さよならバックパッカー inカンボジア⑪
2000年4月。数年間の南米生活と、数週間のアジア放浪を終えて、僕は日本で新しい仕事、新しい生活を始めた。
新しい職場環境に慣れる以前の問題として、「日本という巨大システム」に再適応しようと必死だった。
『ガリバー旅行記』の醜い生物ヤフーに成り下がるのもごめんだが、青臭い毒だけ吐いて自立できない根無し草になるのも嫌だった。
がむしゃらにもがき続ける新生活はそれなりに充実しており、何かをあきらめたり、何かを捨て去ってしまったという感覚はなかった。
ちょうどその1年後、2001年4月に、『ZERO LANDMINE』というCDが発売されたことを知った。
地雷問題に関心を持った坂本龍一の呼びかけで、ドリカム、ミスチル、GLAY、シンディローパーなど国内外の名だたるアーティストがノーギャラで結集し、共同で制作を行なった楽曲である。CDの売上金は全額、地雷撤去活動に寄付されるという。
地雷について、知らないことばかりだった。
・安いものでは一個数十円なので、安価な防衛手段として、世界中で膨大な数が使われている。
・空中から広範囲にばらまかれることも多く、後で探知・回収することは不可能に近い。プラスチック・セラミック製の物は、金属探知機が使えない。
・戦争が終結した後でも、100年以上爆発力をもつものもある。
・あえて火薬の量を少なくし、被害者の命を奪わず、大けがをさせる。その方が、戦場でも戦後社会でも、敵に与える負荷・心理的ダメージを大きくすることができる。
・日本は、地雷撤去の分野で、人的にも技術的にも、長年大きな貢献をしてきた。
TBSの特集番組でそれを知った僕は、すぐにCDを買ってみた。
曲も詩もすばらしい。
そのジャケットには、18個の、様々な地雷がプリントされている。
ペンやおもちゃのような形状・色の地雷もあり、それは無垢な子どもたちに拾わせるためだという。
「悪魔の兵器」というしかない。
シェムリアップの町で会ったバイクタクシーのKさん、水場で遊んでいた子どもたち、手足をなくしたあの町の人々、そして道端のドクロマークの看板を改めて思い出す。
さよならバックパッカー inカンボジア⑫完結編 に続く。
