さよならバックパッカー inカンボジア⑫完結編
シェムリアップの町で会ったバイクタクシーのKさん、水場で遊んでいた子どもたち、手足をなくしたあの町の人々、そして道端のドクロマークの看板を改めて思い出す。
あの旅から四半世紀が過ぎてしまった。
アンコールワット遺跡に焦がれ、命を散らせたカメラマン、一ノ瀬泰造のヒロイックな生き方への憧れは消えないが、「死んでたまるかよ」と家族のために社会にしがみついてきた。
僕はこの日本で、ヤフーの群れにまみれ、かつ自分自身がヤフー臭をまき散らしながら、それでも自分なりに必死に生きてきた。
若いころに、南米やアジアで感じた疑問を引きずりながら、1ミリでも社会がよい方へ動くように、働いてきたつもりだ。それくらいの矜持はある。
前回の記事で書いた、『ZERO LANDMINE』の動画を、久しぶりに見返してみる。四半世紀前の番組だ。
坂本龍一、高橋幸宏、筑紫哲也、はこの世を去ってしまった。
彼らの人生について、僕は決して詳しいわけではないが、若い時から確かに社会を動かし、時代を作った人たちだと思う。
そして、世間的には、「晩年」「老後」と言われる年齢になってからも、溢れる熱量を損なわず、世の中に問い続けた。
「こんな世間でいいのか?」「こんな生き方に納得できるのか?」
それに共鳴して同じステージに立った、今ではレジェンド級の大物アーティストたちの若々しい表情も印象的だ。
バックパッカーの古典、沢木耕太郎の『深夜特急』にこんな場面がある。
当時あらゆる町にあふれていた、ヨーロッパ人の極貧バックパッカーをかき集め、格安でヨーロッパまで帰還させる弾丸バスがあった。
その乗客の一人である、オランダ人バックパッカーと、主人公が知り合う。
その旅人は、かなりの長い間放浪の旅をしていたらしく、俗世間から隔絶した修行僧のような、エイリアンのような空気を漂わせていた。そんな彼も、ついに旅を切り上げ、故郷に戻ることを決めたらしいのだが。
彼は、自分が乗るバスを指さして、こう言う。
「From Youth to Death ! 」。
青春発 墓場行。
あの時バンコクの空港で、日本に戻る飛行機を待っている間、まさに僕はそんな気分だった。
おっさんになった今思えば、いかにも若者らしい、青臭いトガリ方だなとほほえましくもあるが、若いうちはそれくらい棘がある方がいいじゃないか、とも思うのだ。
別にバックパッカーに限ったことではない。
すべての人間の毎日が、「From Youth to Death 」なのだから。
