#18 保健室のわたしたち


保健室の先生だった
鈴木
この仕事に就く前は、小学校の養護教諭をしていました。渋谷さんは中学校ですよね。
小学校と中学校とではカラーがけっこう違うと思うんですけど、私が勤務していた小学校では、学校全体で「自立を目指していこう」とか、「主体性をもって行動できるようにしよう」という方針があり子どもたちと接するときにはいつもそれを意識していました。そうした接し方やスタンスが、いまの障害学生支援の仕事にすごく繋がっているなと感じています。

渋谷
わかります。小学校ではどんなふうにされていたんですか?
鈴木
子どもたちがけがをして保健室に来たらまずは自分で説明ができるように、という保健指導を4月の体位測定で行うんです。ゆっくりでもいいから、自分の言葉で、いつ、どこで、どんなふうに、どこをけがしたのかを説明してもらうようにする。とにかく、子どもがしゃべり出すのを待つんです。もちろん1年生と6年生とでは言語能力に差があります。だから、まだうまく言葉にできない1年生でも伝えられるように、保健室に体の絵を描いた紙を貼っておいて、それを指差しながらでもとにかく自分で説明してもらうようにしていました。
中学校ではどんな感じでしたか。
渋谷
中学生になるとまた発達段階が変わってくるので、メンタルヘルスの不調を抱える子がすごく多かった印象です。自傷行為をしてしまうような子もいました。その子たちがサインとして「先生、やっちゃった」って保健室に打ち明けてくれることもあったんです。そうした経験が、メンタルヘルスや心理的な支援に関心をもつきっかけになっています。
鈴木
信頼関係がないと、そのサインはなかなか出してくれないですよね。
渋谷
そうですね。でもその頃のわたしは周りから「たたかう保健室」って呼ばれていたんです(笑)。部活動の顧問で柔道を教えていたこともあって、生徒たちからはときどき怖いって言われることもありました。もちろん怖さをうりにしたいわけではなく、中学生ってすこしずつ大人に近づいていく段階じゃないですか。義務教育の最後の3年間になるので、鈴木さんと同じで、自分の言葉で、自分の状態をしっかり説明してもらうことを意識してやっていました。そういった考え方って、ひょっとすると養護教諭に共通するのかもしれませんね。

鈴木
「たたかう保健室」ってよくわかります(笑)。
実は養護教諭って、多少、図々しくないとできない仕事ですよね。図々しいという表現が良いかわからないけど、子どものためを思ったらなりふりかまっちゃいられないっていう瞬間があるんですよね。
言うべきことは言わないといけないし、ここは自分が動くべきだと思ったらもう容赦なく突っ込んでいく(笑)。渋谷さんの「たたかう」っていうのも、きっとそういうことなのかなと思って聞いていました。
子どものために動くというスタンスは、養護教諭時代から体にしみ付いているものなので、大学にいるいまでも何かあれば動いています。(笑)そこは変わっていないですね。
養護教諭として感じていた限界
鈴木
小学校の養護教諭をしていたとき、保健室に来る子のなかに、障害のある子や合理的配慮が必要な子が年々増えていた印象がありました。ただ、自分に知識がなさすぎて、保健室がどういう居場所を提供できるのか、障害のある子たちとどう接したらいいのか、ずっと悩みながら仕事をしていたんですね。
大学は看護学科を卒業してすぐに行政で保健師の仕事をしていたので障害のある方と関わる機会も多かったんですが、大学で勉強した知識だけでは、足りない、自信がもてないと感じていました。

渋谷
わたしも大学は看護系だったので、その悩みすごくよくわかります。いまの大学に着任して「合理的配慮」という言葉を見たときに、これまでも聞いたことがあったけど、いったいなんぞや?みたいな感じが正直ありました。
着任した頃はまだコロナの流行が終わっていなかったので、発達障害のある学生さんがメンタルの不調をきたして配慮を申請してくるケースがけっこうあったんです。でも、わたしには中学校での養護教諭の経験しかなく、青年期の関わりがよくわからなかったのですごく悩みました。
そうするなかでもともとあった発達障害や精神障害への関心が高まっていって、公認心理師の受験資格もあったので、着任して1年目に勉強して、受験しました。
鈴木
わたしも似たような感じで、障害児教育を学ぶために大学院に行くことにしました。
渋谷
すごいですね!大変だったんじゃないですか?
鈴木
2年のところを4年かけて、長期履修でなんとか修士号を取りました。
ただ、そこで学んだことを十分活用できているかはまだよくわかりません。でももちろんマイナスではないと思うので、何らかのプラスアルファはあるのかなと。
渋谷
その気持ちもすごくわかります。資格を取るために勉強をしたので、その知識は蓄えになっている。でも、そうした知識と現場でやっていることとがなかなかリンクしないときがあって、むしろいろいろと葛藤を感じるようになりました。
鈴木
どんなところにですか。
渋谷
たとえば、障害名からするとこういう特性があるだろうと考えるんですけど、個性とか気質とかが絡んでくるので、当然、その通りにはいかない。いろいろな対応があり得るわけで、そうしたときにちょっと話を聞いてもらえるひとが近くにいたらすごくいいだろうなと思うんですけど、当時は相談できるひとがあまりいなくて、資格は取ってみたものの……みたいになっていました。それで、AHEAD JAPANとかいろいろな研修に参加するようになって、すこしずつ学んでいった感じです。それでもいまも資格がいかせているのか不安は常にあります。
現場から大学を変えていく
渋谷
今日、鈴木さんに聞きたかったことの一つが大谷大学の「横断型チーム」についてです。部署をまたいだチームで支援をされていると聞いてとても興味がわきました。ぜひ参考にしたいなと思って。
鈴木
ありがとうございます。さまざまな部署にまたがる「障がい学生支援チーム」を通じて支援にあたっています。そこには教務課や学生支援課、入学センターやキャリアセンター、教育研究支援課、図書・博物館課といったいろいろな部署の担当者が参加しています。それを横断型と呼んでいるんですけど、もともと大学の規程のなかに事務組織について触れた項目があって、「複数の部にまたがるチームを置くことができる」という記載があったんですね。当時の管理職がこの部分を障がい学生支援チームをつくるときにあてはめたわけです。
別の考え方として、障害学生支援室という「箱」をつくる話も出ました。でも、大学の規模感からしても、専門の部署をつくるより、大学全体として各部署の職員が関わっていくほうがいいんじゃないかという話になったんですね。専門の部署をつくると、「障害のある学生の支援は専門部署にやってもらおう」みたいにひと任せになってしまうこともあると聞きますし、そんなわけで、各部署の職員が担当業務と並行して障害学生支援にも関与するという方針になりました。
以前から、月に一回、各部署の担当者が集まる担当者会議を開催して情報共有を行っていました。そこでの蓄積もありましたので、横断型チームへスムーズに移行できた感じです。

渋谷
なるほど。鈴木さんはそこでどんなふうな役割をされているんですか。
鈴木
支援チームの調整役をしています。実際には繋ぎ屋みたいな感じですかね
渋谷
繋ぎ屋ですか。
鈴木
これは、養護教諭の動き方とすごく似ているなと思うところなんですけど、教育現場にいたわたしにとっては、同じ組織で働くひとはみんな身内だという感覚があって、「学内全体で共有してなんぼ」みたいな思いがあったんですよね。
渋谷さんもそうだと思うんですけど、養護教諭ってフットワーク軽いですよね。いま、わたし自身は保健室のスタッフですが、それぞれの部署に出向いていろいろと話をするようにしています。そうすると、そのときに話したことや見聞きしたことがどんどん蓄積されて、いろんな情報が自分に集まっている状態になるんですよね。時間も回数も限られた担当者会議ではすべての情報をインプットしたり共有したりできないので、日々の関わりこそ大切に考えています。そういう動きって、部署間を繋ぐ上で欠かせないことだと思うんです。
渋谷
とてもよくわかるし、大事だなと思います。
鈴木
それともうひとつ、横断型チームで大事だと思うのが、それぞれの部署に「発令者」がいることです。大学から任命されていることで、責任をもって考えたり動いたりすることができるという意味で主役になるんですよね。だからこそこちらは黒子にもなるし、なんでもかんでも前に出ないというのはすごく意識しています。もちろん一緒に考えますし、逆に助けてもらうこともたくさんあるので。
チームづくりに大事なのは、横の繋がりを強くすることと、責任という縦の指揮系統があることの両方なのかなと思います。
保健室からみた障害学生支援
渋谷
大谷大学と同じで、2年前までは障害学生支援を保健室が主体でやっていたのですが、2025年度からは学生相談室が担うことになりました。保健室の奥に扉が一つあって、その扉を開けると学生相談室があるんですね。わたしは学生相談を兼務しているので、奥の部屋にいることが多いんですけど、相談予約が入っていなければ扉をオープンにして、相談室と保健室の間で常に会話ができるようにしています。
たとえば具合の悪い子が来た場合も、保健室としての対応を看護師と一緒にやりますし、あるいはメンタルのしんどい子やちょっとデリケートな話があるときは、奥の部屋で話を聞くというようなことをしています。ドア・トゥ・ドアで、きちんとした相談に移行していくみたいな。そういう意味では、いま障害学生支援をふくめた学生相談室と保健室との連携はとても取りやすい状況にあるなと感じています。

鈴木
保健室の職員が障害学生支援に関わることのメリットは、学生のいろいろな情報をまとめてキャッチできることだと思います。情報がバラバラになっていると学生を多面的にみることが難しくなりますよね。
渋谷
情報が集まることのメリットにはすごく共感しつつ、一方で感じているのが、保健室と障害学生支援室とで来る学生が違うことです。自分自身も混乱するときがあるのですが、悩みごとも相談することも違いますよね。
鈴木
おっしゃる通りで、一緒で良かったなということもあるんですけど、保健室という場所は多少の甘さっていうか、優しさというか、寄り添うようなところがありますよね。でも、障害学生支援においてそれが前面に出過ぎちゃうと、ちょっと違うかなと思うところはありますね。そうした対応で救われる子もいると思うので、全否定するわけではないのですが、ただ、だからこそ静かに見守るベきと思うこともあります。
渋谷
そうなんですよね。合理的配慮の提供が義務化されて以降、「合理的配慮を申請したいです」って言ってくる学生が増えました。でもよくよく話を聞いていくと、果たして合理的配慮の申請をしないといけないことなのかと感じることもけっこうあるんですよね。
ハード面ではなく、ソフト面での変更調整で、先生に頼めば解決するかもしれないようなことも合理的配慮として進めていくみたいになっているのかなと。もちろん、合理的配慮の申請を出すことは否定しないので、最終的にはそこへ繋がっていくケースがほとんどなんですけど、申請をするにしても、「それで終わりじゃないよ」と言います。
サポートはもちろんするし、できる限りのことはするけれど、あなたも自己発信をしないといけないよとか、こちらからもフォローの連絡をするので、ちゃんと連絡取れるようにしてね、とか。
合理的配慮というのはなにも特効薬ではないので、申請したらそれでオッケーというわけではないということです。そこは学生と接するうえですごく重視しているところかなと思います。

フットワークの軽さで
鈴木
小学生をみてからの大学生ってすごく大人だろうと思っていたんですよね。ところが、大学に来て感じたのが、保健室を訪ねてくる学生だけじゃなく全体的に幼いということでした。
どうしてだろうと思ったときに、自己理解が乏しいからじゃないかと思ったんです。誰かがいつも代弁してくれたり、先回りしてくれて、自分で考える機会がこれまで少なかったんじゃないかって。
大学のなかで収まる話ではなくなってくるのですが、初等中等教育とも連携を取ってやっていかないといけないって最近切実に感じています。
それで、せめて自分のもち場である障害学生に関するところで何かできないかと思って、合理的配慮の申請が出てきた学生に対しては、自己理解を促すようなシートをつくって、そこで振り返ってもらうようなことしています。小さいことなんですけど、自分のことを「自分で書く」とか「自分の言葉で表現する」っていうことがまずは大事かなと。
さらに、配慮申請はしていない、いわゆるグレーゾーンと呼ばれるような学生たちへもアプローチしていきたいなと思っていて、他の部署や学生とも相談しながら取り組みを始めようとしているところです。

渋谷
いまの鈴木さんのお話を聞いていて思ったんですけど、合理的配慮という制度ができて、大学では比較的しっかり取り組まれていると思うんですけど、小中高ってまだ手探りの状態だなという感じがします。わたし自身が教員だったときも、合理的配慮に関する研修ってなかったんですよね。
いまはほんとうに多様な時代になっていて、子どもたちの困りごともさまざまで、親のニーズも強かったり、現場の先生たちは大変だと思います。それなのに、教育的な配慮の範囲内でやることになっていて、ほぼ現場に任されている状況です。
それで、先生たちがかえって手厚く支援してくださってる印象も受けるんですよ。でもそうすると卒業後してから「これまではこういうのをやってもらってました」って言うだけになったりして、その根拠であるとか、なぜそれをしたのかを本人もわかっていないケースがあったりする。
わたしたちは目の前の学生の現在に点でしか関われないわけですけど、その点ができるだけ線になるように、もっと大学と小中高とで情報を交換したり、話し合ったりできる場があったらいいなって思いました。
それから、今日のキーワードになると思うんですけど、わたしたちは「フットワークが比較的重くない」のかもしれません(笑)。なので、もっともっと動けるのかもしれないってすごく思いました。
わたしのいる大学も規模が小さいのですが、美術大学ということもあって、コースごとにけっこうはっきりとした色があるんですね。ただ、そのコース間の交流というのがなかなかなくて、人数の少ないコースだと、とくに助手さんや副手さんが孤立しがちということがありました。
どこに相談したらいいかもわからず、保健室に来てみた、というようなこともあって、わたしもよくわからなかったので、最初はただお話を聞くだけで終わってたんですけど、いろいろなきっかけから「情報交換連絡会」というのをやるようになって、徐々に浸透してくるなかで、「その連絡会に行ってみたい」って言ってくださる先生も出てきたんですよね。
他にも、学長みずから学長室に珈琲屋さんをよんで、みんなで珈琲のみながら雑談する「こねくとさろん」というのもやっています。困っている学生の話もできるし、ただの雑談もあるし。
そんなふうに、できることからひとつずつ、組織的にも体制をつくっていくことができたらなって思いました。
2026年5月22日
大谷大学本部キャンパスにて
対談者プロフィール

鈴木美佳子・すずきみかこ
大谷大学 学生支援部 学生支援課(保健室)
チームリーダー兼コーディネーター
岡山県生まれ。テレビで観た救命救急ナースの仕事に感銘を受け、大学は看護学科へ進学するも実習中に血液を見て倒れ、断念。卒業後は行政の保健師、次いで公立小学校の養護教諭として勤務し、発達障害のある子と親、特別支援対象児童、と向き合う難しさを痛感する。2018年から大谷大学学生支援課(保健室)に保健師として着任、障がい学生支援を担当。障害や多様な発達特性のある人々への対応を模索する中で、働きながら大学院の学校教育学障害児教育コースに学ぶ。2022年10月の障がい学生支援チーム発足に伴い、チームリーダー兼コーディネーター(現職)として勤務。

渋谷みさき・しぶやみさき
横浜美術大学 学生支援課ウェルネスグループ(保健室・学生相談室)
学生支援課ウェルネスグループ長
神奈川県生まれ。中学時代、悩みに寄り添ってくれた養護教諭との出会いをきっかけに同職を志す。大学卒業後、公立中学校養護教諭として生徒のメンタルヘルス支援に注力。2021年より横浜美術大学の保健師として着任し、これまでの支援経験をいかしながら障害学生支援に関わるなかで、合理的配慮や学内支援体制づくりに関心を深める。翌年に公認心理師資格を取得し、障害学生支援により深く携わる。2025年より学生相談室業務を兼任し、保健室と学生相談室の役割を整理しながら支援にあたっている。現在は教職員連携の場づくりや、支援を必要とする学生に関する情報共有体制の構築にも取り組む。対話を通して、ひととひと、ひとと支援を繋ぐことを大切にしている。
Text by Megumi Kitani (DIIN Center)
Photo by Katsutoshi Omae (DIIN Center)
「ひと呼吸」は、京都大学において障害のある学生の権利保障や支援を考えるためにはじまった「高等教育アクセシビリティプラットフォーム(Higher Education Accessibility Platform:HEAP)」というプロジェクトから生まれたインタビュー誌です。2019年から約4年間、全15号にわたり発行してきました(バックナンバーはこちらから)。その後、3年間のお休みを経て、2026年より「ひと呼吸 weaver」として再出発することになりました(くわしくは「はじめに。」)。支援現場で紡がれる対話の記録を、ここnoteにて連載していきます。
