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#16 「支援者」として、いま、わたしたちはどこにいるのか











地図・翻訳者・靴屋


瓜生

自分のことをあまり支援者だと思っていないんです。イメージとしては、学生に伴走しているひと、もうちょっとかっこよく言うと、「地図をひろげるひと」でありたいなと思っています。

番園
地図ですか。

瓜生
地図って、スタートからゴールまでのルートが俯瞰して見られるじゃないですか。

近道もあれば遠回りもある。バリアがあることもわかる。どの道を選んでもよくて、どのルートにするかを学生が決めるときに、いろいろな選択肢を示したり、一緒に考えたりするひとでありたいなと思っています。

そのためにはいろいろなルートを伝えられるだけの引き出しをもっていないといけなくて、制度や社会の仕組みを知っていることであったり、過去の事例を蓄えて選択肢を増やしておくことも必要です。

道を決めるのではなく、道をひらくことが私の大切にしていきたい関わり方かなと思っています。

番園
なるほど。



瓜生
ただ、学生と一緒になって考えることが大事だと思う一方で、専門性みたいなのが必要だと思うときもあって、そういうときには、これもかっこよく言ってみるんですが、「翻訳者」と思いながら働いています。

番園
あぁ、かっこいいですね。

瓜生
学生から出てくる言葉って、ときに遠慮や戸惑いが混ざっているのか、そのままの気持ちとはすこし違う形で表れていることがありますよね。どういう意味で言ったのか掘り下げて聞いていくと、学生が本当に伝えたかったことが見えてくることがあります。そして、そこからすこし別の困りごとが見えてくる場合もある。

そんなふうに、別の表現を探る動き方を翻訳者と表現できるかなと思っています。

番園
翻訳者であったり地図をひろげるひとといったイメージは、いつ頃からもたれていたのでしょうか。

瓜生さんは大学進学の時点で志して社会福祉の専門教育を受けてこられたと思うのですが、わたし自身はこの仕事に関わるなかで必要に迫られて専門的なトレーニングを受けてきました。いまのようなお話が社会福祉の教育を受けて出てきた話なのか、それとも現場で培われたものなのかすごく興味があります。

瓜生
学科での学びにくわえて、学生時代に活動した聴覚障害学生のノートテイカーとしての経験が、いまの考え方の土台になっていると思います。

一生懸命ノートテイクをやって伝えようとするんだけど、どうしても伝えきれないこともありました。たとえば、「あの話面白かったね」って言っても、「何の話?」っていうことがあったんですね。そういうときは、聴覚障害学生とは何度も話し合って、ノートテイクの練習もたくさんして、どうすれば伝わるんだろうということを試行錯誤して考えるなかで、伝え方を工夫するなど、アプローチを変えればゴールにたどりつくんだということを知りました。そうしたことを表現できるものとして、地図のイメージをもったんだと思います。

いまでも学生と話すときは、伝わっているかどうかを丁寧に確かめながら、必要に応じて自分の立ち位置や前提を問い直すようにしています。

あと、これは学生に限った話ではなくて、教職員に対しても、それぞれの立場や考え方を確かめ合いながら話すようにしています。

番園さんはこのお仕事をどんなふうに捉えていますか。



番園
コロナ禍の頃に木谷さんと村田さんから取材を受けたことがあって、そのときも話したんですが、自分たちの仕事に対するイメージが「靴屋さん」なんですよね。

サンダルもあるし山靴もあるしスノーブーツもあって、TPOに合わせて靴を選んでもらう。さらに、状況にあわせて選ぶだけでなくて、本人の好みも含めて選んでもらう。

そうすると、たとえば雪道だからといってスノーブーツを選ぶとは限らなくなります。雪の感触を楽しみたいから靴はいらない、裸足がいいってなるかもしれない。

わたしが大切にしているのは、ある場面に学生がどう関わりたいと思っているかということです。いろいろなバリエーションに応えられるようさまざまな靴を用意する、つまり選択肢を用意することが自分たちの仕事の専門性だと感じています。



瓜生
なるほど。わたしがもし靴屋さんになったら、自分なりに試し履きをしてみたくなるかもしれません。その感触を確かめながら、感じたことを学生と伝え合えたらいいなと思います。そうやってやりとりするなかで、地図のルートがさらに広がっていく気がします。



どんな靴屋か


瓜生
わたしのイメージでは、番園さんはどっしり構えて待っている靴屋さんなのですが、ご自身ではどんな靴屋さんで、どんなふうに学生と関わるイメージをもたれていますか?

番園
ちょっと長くなるんですけど、20代の頃に自立生活センター  [i]  で介助者を経験しました。介助に入ったのはずいぶんと年上の、生活スタイルもかなり確立された方たちでした。

そこで大切だと教えられたのは、先回りをしないこと。利用者の意思に沿って動くこと、言われたことを言われた通りにやることの大切さを実感をもって学びました。

その考えが強く染み付いていたので、30代でこの職に就いたときは、こちらから学生に働きかけることの大切さは理解しつつ、生理的と言ってもいいくらいの違和感がありました。

だから、この仕事を続けていくには視点を切り替えないといけないと思って、それで浮かんだのがこの靴屋のイメージだったんです。特定の靴を押し付けるのではなくて、場面に応じて、また本人の好みに合わせた選択ができるよう、いろいろな選択肢を用意する。



瓜生
そうだったんですね。その話を聞いて思ったのですが、おそらくみんな慣れた靴が好きですよね。でも、慣れているからいいというわけでもないと思うんです。よく見たら、靴ズレしていることもある。

普段の面談で大事にしていることの一つが、「最近どう?授業楽しい?」みたいな、たわいもない話をすることです。すると、学生からは思ってもみない言葉が返ってきて、実は本人も気付いていなかった困りごとが見えてきたりする。何気ない会話のなかで、知らずに靴ズレしていたことがわかることがあります。



障害者差別解消法施行から十年経って


瓜生
障害者差別解消法が普及するにつれて、先生方から、学生への対応についてお問い合わせをいただくことが増えました。

場合によっては、先生と学生の話し合いに同席させていただき、状況を一緒に整理することもあります。

そんなときは、先生や学生と同じ地図を見ているような感覚で、どこを目指しているのか、そこまでの道筋にはどんな選択肢がありそうかを、すこし離れたところから眺めてみます。

回り道になりそうなルートや途中で助けになるものがあるかどうかを、その場の状況を見ながら、先生や学生と一緒に考えていくような関わり方を意識するようにしています。



番園
とくに合理的配慮の提供に対しては、先生がこれまで教育のなかで大事にしている部分であったり、いままで別のことに割いてきた時間が奪われるんじゃないかという漠然とした不安を感じているように思います。

わたしたちは、先生が大事にしていることをなるべく理解するように努めて、それでも障害のある学生が一緒に学べるようにするにはどうしたらいいのか、先生の負担をどうやったら軽減できるのかといったことを話し合っていくのが大事だと思います。

建設的対話って、学生との合意形成のなかで言われることが多いのですが、先生との間でも非常に大事なものだと思います。

瓜生
そうですね。いま番園さんがお話しされていたような不安を、一人で抱えなくていい形にしていくことが大事なんだと思います。

実際の場面では、たとえば試験の時間に調整が必要になったときに、別の部屋を用意したり、試験監督の配置を考えたりと、授業の外での手配が必要になることもあります。そうしたところは、関係するひとたちが役割を分け合いながら進めていくことになります。

わたしたちが一緒に動ける部分もありますし、同じような対応が繰り返し必要になるのであれば、仕組みとして整えていくことも考えられます。

個別の対応に向き合いながらも、それを特定の誰かに負担が偏らない形へと組み替えていく視点をもち、大学全体へと働きかけていく。そのうえで、必要な役割はわたしたち自身も引き受けながら、具体的な形にしていくことが求められているのだと思います。



障害の社会モデルと組織のマネジメント


番園
さきほどの話は、究極的には障害の社会モデルに行き着く話ですよね。

障害の社会モデルって、障害をつくりだしているのは社会なんだという考え方ですが、そこで思考停止するのではなく、大切なのは、そこで生じたニーズを社会的に充足することまでがセットだということです。

これまでは、本人の努力で障害を乗り越えることが重視されてきましたが、そうではなくて、周りが障害となっている壁を取り除いたり、ニーズを満たすための資源を調達しましょうという話です。

授業で合理的配慮が必要となったときには、その学生本人だけでなく、教員と学生の間で完結させるのでもなく、いかに大学全体のこととして捉えていくか。持続可能性の観点からも、誰かに負担が偏らないように組織をマネジメントする視点をもつことがわたしたちには求められていると思います。

そういう意味で、障害の社会モデルに基づくマネジメントというのが最近のわたしの関心ごとです。



瓜生
わたしたちの仕事って、ミクロにもマクロにもメゾにもアプローチしていく役割がありますよね。

まずは学生がどこに困っているか気付くところからスタートして、次にどうしたいかを一緒に考えて、それをどう伝えていくかも一緒に考える。

先生の側もどう対応するかを考えるとき、個人で対応できるのか、学科や学部全体で対応していくのか、あるいはもっと大きく国の制度や法律といった観点から考えないと対応できない話なのか、そうしたことを一緒に考える。ミクロからマクロな視点まで、あらゆる視点が必要だと感じます。





大学という組織


番園
マクロな視点やマネジメントの視点をもつことの大切さを考えるときには、それと同時に、障害学生支援の現場で働くひとは、大学組織の意思決定に関われない非正規のひとが多いということも踏まえておく必要があると思います。そうした立場ゆえに、支援者はどうしても消極的な解決策を考えざるを得ないときがあります。

本当はもっと社会化して大学全体の問題として捉えないといけないようなことを、自分の裁量でできる範囲で、自分の部署だけで解決しようとしてしまう。それで学生がきちんと授業に参加できているのならそれでいいのですが、本来はいろいろなひとが関わった方がいいですよね。支援者だけでなく、大学のさまざまな教職員が障害のある学生に関わる経験をもつことができれば、その後、同じような障害のある学生が来たときに、どうすれば良いかを自分たちで考えて動けるようになるかもしれない。それは個別の支援を超えて、社会の変革につながるものだと思います。

だから、授業に参加できたということだけでなく、参加の仕方をどう実現したのかまでを考え、大学全体の課題にしていくことが大事なのではないかなと思います。

瓜生
目の前の学生に向き合うことと同時に、もう一段引いて、それをどう学びのなかで共有していくかを考えることも必要ですよね。



番園
ただ、個々の大学のマネジメントという話に終わらせないことも必要だと思っています。

大学って特殊な場所で、すごく蛸壺化しやすい組織だと思うんです。自分の大学でやっていることがスタンダードだと思っていても、外から見たらスタンダードではないということがけっこうある。

だからこそわたしたち支援者が、AHEAD JAPAN  [ii] であったりHEAP  [iii]  やPHED  [iv]  、JASSO  [v]  といったいろいろな外の組織を通じて、他大学のひととも交流して、さまざまな話を聞くことが大事なんじゃないかと最近思います。こういったメディアも、外からの情報を入れるためにはすごく重要な役割があると思いますね。





支援者の専門性 


瓜生
この職域の面白いところって、支援をするひとの背景がみんなバラバラなところだと思うんです。

作業療法だったり理学療法だったり、手話通訳とか特別支援教育とか、社会福祉のひとも心理のひともいる。それぞれ異なる背景のひとたちがうまく合わさるからこそ、ゴールを目指すルートにもさまざまなものが見えてくるのだろうと思います。

わたし自身は、同じ仕事をしているコーディネーターからいろいろな刺激や影響を受けています。

番園
外のひととつながるのが大事だと言っておきながら、実はわたし自身はこれまで、他大学の同業者の方との付き合いを避けていたところがありました。 

瓜生
そうだったんですね。どうしてですか。

番園
専門性というものをどう考えるかにつながる話なのですが、わたしたちがいまこの仕事でご飯を食べられているのは、障害者運動の歴史があったからだと思っているんです。障害者運動を通じて当事者たちが権利を獲得してきたからこそ、高等教育にアクセスできるようになった。

障害の当事者ではない者が、職業としての専門性を高めていくことにずっと危機感を感じていました。だから、同業者だけで集まることにも抵抗があったんですね。

この仕事を始めた頃の自分は清々しいほど無力なアドボケーターで、何もわからないながらに学生と一緒に考え、先生に話をしに行っていました。でも、最近は「障害学生支援」や「合理的配慮」という言葉が浸透し、制度化されていくなかで、「専門家」としての役割を求められる場面が増えています。そのことにどう折り合いをつけていくのか定まらず、座りの悪い思いをしている部分もあります。もちろん「専門性」や「専門知」が役に立つこともたくさんありますが、逆に当事者を抑圧してしまう可能性を絶えず自覚していることは大事だと思っています。

この間いろいろなことが変わってくるなかで、いまはダイバーシティセンターという組織のなかで障害学生支援をやっています。

同僚には、ジェンダー・セクシュアリティ系の支援者だったり多文化間のカウンセリングをやるひとたちがいて、そうした他領域のコーディネーターから学ぶことはとても多いです。

領域は違えど、共通しているのは、排除に立ち向かうことだと思っています。

大学でも排除が起こっていたり、人権侵害が起こっていたりする。分野は違っても、すべてのひとの学ぶ権利を保障するということがわたしたちに共通しているところで、そのコアな部分を共有しながら一緒に働けることが非常に大きな学びになっていると思います。



瓜生
番園さんの「清々しいほど無力なアドボケーター」という言葉がとても印象的で、自分はどうなんだろうと考えました。

靴の選択肢を示すことも、地図をひろげることも、翻訳することも、結局は異なる立場や前提のあいだに立ち、互いの思いがゆるやかに届き合う“つながり”を編んでいくことなのかもしれません。
学生が抱えている言葉にならない違和感や迷いを丁寧に聴き取り、それをすこしだけ整理して、教職員や学生が学びの場のなかで受けとめ合える言葉に整えていく。逆に、教育の現場で大切にされている思いや前提を、学生にも届く形に言い換える。

その往復のなかで、ほんのすこし見え方が変わったり、新しい選択肢が自然に増えたりすることがある。そうしたやりとりを重ねるなかで、学び方にも歩き方にも、本当にさまざまなかたちがあると感じます。

速く進むひともいれば、立ち止まりながら確かめていくひともいる。遠回りに見える道が、そのひとにとってはいちばん自然な道であることもある。
それぞれの歩幅やペースの違いが、そのままそこに在ること自体が、歩ける道をすこしずつ増やしていくのだと思っています。

ミクロにもマクロにも関わるこの仕事のなかで、目の前の一人と向き合うことと、組織や仕組みに目を向けることは、切り離せないものだとあらためて感じました。
わたしはこれからも、大学という学びの場の地図をすこしずつ描き足しながら、そのあいだに立ち続けていけたらと思っています。





2026年1月14日
明治学院大学白金キャンパスにて 






対談者プロフィール

 番園寛也・ばんぞのひろや
中央大学ダイバーシティセンター コーディネーター
1983年、広島県生まれ。2006年に精神障害などのある人たちの作業所/コミュニティである「浦河べてるの家」に関わり始め、「障害」と出会う。2009年にCIL系の事業所で介助を始め、並行して、大学院で障害者運動と水俣病患者・支援者運動の歴史や思想を研究したり、出版の仕事をしたりして20代を過ごす。2015年から学生数3,000人弱の大学で障害学生支援コーディネーターとして働き始めた。その後、現在勤めている中央大学ダイバーシティセンターに移り、障害学生支援コーディネーターの仕事を中心に、障害、ジェンダー・セクシュアリティ、文化的・民族的多様性など、さまざまな背景をもつ学生がひとしく学べる環境作りに従事している。

 瓜生優佳・うりゅうゆか
明治学院大学学生サポートセンター 障がい学生支援コーディネーター
1990年、神奈川県生まれ。幼少期に小児喘息で入退院を繰り返した経験から、身近にいた医療ソーシャルワーカーに憧れて社会福祉を学ぶ。大学在学中に聴覚障害学生のノートテイカーとして活動し、学生支援に関心をもつ。
大学卒業後は私立大学の大学職員として勤務。いずれ学生支援に携わりたいという思いがあり、まずは大学という組織の内側で経験を積みたいと考えた。支援を担う立場になる前に、組織の動きや現場の実際を知っておきたいと思ったからである。
在職中も母校とのつながりをもち続け、学生支援の現場に触れ続けた。
2018年より明治学院大学の障害学生支援コーディネーターとして勤務。実践と並行して大学院修士課程を修了し、現在は対話と環境調整を軸に学生支援に携わっている。


 [ⅰ] ⾃⽴⽣活センター(Center for Independent Living:CIL)
障害当事者が中心となって運営し、障害者が地域社会で自ら選んだ生活を送るための支援を行う組織。1970年代のアメリカでの自立生活運動の影響を受けながら、日本でも独自の展開を遂げた。権利擁護、介助派遣、ピア・カウンセリングなどのサービスを提供するセンターが全国各地に存在する。

[ⅱ] AHEAD JAPAN(一般社団法人全国高等教育障害学生支援協議)
高等教育機関における障害学生支援に関する相互の連携・協力・体制の確保、実践交流、調査・研究及び研修・啓発を行い、支援の充実並びに学術研究の確保に寄与することを目的とした全国協議会。

[ⅲ] HEAP(Higher Education Accessibility Platform:高等教育アクセシビリティプラットフォーム
2017年に発足し、京都大学に拠点を置く。高等教育における障害学生支援の情報拠点。大学間の格差を解消し、日本全体の障害学生支援のスタンダードを向上・発展させることを目的とする。

[ⅳ] PHED(Platform of Higher Education and Disability:障害と高等教育に関するプラットフォーム)
2017年に発足し、東京大学に拠点を置く。「障害学生支援スタンダードの構築」「キャリア移行と就労支援」「障害学生のエンパワメント」の三つを柱に取り組みを行う。

[ⅴ] JASSO(独立行政法人日本学生支援機構)
学生に対する奨学金事業や留学生支援事業等を実施するとともに、大学等と連携しながら障害のある学生への合理的配慮や修学支援に関する情報提供・助言を行う公的支援機関。



Text by Megumi Kitani (DIIN Center)
Photo by Katsutoshi Omae (DIIN Center)



 
「ひと呼吸」は、京都大学において障害のある学生の権利保障や支援を考えるためにはじまった「高等教育アクセシビリティプラットフォーム(Higher Education Accessibility Platform:HEAP)」というプロジェクトから生まれたインタビュー誌です。2019年から約4年間、全15号にわたり発行してきました(バックナンバーはこちらから)。その後、3年間のお休みを経て、2026年より「ひと呼吸 weaver」として再出発することになりました(くわしくは「はじめに。」)。支援現場で紡がれる対話の記録を、ここnoteにて連載していきます。