始めるのです。

もちろん、当時の私は
そんなことはまったく知りませんでした。

だけど振り返ると
あの苦しい時期の中でも、

・子供たちの笑顔
・支えてくれる人
・励ましてくれる言葉
・小さな安心

そういう『消えないもの』も、
本当はちゃんと存在していました。

人生は一瞬で立て直せるわけではありません。

でも、
サーチライトの向きを少しずつ変えることで、

人は絶望の中でも
小さな光を見つけ直せるのかもしれません。


真っ暗だと思ってたその場所は、
人生を『再起動』させるための
真っ白なキャンバスでもありました。

このどん底の状況下で、
私が最後に見つけた『たったひとつの答え』。

家でもなく、
宝石でもなく、

誰にも奪うことのできない『心のあり方』が、私たちの家族を救う
大きな力となっていくのです 🩷


(脳とのつきあい方については、
こちらを参考にしてみて下さいね👇)



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