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ただ、そこにあるという強さ

じいじです。
小学4年生の孫の家来をしています。



休日になると
近所の神社や公園を散歩することがあります。

何百年も生きてきた大きな樹を見るたびに
不思議な気持ちになります。

「この樹は、何を考えているのだろう。」

そんなことを思うのです。

もちろん
樹木には言葉がありません。

人間のように未来を心配したり
昨日の失敗を後悔したり
誰かと比べて落ち込んだり

そんなことは
おそらくしていないのでしょう。

ただ
そこにある。

ただ
生きている。

それだけなのかもしれません。

雨の日もあります
激しい風の日もあります
真夏の焼けるような暑さもあります
雪が降る冬もあります

それでも樹は
文句を言うこともなく
慌てることもなく
逃げることもなく
ただそこに立ち続けています。

その姿を見ていると
私は
 「静かなる力」
というものを感じます。

人間は言葉を持っています。

言葉を持っているから考えることができます。

未来を想像し
計画を立て
文明を築いてきました。

言葉は素晴らしいものです。

しかし
その言葉があるからこそ
私たちは苦しむこともあります。

「あの人はどう思っているだろう」
「嫌われたかもしれない」
「もっと頑張らなければ」
「失敗したらどうしよう」

頭の中では一日中
言葉が流れています。

その言葉が止まらない。

まるでラジオが四六時中ついているようです。

静かな部屋でも
頭の中だけは騒がしい。

そんな日もあります。

スッタニパータには
心を乱すものは外側ではなく
執着する心である
という教えがたびたび出てきます。

人は物事そのものに苦しんでいるのではなく

「こうあるべき」
「こうでなければならない」

という思いに縛られて苦しむ。

その視点で樹木を見ると
彼らには
「こうあるべき」
がありません。

春になれば芽吹きます
秋になれば葉を落とします
誰かと競争することもありません
隣の樹より高くなろうとも思いません
自分の季節を生きています

だから無理がありません。

私は六十一歳になりました。

若い頃のようには身体は動きません。

夜勤をすると疲れが残ります。

覚えも少し悪くなりました。

再雇用になって給料も四割ほど下がりました。

以前なら
「まだ頑張らなければ」
そんなことを思っていたでしょう。

でも最近は少し違います。

給料が四割カットなら
仕事も四割カットくらいでいい。

もちろん手は抜きません。

患者さんには誠実に向き合います。

でも必要以上に頑張らない
自分を追い込まない
飄飄と働く

そう思えるようになりました。

それは歳を取ったからではありません。

樹木を見ていると
頑張ることだけが生きることではない
と教えられるからです。

大きな杉の木を見ていると
力んでいるようには見えません。

それなのに何百年も生きています。

台風にも耐え
雪にも耐え
暑さにも
寒さにも耐えています。

強くなろうとしているようには見えません。

ただ生きている。

それだけです。

その姿には
人間が忘れてしまった強さがあります。

静かな強さです。

私たちは
何かをするときに力を入れ過ぎます。

頑張ろう
成功しよう
認められよう
嫌われないようにしよう
失敗しないようにしよう

もちろん努力は大切です。

でも力み続けることは
長くは続きません。

竹が風で折れないのは
しなるからです。

川が岩を削るのは
力任せではなく
流れ続けるからです。

樹木もまた
風に逆らっているようで
実は風とともに揺れています。

自然は
「力まない強さ」
を知っています。

私は看護師として働いてきました。

患者さんの中には
とても穏やかな人がいました。

病気なのに
笑顔で話される。

痛みがあるのに
周りを気遣われる。

「あとはなるようになりますよ」
そう笑う人がいました。

あの人たちは
諦めていたのではありません。

受け入れていたのです。

抵抗をやめた人には
静かな力があります。

その姿は
何百年も立ち続ける樹木によく似ています。

最近
私は
 「飄飄と」
という言葉が好きです。

頑張らない
無理をしない
執着しない

でも
やることはきちんとやる。

肩の力を抜いて

風が吹けば揺れ
雨が降れば濡れ
晴れれば陽を浴びる。

そんな生き方ができたら
少しだけ人生は楽になる気がします。

スッタニパータには
自然そのものを先生にせよ
とは書かれていません。

しかし
その教えを読んでいると
自然の姿と重なる場面がたくさんあります。

何も持たず
何も競わず
何も誇らず
ただ今を生きる。

その姿勢は

樹木にも
鳥にも
風にも
見ることができます。

私たちは言葉を持っています。

だから考えます。

考えることは素晴らしいことです。

しかし
ときには考え過ぎます。

そんな日は
大きな樹の下に立ってみるのも
いいかもしれません。

何百年も生きてきた樹は
何も語りません。

説教もしません
励ましもしません

ただ
そこにあります。

その静けさの中で
自分の頭の中のおしゃべりも
少しずつ静かになっていきます。

もしかすると
本当の強さとは
大きな声で主張することではなく
静かに立ち続けることなのかもしれません。

雨の日も
風の日も
晴れの日も

ただ
そこにある。

私はそんな樹木に
今日も人生を教えられています。

そして思います。

人生もまた
少し肩の力を抜いて。

静かなる力を信じながら
歩いていけばいいのでしょう。

「孤独」と「自由」について
まとめてみました。
よかったら 読んでみて下さい。


有料マガジンに
人間関係・不安・執着との付き合い方を
やさしく整えています。
よかったら 読んでみてください。



飄飄と
いきましょう






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