現役保育士がチャットボットを自作したら、砂場の遊びが『5領域』になった
書類が、保育を殺している
11年間、会社員として現場管理と人事の仕事をしていました。製造ラインの進捗管理、シフト設計、採用面接、人事評価の書類作成。あの頃も書類は多かったですが、それでも「書類を書くために仕事をしている」という感覚にはなりませんでした。少なくとも私にとって、書類は手段であり、目的ではなかった。
保育現場に入ってから、その感覚が揺らぎ始めました。指導計画、連絡帳、個別記録、行事の振り返り、研修のレポート。日々の保育が終わった後に、それらを積み上げるように書いていく。子どもたちの顔を思い浮かべながら、「あの子の表情、もう少し読み取れていたら」と思いながら、時計を見ると18時を回っている。そういう夜が、決して少なくありませんでした。
誤解しないでほしいのですが、書類を書くこと自体を否定したいわけではありません。指導計画は保育の質を担保するための重要な専門文書ですし、記録は子どもの育ちを可視化するための大切な作業です。問題は、その作業に費やす時間と認知的負荷が、保育士本来の仕事である「子どもとの関わり」や「省察の深化」を圧迫していることにあります。
会社員時代に叩き込まれた視点で言えば、これは明確に「工程の非効率」です。付加価値を生む作業(子どもとの直接的な関わり)に使えるリソースが、付加価値を生みにくい作業(書類の文字起こし的な部分)によって削られている状態。この構造に、私はずっと違和感を持っていました。
なぜ、チャットボットを自作したのか
その違和感が具体的な行動に変わったきっかけは、ChatGPTやGeminiを保育実務に使い始めた経験です。確かに文章生成のスピードは上がります。ただ、使い込むほどに、ある限界が見えてきました。
汎用AIは、「保育所保育指針」や「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」の内容を断片的にしか持っていません。そのため、回答が一般的な育児情報や教育論に引っ張られやすく、専門文書の文脈から外れることがある。保育士が本当に必要としているのは、「それっぽい文章」ではなく、「指針・要領の根拠を持った言語化」のはずです。
そこで考えたのが、専用チャットボットの自作でした。ノーコードツールの「Dify」をプラットフォームに選び、生成AIエンジンには「Gemini 3.1 Flash-Lite Preview」を採用。最大のポイントは、厚生労働省の「保育所保育指針」と「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」の両文書を、ナレッジベースとして完全に統合したことです。このチャットボットに、私は『保育の基盤(HOIKU NO KIBAN)』という名前をつけました。

ただし、指針と要領を読み込ませるだけでは、高性能な検索ツールと変わりません。私がこだわったのは、設計の中に「もう一つの機能」を組み込むことでした。
それは、回答の末尾に必ず保育士自身の省察を促す「問いかけ(コーチング)」を加えるという設計です。答えを出して終わりにするのではなく、その答えを受け取った保育士が「では、私はどうするか」と自分に問い直せる構造にしたかった。コーチングを学んでいる立場として、これは外せないこだわりでした。
砂場のケーキ屋さんが、「4領域」として言語化された瞬間
実際に使ってみた場面を紹介します。
ある午後、3歳児クラスの子どもたちが砂場で夢中になっていました。砂を固めてケーキを作り、葉っぱをトッピングして「いらっしゃいませ!」と声をかける。友達が「チョコとバニラ、どっちにしますか?」と聞く。10分前まで別の場所で遊んでいた子が、その声を聞きつけてやってきて、自然とお客さん役に収まっていく。
保育士として「これは良い遊びだ」と感じる場面でしたが、いざ記録に起こそうとすると、言語化に詰まりました。「活発に遊んでいた」「友達と関わっていた」では、あまりにも表面的です。
そこで『保育の基盤』に問いかけてみました。「3歳児が砂場でケーキ屋さんごっこをしている場面を、指針・要領に基づいて言語化してください」と。




返ってきた回答は、予想以上のものでした。チャットボットはまず「本内容は、両指針ともに共通する第2章ねらい及び内容の5領域の視点に基づいています」と前置きした上で、この遊びを「環境」「表現」「人間関係」「言葉」の4領域から整理し始めました。
「環境」領域では、砂という素材の性質を五感を通じて試行錯誤しながら把握し、道具を用いて成形する過程が身近な環境への関心と試行錯誤する力を養っていると記述されました。
「表現」領域では、砂をケーキとして捉える「見立て」や「つもり」の遊びが象徴的機能の発達を示しているとされました。
「人間関係」と「言葉」領域では、共通の目的(ケーキ屋さん)を持ち、役割を意識したやり取りが自分の思いを言葉で伝える対人関係の基礎を養っていると整理されました。それぞれに、保育所保育指針の第2章の根拠条文を明示しながらです。
「これを一人で書こうとしたら、30分かかっていた」というのが率直な感想です。
そして、回答の末尾にあった問いかけが、私には最も刺さりました。
「その砂場のケーキは、子どもたちにとって『どんな味がするケーキ』なのか、あるいは『誰に食べてもらいたいケーキ』なのかを子どもに問いかけ、遊びの文脈を深めるために、あなたは明日、どのような言葉をかけますか?」
この問いかけはチャットボットが生成した文章です。しかし受け取った瞬間に、「明日の保育が変わる」と感じました。記録のための言語化ではなく、次の保育への思考を開く問いとして機能していた。これが、設計の中に「省察の問いかけ」を組み込んだ理由であり、その機能が意図通りに働いた瞬間でした。
AIは「敵」ではなく、「ギア」だ
AIが保育の仕事を奪う、という言説を耳にすることがあります。その不安を完全には否定しません。ただ、少なくとも私が開発し使い込んでいる『保育の基盤』は、そういう性質のものではありません。
このチャットボットがやっていることを正確に言えば、「保育士の思考を加速させ、省察の質を上げるための補助」です。砂場の場面を言語化するのは、最終的には保育士自身の観察眼と判断です。チャットボットが出した記述が正しいかどうかを見極めるのも、子どもの実態を知っている保育士の専門性です。AIが代替しているのは、専門性を発揮する前の「検索と整理」という工程であって、専門性そのものではない。
会社員時代の言葉で言えば、これは「ギア」の話です。自転車のギアを使えば、同じ力でより速く、より遠くに行けます。ギアが体力を代替するわけではなく、体力をより効果的に使える状態を作る。『保育の基盤』が目指しているのも、その構造と同じです。書類作業に費やしていた認知資源を、子どもと向き合う時間と省察の深度に還元すること。
11年間の会社員経験で最も学んだことの一つは、「仕組みが人を助ける」という事実です。優秀な個人の頑張りではなく、再現性のある仕組みこそが現場の質を底上げする。保育現場にも、その発想が必要だと、転身した今も変わらず思っています。
明日から始めたい方へ
この記事の後半(有料パート)では、私が試行錯誤を重ねて完成させた『保育の基盤』のプロンプト設計を公開します。
Difyのセットアップ手順、ナレッジベースの構築方法、そして「省察を促す問いかけ」を再現するためのプロンプトの構造。これらをそのまま活用すれば、今日から自分専用の専門対話型チャットボットを持つことができます。
保育の本質に向き合う時間を、もう少し取り戻しませんか。
※本記事はデジタルコンテンツの性質上、購入後の返金には対応しておりません。無料パートをお読みいただいた上でご購入をご検討ください。
ここから先は
¥ 500
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
