探検?遭難?サバイバルアマゾンツアー⑩完結編
⑩パナソニックとコカ・コーラ~再び文明世界へ
薄いテントの布越しに差し込む朝日で目が覚める。全身バキバキで這うように外に出ると、本日も快晴だ。
一日目のような嵐も来なかった。新しい朝が来た、希望の朝だ。
まだジャングルの中だけど、今日こそ、うちへ帰ろう!
僕より早く起床していた数人が、昨晩の残り火に薪をくべている。
小鍋でお湯を沸かし、灰やら何やらが浮いているお湯でインスタントコーヒーを作り、よろよろの体に流し込む。うまい。南米のどんな高級豆でドリップしたコーヒーより、確実にうまい。
ごそごそと、大型カピバラのような、おっさんおばさんがテントから這い出し、火の回りに集まってくる。
とそこに、茂みをナタで切り拓きながら、ナンドがふらりと現れた。
早朝に外苑をひとっ走りして帰宅した市民ランナーのような自然さで、
「俺にもコーヒーをくれ」とつぶやき、どかっと座る。
おっさんAが笑いながら、「おいナンド、昨日はどうしてたんだ?手ぶらか? 獲物はどうした?」
「ああ、昨日は全くだめだった。むかついたから、酒飲んで寝た。」
ジャングルで、ふて寝…。ワイルドすぎる。
「でも、ひとつ収穫があるぜ。道が分かった。たぶん昔、通ったことがある道だ。すぐ近くに小さな村があるはずだ。」
探検隊は色めき立ち、適当に朝食を流し込み、荷物を車に放り込み、ナンドの道案内で走り始めた。
アマゾンでは、数年前になかった道が出現し、数年前まであった道が木々に飲み込まれなくなることはザラにあるらしい。そうだろな、と深く頷く。
森の中を小一時間ほど走っただろうか。村に着いた。「村」といっても、ジャングルの一角を切り拓いたわずかな広場に、10件ほどの小屋がかたまっているだけだが、ラジオから曲が流れ、子どもの姿も見え、雑貨屋らしきものもある。
僕たちは、その店に飛び込み、冷蔵庫でキンキンに冷やされたコカ・コーラを買い求め、一気に飲み干した。一口飲むたびに涙があふれてくる。うますぎる、確かな文明の味だ。
冷蔵庫があるということは、ソーラーパネルがあるとしか考えられないが、僕の記憶は曖昧だ。1990年代にそんなシステムが普及していたのか疑問だが、確かに電気の恩恵を受けられる「村」だった。
冷蔵庫の横には、南米のどんな町の店でも見かける缶詰や、パナソニックの乾電池が売ってあった。日本の真裏の南米大陸の、ここにまでメイドインジャパンは浸透しているのか。旧知の友人にばったり会ったような気がして、自分が日本人であることを3日ぶりに思い出した。
おっさんらは、村人から周辺の地理のレクチャーを受け、そこからの帰り道は早かった。いつの間にか後部座席で僕は眠りこけ、目を覚ました時には、道路はアスファルトになり、電信柱が並走していた。
数時間後、拍子抜けするほどあっさりと、何のトラブルも起きず町に着いた。誰も一言も発することなく、疲れ果てて解散し、僕は独り暮らしの「庭付きオンボロ一軒家」に帰った。
鍵でドアを開ける、水道のコックをひねる、熱いシャワーを浴びる、水洗トイレで用を足す、シーツを敷いたベッドで眠りにつく。すべての日常行動をかみしめる。そして、人生で一番深く泥のように眠った。
次の朝目覚めても、確かに自宅のベッドの上だった。胸をなでおろし、近所のカフェに朝食をとりに出かける。何の変哲もないモーニングセットに、満ち足りた気分になる。
車と人が行きかう道をご機嫌に歩き自宅に戻ると、庭の雑草の一角に、うっすらと一本の「道筋」が見えた。
近づいてしゃがんでみると、その部分だけ草が短く刈り込まれた、幅2センチほど小道が敷地外まで続いている。
目を凝らすと、その小道を、「ハキリアリ(葉切り蟻)」が、口に緑の葉っぱのカケラを咥えて行進しているのだ。
南米大陸に生息するこの昆虫は、刈り取った葉っぱを巣穴に運び込み、何らかの情報交換をしながら分業体制を構築し、葉をかみ砕いてマット状にし、そこにキノコの菌糸を植え付け、水分や換気をコントロールし、収穫し食料にしている!
人類より早く「農業」を発明し、現在の地球上で、人類以外で唯一「農業」を行う生物として、知る人ぞ知るスーパー生命体だ。
おそらく、僕の庭で、ずっとこの「農業」は続いていたのだろう。僕が気付かなかっただけだ。
わずか数日だが、本気で道を見失い、本気で食物連鎖を体感し、どのポイントでうっかり死んでいてもおかしくなかった今回のツアーが、僕の五感を敏感にしたのだろうか。
蟻目線で見れば、この雑草だらけの庭も、人間にとってのジャングルだろう。昨日まで僕が彷徨っていたアマゾンのように。
文明って何だ? 社会って何だ?
歴史の教科書には、数千年前に世界各地で産声を上げた古代文明はすべて、「コミュニケーション」と「農業」の発達が絶対条件だと書いてある。
ならば、ハキリアリは、その条件を完全に満たしているのではないか?
極小の体一つで、熱帯の自然の中で、文明・社会を営む昆虫。
車や銃やホルヘやナンドの力がなければ、一日たりとも生きられない僕。
知性って何だ? 生命の価値って何だ? 考えるほどにわからない。
【この一冊!】
『敗者の生命史38億年』(稲垣栄洋、PHP研究所)
『フューチャー・イズ・ワイルド』
(ドゥーガル・ディクソン、ダイヤモンド社)
『アマゾン文明の研究』(実松克義、現代書館)
