預言者は知っていた - 2 #創作大賞2024 #ファンタジー小説部門
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サマリヤ
主は「王に告げよ」とヨナに仰せられた。いつものくだけた調子ではなく、威厳を持った重々しい言葉だった。
ヨナはその言葉を受け取り、急いでガテ・ヘフェルを立つ準備をした。少年は預言の内容について尋ねなかった。預言とは主が告げたい人に届けるもので、主の許可がないかぎり、他の者に簡単に告げるべきものではないとヨナに教わっていたからだ。
旅の準備が整うとすぐに、ヨナは母に「俺はしばらく帰れない。安全と健康を祈っている」と言い残し、少年を伴って家を出た。ヤウラは「おまえも元気でいるんだよ。主が守ってくださいますように」と別れを告げ、戸口で二人を見送った。
家が見えなくなったところで、二人はマリヤと出会った。彼女は二人の真剣なまなざしを見て、王に預言を伝えに行くのだと悟ったようだ。
「サマリヤに行くのね。主がヨナを守ってくださいますように。祝福を祈ってる……」そう言うマリヤの表情は硬かった。これまでも同じことが何度かあったが、ヨナの顔が厳しかったのか、いつもの軽口は出なかった。
ヨナはそんなマリヤに無理に笑顔を作って別れを告げる。
「必ず帰って来る。おみやげを楽しみにな。ただ今回は長くなるかもしれない。母さんを頼む」
「早く帰ってきてね。そして、必ずおばさんの願いをかなえてあげてね。それは私の願いでもあるんだから」そう言うとマリヤは真っ赤になった。ヤウラの願いはヨナとマリヤがいっしょになること。マリヤもそれを知っていて、勇気を持って告白したのだった。
ヨナはマリヤに答えず、手を振り背を向けた。「それじゃ、行ってくる」
*
二人は南西に進み、王都サマリヤに着いた。ほぼ一日の道のりだったが、道中、ヨナはまったく言葉を発しなかった。
イスラエルの王、ヤロブアム二世は、神を信じていなかった。王はイスラエルの神も他の異教の神々も同列に見ていた。王はそれぞれの神の言葉の中から自分が良いと判断した言葉を採用した。いつも主の言葉に間違いがなかったにもかかわらず、王は自分が良いと思った言葉を神の言葉とし、まつりごとを行っていた。
王の怒りを買えば、預言者は何年も投獄され、死罪となることもあった。今回の預言は王に受け入れられないかもしれない。ヨナはこれまでになく緊張していた。
いつものことだ。自分はエリシャ先生のように威厳を持って預言を伝え、鋭い言葉で王に語ることは苦手だ。愛する祖国を正しく導くために、端的にわかりやすく王に伝えることだけを心がけるしかない。主の守護を疑うわけではないが、さすがに今度ばかりは不安だ。
王宮に着くと、ヨナは門番の衛兵に預言者ヨナが来たと伝えた。しばらくして入門を許されると二人は王宮の門をくぐった。となりを歩くカチコチに緊張している少年を見て、ヨナは昔のことを思い出した。
エリシャに同行して初めて王宮に入ったときのことだ。ヨナは手と足をどのように出したら前に進めるのかわからないほどガチガチだった。それを見たエリシャ先生がそんな俺のことを見てくすっと笑った気がする。
衛兵に案内されている間、俺もエリシャ先生みたいな立場になったんだなと感慨深く考えていると心が少し軽くなった。
広い庭を抜け、長い廊下を通り、階段を上って、ヨナたちは王の部屋に通された。王は派手な装飾を施した玉座ににこやかに座っていた。二人はひざまずいた。
ヤロブアム二世は、先代の王、ヨアシュと比べると穏やかで、近所の食いしん坊のおっちゃんというふうに見えた。だが、厳しいのも有名で、気に入らないことがあると烈火のごとく怒り、その場で斬首された者もいるという。なので、側近たちは王を恐れて好物の酒や甘い菓子を絶やさないようにしていた。王はそれを四六時中、飲み食いしていた。
王は菓子をつまみながらヨナに声をかけた。
「主の預言者ヨナ。久しぶりだな。元気にしていたか。今日はどんな神の言葉を聞かせてくれるのかな」王の機嫌は悪くないようだった。
「王様。ご無沙汰しております。今日は王様に主の御告げがあってまいりました。お伝えしてよろしいでしょうか」王が「うむ」とうなずいたのでヨナは続けた。
「主は言われました。『アッシリアの悪が天に届いた。わたしの声を聞かず、悪を行い続けるのでわたしはニネベを滅ぼす』と」
アッシリアはメソポタミア地方を領土に持つ大国で、強大な軍事力を武器に近隣諸国を次々と侵略し、略奪して国を潤していた。人々を捕縛しては自国内の遠地に移住させ、民族のアイデンティティを奪って服従させるという最悪の政策を取っていた。そのアッシリアがイスラエルの北に隣接するアラム王国に迫っていることで、イスラエルも戦々恐々としていた。そのアッシリアの王都がニネベだ。
「なんと、それは本当か」と喜ぶ王にヨナはさらに続けた。
「はい。主がそう言われたので必ずその通りになるでしょう。ニネベが滅ぶということは、アッシリアの王や多くの軍隊も大打撃を受け、しばらくは他国侵略どころではなくなるでしょう……」
「ほう、それは朗報だ。アッシリアに悩まされなくなればアラムとの交易も安定するな。いろいろとうまいものがまた手に入る。楽しみ、楽しみ。それでニネベはいつ滅ぶんだ? 主は何と言われた?」王の疑問はもっともなものだったが、それに対するヨナの答えは歯切れの悪いものだった。
「ニネベが滅ぶ時期については聞いておりません。ですが、王に告げよと言われたので、そう遠くないと思われます……」
ヨナはそこまで言って沈黙する。この漠然とした預言を王がどう判断するかだ。
菓子を口に運んでいた王の手が止まった。鋭い視線がヨナを捕らえる。次の瞬間、王は微笑んで言った。
「そうか。なら、しばらくニネベの状況に注意していよう。
よかったよかった。ヨナの預言を信じるぞ。褒美を取らす。
ニネベが滅べば、さらに10倍の褒美を取らそう。
もしおまえの預言が外れていたら今日の褒美の10倍をおまえから取り上げよう。
……今日はそれだけか。もう下がっていいぞ」
「それと、もう一つ、お伝えしたいことがあります。
これから私はイスラエルを離れます。
私の後継者としてこの者が主の預言を取り次ぎます」
ヨナは隣にいる少年を紹介した。
「えっ!」隣にひざまずく少年から声が漏れた。
王宮を出て、少年はヨナに抗議した。
「ヨナ様。何の相談もなく急にあのようなことを言われても困ります。私のような若輩者にはまだ早すぎます」
「大丈夫だ。主が『自分はまだ若いから無理だと言うな。わたしがあなたに言葉を授ける』と言われてるぞ」
ヨナはいい加減なことを言った。主がいかにも言いそうなセリフだったが、あとのことを頼めるのは少年しかいなかったので、その場で既成事実を作ってしまったのだ。だが正直なところ、ヨナは、ここ数日間、いっしょにいて、少年の、神へのまっすぐな信仰を見て預言者としての資質を感じ取っていた。
少年はぶつぶつ不平を言いながらも、承諾せざるを得ない状況を受け入れてくれたように見えた。
その日、二人はサマリヤで宿を取った。夜、二人はいつものように祈りの時を持った。王宮の見える丘まで出かけ、二人は少し離れて主に祈り、応答を待った。
主はヨナに言われた。
「ヨナ。もう一度言う。何度でも言う。ニネベへ行け。ニネベに行って『あと40日でニネベは滅びる。主がそう言われる』と叫べ」
ヨナは首を横に振った。
「いやです。何度も言うように俺はニネベには行きません。なぜ俺がニネベで叫ばなければならないのですか。放っておいてもニネベは滅ぶのでしょう?」
ヨナが故郷ガテ・ヘフェルで受けた主の命令は「王に伝えよ、ニネベは滅びる」というものだけではなかった。もう1つ、「ニネベに行って滅びを宣告せよ」という命令を受けていたのだった。
そのときも、ヨナは王にニネベの滅びを伝えには行くが、ニネベには絶対行かないと主に逆らっていた。その思いは変わってはいない。
「敵国の王都に乗り込んで滅びを叫ぶなんて馬鹿げてます。誰も俺の話なんかまともに聞いちゃくれませんよ。そんなことより、さっさと滅ぼしちゃってください。アッシリアはイスラエルの脅威なんです。ニネベだけでなく、あんな鬼畜の国、まるごと滅んでしまえばいいんだ!」
ヨナはどんどん腹が立ってきた。滅びろ、滅びろ、ニネベは滅びろ、アッシリアは滅びろとその場で叫びかねないほどになった。
「わたしの命令は絶対だ。ヨナよ。ニネベに行け!」
「いやです。俺は絶対に行きません。なぜ叫ばなければならないんですか」
「わたしが叫べと言ったら叫ぶんだ。早くニネベに行け!」
「行くのはいやです」「いやでも行け!」
「急ぎの用事を思い出しました」「嘘をつくな! 早く行け!」
「足のマメがつぶれて行けません」「そんなもの癒してやるからニネベに行け!」
「母が危篤で……」「ヤウラはピンピンしてるぞ。ニネベに行け!」
延々と「いやです」「行け」の応酬が続き、夜が明けた。
二人は朝食をとったあと、すぐに宿を立った。少年は来た道を戻ってヤウラとマリヤの待つガテ・ヘフェルへ向かったが、ヨナは南西の道を選んだ。少年は、ヨナが正反対の道を行こうとするのを不思議がって引き留めたが、ヨナはここで別れると譲らなかった。
「少年。俺はイスラエルを離れる。もう戻ってこないかもしれない。この国を頼む。母とマリヤにうまく話しておいてくれ」というヨナに、少年は涼しい顔で答えた。
「わかりました。主の御用が済んだら、早く戻ってきてくださいね」
ヨナは道を急いだ。
少年と別れてひとりになると「ニネベに行け!」という主の声がまた聞こ始めた。
「主よ、うるさいです」「神に向かってうるさいとは何だ!」
「少し黙っていてください」「ニネベに行くというのなら黙っていてやる!」
「ニネベには行きません!」……
ヨナは、一日中、歩き続けて、ヤッファに着いた。
(つづく)
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