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【虹色創作部】夏と海と、僕らは日常(1)

本画像は虹くりっぷさん企画ページよりお借りしています。

第一話

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 朝の浜辺に、風が細く吹いていた。カモメが低く鳴き、波がひとつ寄せては返す。その海岸に、古びたレインコートを羽織った老人がひとり、漂着物を探していた。 足元を注意深く見つめながら、波打ち際をゆっくりと歩いている。手には古びた籠。そこには既に、釘の抜けた木片や、ガラス片、色褪せたリボンのようなものがいくつか並べられていた。
 波の引いた砂の窪みに、ふわりと青い布が引っかかっていた。老人は立ち止まり、そっと屈む。そこには、胸元に“B”の文字が縫い込まれた、ピエロのような姿の青いマリオネットが打ち上げられていた。片足は折れ、顔の塗装も剥がれかけている。だが、瞼だけは奇妙なほど鮮明に残っていた。まるで夢を見ているような、閉じた目。老人は小さく呟いた。 「また、流れ着いたか…。」 その声は、誰に語るでもなく、波音に溶けた。
「中にはまだ熱がある。置いていくには、惜しい。」
 そう呟いて、そっと人形を抱き上げる。まるで眠る幼子でも扱うように。 レインコートの裾が濡れたまま、老人は引き潮に背を向け、小屋へと歩き出した。
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 『思いつき課長と僕の憂鬱な月曜日』

 月曜日の朝9時。僕はコーヒー片手に、頭の中で今週のタスクを整理していた。会議室の窓からは、夏の強い日差しが差し込み、白い壁とガラス扉を無機質に照らしている。背後のホワイトボードには、消し跡の残るマーカーの線がまだかすかに残っていた。
 金曜日の会議で、課長が満面の笑みで「来週はAプロジェクトを全力で進めよう!」と力強く宣言していたので、当然その準備をしていたわけだ。テーブルの上にはAプロジェクト用の分厚い書類とタブレットが並んでいる。隣室からは電話のベル音と、コピー機がガチャガチャと用紙を吐き出す音が聞こえてきた。
 しかし、課長―思いつき100%、後先ゼロの男―は、今日も元気だった。
「おい田中くん!Bプロジェクトを軸に行くぞ!ラッキーカラーが“ブルー”って出たんだ。今朝の占いでな!」
「…あ、そうですか。」
占いかよ。
窓の外をバスが一台通り過ぎるのを、僕は無意識に目で追った。僕は内心で盛大にズッコケつつも、顔は真顔のままノートを取り出した。背後で誰かが笑う声が執務室から漏れ、妙に現実感を増す。
「ちなみに、金曜日に『Aで行きましょう』とおっしゃっていた件ですが…。」
「ああ、あれは先週の話だ。古い古い!人生はアップデートが大事だぞ!な?ほら、スマホだって2年で買い替えるだろ?」
課長、それとこれとは違います。僕の頭の中に突っ込みが響く間、エアコンの風が微かに吹き込み、ガラス扉がカタリと鳴った。だがここで「言ってることが違います」と正面からぶつかる勇気など僕にはない。課長の肩書の「課」は、「思いつき課長」の「課」だ。思いつきとともに生き、思いつきで人を巻き込み、思いつきでプロジェクトを軌道修正する。
「なるほど、ではBプロジェクトを最優先で。ちなみに方向性や資料など、金曜日にA用で作った分があるんですが…。」
「うん、それはそれで活かそう!『Bだけど中身はA』っていうハイブリット構想だ!」
「……。」
よけい混乱するんだが。
「じゃあ田中くん、その件よろしく!午後には社長に中間報告するぞ!」「はい…。」
地味にタイムリミット早くない?

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 海辺の古びた作業小屋。薄暗いその中に、ひとつだけ明かりが灯っている。 木の机の上に、拾われたマリオネットが横たえられていた。老人は黙々と、脚の破損部分を削り、合う木片を探し、慎重に糸を巻く。細かい部分には、虫眼鏡とピンセットを用いながら、指先で確かめるように調整していく。部屋の隅には、過去に修理された人形たちがいくつか並んでいた。どれも、派手さはなく、どこか所在なげに棚の上を見つめていた。仕上げに、青いマントの裾を丁寧に拭い、ゆっくりと息を吐く。
「ひらめき、か。」 と、誰にともなくつぶやく。そう呟いたとき、朝の光が小さな窓から差し込んだ。その光に照らされたマリオネットは、ただ静かに、修復されたその姿を風に揺らしていた。
 彼にとって、これらの人形は“思考”の抜け殻だった。波に打ち上げられた、名前のない着想。誰かの心をよぎった小さなアイデアが、人形の形をして辿り着く。そう信じていた。役目があるかどうかではない。ただ、そこにあるから修理する。
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 僕はパソコンを開いて、個人フォルダのファイルをクリックした。画面に映る青白い光が会議室の白い壁に反射し、微かに僕の顔を照らす。

 金曜日の記録:
 「Aプロジェクトを来週最優先。課長が涙ながらに語る」
 月曜日のメモ:
 「Bプロジェクトを今週最優先。課長が朝の占いでひらめく」

涙と占い。情報源が感情とスピリチュアルしかない。
 そのとき、遠くのエレベーター前で数人の社員が並ぶ気配がして、差し込む朝の光が彼らの背中を長く伸ばしていた。会議室の外でまたコピー機が鳴り、紙の重なる音が耳に入る。僕はため息をこらえつつ、タブレットに新しいメモを打ち込み始めた。こうして、僕は今日も課長の“夢想”を“現実”に落とし込む地味な作業に追われるのだった。
「人生って、思いつきで左右されちゃうものなんだな…」
そう思いながら、僕はメモに今日の日付とタイトルを打ち込んだ。
「8月31日 思いつき、再び」
外の海風がガラスを叩き、白い壁を揺らすような錯覚を覚えた。夏の会社は今日も動き続けている。

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 夕方、小屋の中に戻ってきた老人は、ふと立ち止まった。作業台の上にあったはずの青いマリオネットの姿が、忽然と消えていた。ただひとつ、残されていたのはビー玉ほどのガラス玉だった。淡い青色を帯びたそれを、老人はそっと手に取る。光にかざすと、内側に浮かび上がるように、ゆらりと“マグロ”の文字が滲んだ。
「……さては、行き先を見つけたか」
呟いたその声に、波の音が応えるように、遠くから静かに返ってきた。
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fin

第二話➡️

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