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さよならバックパッカー inカンボジア⑩

人でごった返すバンコクの空港で、僕は帰国の憂鬱さに耐えきれずベンチに座り込んだ。

その時、僕は子どもの頃に読んだ、『ガリバー旅行記』を思い出していた。
アイルランド出身の作者、ジョナサン・スウィフトは、人間の愚かさと醜さを斜めから眺め、4部構成の架空の旅行記の形で世に放った。

船乗りのガリバーが、小人の国に流れ着き、巨人として苦悩する第1部が絵本などで有名だ。
しかし、第2部では逆に、巨人の国に打ち上げられ、自分が小人扱いされ何度も死にかける。この世の中は、相対的なのだ。
第3部ではまたもや遭難中に、空を飛ぶ島ラピュタに拾い上げられる。そう、ジブリの『天空の城ラピュタ』の元ネタはこれだ。ちなみに、ラピュタからの帰途、ガリバーは「ナガサキ」にも立ち寄ったことになっている。
ガリバーは、毎回奇跡的にヨーロッパに帰れるのだ。めでたしめでたし。

しかし急展開の、最終第4部。
ガリバーは、漂流の末、「馬の国」に流れ着く。
その国では、馬が言葉を話し、高度な福祉社会を築いている。そして、その馬たちの車を引いているのが、人間そっくりの「ヤフー」という生き物なのだ。ヤフーは裸で、臭くて、知性のかけらもなく、食べ物の切れ端を巡って醜く傷つけ合う生き物だ。

最初のころ、ガリバーはヤフーの同類とみられて、馬社会から拒絶される。しかし、馬の言葉を覚え「自分には知性があります。ヤフーではないのです。」と必死に訴え、一度は特例として受容される。
そして、ガリバーは、「善の権化」のような馬たちに憧れ、人間であることを捨てようとする。

しかし、悲しいことに、「ヤフーはしょせんヤフーでしかない」という排斥運動が起こり、結局馬の国を追放されることになってしまう。
その先で、運悪くヨーロッパの船に拾われてしまうが、もう彼には、「人間=服を着たヤフー」にしか見えない。
彼は、人間社会に戻ることを全力で拒否するが、結局失意のまま帰国する。
こうして、当時のヨーロッパ社会をこれでもかと皮肉った、長い長い物語は終わる。


バンコクの空港のベンチで、Duty Freeに群がる日本人団体客の姿を僕はぼんやりと眺めている。その時の僕には、彼らがもう、ヤフーの群れにしか見えなかった。
別人格の自分が、冷めた目で、
「おまえ何様だよ、なんで僕は違いますって顔してんだ? お前も立派なヤフーだろ」と吐き捨てる声がする。
小心者の僕は、何もかもが嫌だが、何もかも捨て去るほどの度胸はないのだ。
誰かがつつけば、本当にその場で吐瀉物をまき散らしてしまいそうな気分で、僕は日本行きの便のゲートをくぐった。

さよならバックパッカー inカンボジア⑪ に続く。