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神様の身代金は、いくらだ!?③ 

「サンタ・アポロニアの丘」からの長い石階段を下る。
次の目的地は、アルマス広場のすぐ近くにある「身代金の部屋」だ。
タイトル画像の写真がそれだが、説明書きの看板がなければ素通りしてしまいそうな、何の変哲もない石づくりの平屋の建物だ。しかし、壁の石組はしっかりしており、ここにアタワルパは監禁されていたと言われれば、そんな気もしてくる。
部屋の中に入ると、日本の小学校教室の半分くらいの広さだが、ここを埋め尽くす黄金製品は圧巻だっただろう。
1532年といえば、日本では室町時代のころの話なので、考古学的にここが真の現場だったのか怪しい気もする。が、町の人々にとっては、そうなのだからそれでいいのだ。
そして、アルマス広場こそ、アタワルパが捕まり、処刑された場所らしい。

1990年代後半のペルーは、ようやくテロが収束の兆しを見せ、平和な日常が戻り始めてはいた。が、まだまだ地方は混乱し、かなり貧しかった。
もちろんテロを容認する気はない。しかし、「この地獄から抜け出す方法が他にあるなら、教えろ! もうたくさんだ!」と暴力に走るほどに、1980~90年代の中南米の経済状況は悪化していた。

【この一冊!】
『もうたくさんだ!』(サパティスタ民族解放軍、現代企画室)

その元をたどれば、アタワルパの処刑に象徴される、理不尽な植民地支配に行きつく。
自分たちの神と歴史と文化を奪われ、奪った側が数百年にわたって、有り余る富を独占している。奪われた側への分配も同情もなければ、説明も改善の兆しも全くない。

神は還ってこない。神の身代金も返ってこない。絶望がテロを生んだ。

空気の薄い標高2750m(富士山の7合目くらい)の石階段を調子に乗って上り下りしたせいで疲れ果て、広場のベンチでぐったり座っていると、ボロボロの服を着た靴磨きの少年が、「靴を磨かせておくれ!」と近づいてきた。少年の着ている服以上にボロボロの僕のスニーカーだったが、今日はクリスマス・イブだ、笑顔で了解し磨いてもらう。料金は相場よりかなり吹っ掛けてきたが、今日は特別だ、気持ちよく払う。

その直後、盲目らしきおじいちゃんと、その孫くらいの年の少女の二人組がが、近寄ってきて手を差し出してきた。
普段の僕は目をそらしてうやむやにやり過ごすのだが、今日はイブだ、ポケットの小銭を少女の掌に置き、広場をあとにした。

「神様の身代金は、いくらだ!?④」 に続く…。