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預言者は知っていた - 3 #創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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ヤッファ

 ヨナはヤッファに着いた。

 そのころには「ニネベに行け!」という主の声は聞こえなくなっていた。ヨナはホッとしていた。とにかくニネベとは反対方向へ、反対方向へと向かったのがよかったのかもしれない。誰か別の者をニネベに遣わせることにしたのかもしれない。いつもの調子で「主よ、ありがとうございます」と祈りかけて、その祈りをむにゃむにゃと口の中で嚙み潰した。

 ヤッファは地中海に面する港町だった。諸国の貿易船が出入りし、多くの異国人で賑わっていた。この港からなら世界の果てにも行けそうだ。ヨナはできるだけ遠くに行く船を探そうと船乗りたちがたむろする酒場で食事をすることにした。

 ヨナが食事をしていると隣のテーブルが盛り上がっていた。

「……でよ。俺が船乗りだって言うと、そのかわいい娘が聞くんだよ。『乗れるのは船だけ?』ってね。そこで言ってやったんだよ。『俺は調子にも乗れるぞ』ってね」
「はははっ。ウケただろ。で、そのあとどうなったんだ」
「いや、それが『軽い男はキライ! 調子に乗らないで』って言われて、それっきり……」
「あっはっは。そりゃ残念だったな。次はもっとウケる冗談を言えよ」

 ヨナは陽気な船乗りたちの話に思わず笑ってしまった。彼らのほうを向いたとき、ガタイのいい船乗りたちの中に混じって、ひょろっとした背の高い男と目が合った。
 彼はヨナのテーブルに来て声をかけた。
「兄ちゃん、あんた旅の人かい? 船乗りって格好じゃないよな」
 彼は、自分は貨物船の船長だと言い、オクリコと名乗った。「俺は船の上で生まれた。海のことなら何でも知っているぜ」と豪快に笑うオクリコにヨナは適当に自己紹介をした。
「俺はヨナだ。わけあって諸国を旅している。行先は特に決めていないが……」
 オクリコはヨナの話を半分も聞いていなかった。そして、一方的に自分の話をし始めた。
「……そうか。いやね。さっき変な奴がいてね。船に乗せろって言うから、どこまで行きたいのかって聞くと、ニネベまで乗せろって言うんだよ。ニネベってアッシリアの王都だろ。ずっと東のほうのチグリス川の上流、大陸の真ん中じゃねえか。船ではちょっと行けないんだよな。そう言ってやったら、そいつは、そうかって言ってふっといなくなっちまってよ。ほんとに変な奴だったぜ」
 ごめんなさい、オクリコ船長。その変な奴は神の御使いです。ちょっと声が聞こえないと思ったら、なんてところで出てくるんだ。ほんとごめん、船長。

 ヨナはオクリコに、船に乗せてほしい、できれば世界の果てを見てみたい、と頼んだ。船はその土地の産物を売り買いしながら、地中海を巡り、西の果て、タルシシュまで行くらしい。船室がひとつ空いているから乗って行け、とオクリコが言うので、ヨナはありがたく乗せてもらうことにした。
 ここしばらくは快晴が続き、波も穏やかなので、十日もすればタルシシュに着くだろうと船長が太鼓判を押した。出航は明朝と決まっていた。
「じゃあ、そういうことで……ほら、いっしょに飲もうぜ!」
 ヨナは船乗りたちと遅くまで馬鹿な話をしながら楽しく酒を飲んだ。

 翌朝、ヨナは船室のベッドで目を覚ました。雲ひとつない青い空が窓から見えた。波も穏やかなようだ。昨夜は飲みすぎた。頭が割れるように痛い。酔った勢いで「今夜はうちに泊まっていけ」と言われて、船に送ってもらったんだっけ。
 船長の声が聞こえてきた。ゆかいな船乗りたちも元気に持ち場についているようだ。無事出航したようだな、と思ったとたん、安心してヨナはまた眠ってしまった。

 ヨナは再び目を覚ました。ずいぶん揺れがひどい。今度は船酔いかと思ったが、それにしては揺れがひどかった。ベッドから転げ落ちそうなくらいに大きく揺れている。外で船長や船員たちの大声が聞こえる。風や雨、波しぶきが激しく音を立てて窓に打ちつけていた。

 しばらく頭の中を整理しようとしていると、突然、船室のドアが開き、“調子に乗れる船乗り”が顔を出した。
「客人。すまないが手伝ってくれ。出航するときはあんなに晴れてたのに港を出て陸が見えなくなったら、突然、大嵐になっちまった。手を貸してくれ!」
 ヨナは彼のあとについて甲板に上がった。風は帆をたたんだマストさえもへし折ろうと吹きつけてくる。波は甲板の上を容赦なく洗い、船乗りたちをさらおうとする。立っているだけでも至難の業だ。
 風と波の音に負けないように大声で船長と船員たちが叫んでいた。
「北に流されてるぞ! 港に戻るんだ! 嵐をやりすごせ!」
「だめです! 舵が言うことを聞きません!」
「このままでは船が転覆してしまう! 積み荷をすべて海に投げ捨てろ! 船を軽くするんだ!」
 船員たちは積み荷を海に投げ捨て始めていた。

 おかしい……。昨夜、船長はあれだけ自信たっぷりに、しばらくは穏やかな航海になると言った。なのにこんな大きな嵐を予見できないなんて……。

 船員のひとりが叫んだ。「ああ、神よ。怒りをお静めください!」それは神にいけにえをささげるときのような叫びだった。

 それを聞いてヨナは合点がいった。そうか。そういうことだったのか。
 ヨナは皆に聞こえるように大声で叫んだ。
「聞いてください! 皆さんにお話ししたいことがあります!」
 ヨナが叫ぶとすべての音が止んだ。風や波は少し静まった。依然、船は大きく揺れていたが、風の音、波の音だけがぴたりと止んだ。

「私はイスラエルの神、主の預言者です。主は『ニネベに行け! ニネベは滅びると宣告せよ!』と言われましたが、私は断りました。
 私は祖国イスラエルを愛しています。敵国アッシリアにそのような宣告は不要です。さっさと滅べばいいと思っています。私はニネベ行きを頑なに拒みました。
 それで主が怒っておられるのです。私を罰しようとしておられます。
 罰を受けるのは私だけでじゅうぶんです。皆さんを巻き込みたくはありません。
 私が海に沈めば、風は止み、波はすぐに静まるでしょう。安心して旅を続けてください。
 私は王からもらった金銀をすべて船に置いていきます。すでに捨ててしまった積み荷や壊れた船の修理に使ってください。おそらく足りると思います。余ったら酒代にでも使ってください。
 私のことで思い悩まないでください。私が自ら望んで罰を受けるのです」

 ヨナは揺れる甲板の上を進み、海に身を投げた。ヨナが水中に沈むと嵐は静まった。
 船員たちはヨナが沈んだあたりを覗き込み、ヨナの無事を祈った。

 ヨナは海に沈んでいった。ヨナは泳げなかった。だがもし泳げたとしても、泳ぐ気はなかった。ヨナはゆっくりと深く沈んでいった。

 波は収まったようだ。これでみんなは無事に港まで戻れるだろう。よかったよかった。

 ああ、これで俺の人生もおしまいか。短かったな。

 母さん、ごめん。ひとりにしてごめん。

 マリヤ、俺が主の命令に逆らわなければいっしょに暮らせてたろうに。まったくもって情けない最期でごめん。

 少年はいつまで母さんたちといてくれるだろうか。いずれユダに帰るのだろうな。主と会話できるようになったら、俺のことをうまく二人に伝えてくれるだろうか。

 ああ主よ。赦してください。本当に申し訳ありません。調子に乗りすぎました。あなたが親しくしてくださったのをいいことに、私はあなたの命令に従おうとしませんでした。私はよみに下ります。

 ……ですが、主よ。もしまだ間に合うのであれば、そして、もしあなたがもう一度チャンスをくださるのであれば、私はあなたがニネベでなさることをこの目で見てみたいのです。どうかお願いです。もう一度、あなたの御顔を私に見せてください。

 だめだ。もう息が続かない。海中深く沈んでゆくヨナを大きな黒い影が飲み込んだ。

(つづく)


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