見出し画像

#17 「心理臨床」から大学の「障害学生支援」へ









相談室の外へ


望月
まず聞いてみたかったのが、心理臨床をずっとされていた緒方さんが、なぜわざわざ九州から大阪に来られてこの仕事をされようと思ったのかということです。


緒方
ご縁ももちろんあるのですが、実際にお話をいただいたときに、関心をもてたということがあります。
前職ではコーディネート室という、学内の最初の窓口として、学生や教職員から受けた相談に応じて適切な学内外支援に繋ぐお仕事をしていました。
支援の選択をサポートするために、いろいろな部署や機関と協力するようなお仕事だったので、障害学生支援のお話があったときも、さまざまな立場のひとと連携しながら働けることに魅力を感じたんだと思います。


望月

心理臨床をやっていたひとが障害学生支援の仕事をするときに、ずいぶんとマインドをチェンジしないといけなかったみたいな話をよく聞くので、緒方さんはそのあたりがどうだったのかなと思っておうかがいしました。
実は僕もすこし似ていて、これまで心理臨床の研究をやってきましたが、以前に務めていた大学では相談室に閉じこもらない働き方をしていたので、障害学生支援の仕事を始めたときも特に違和感なく始められたということがありました。


緒方

それでも最初の 1、2年は、考え方を変えないといけない場面に直面したり、自分が知らない知識を身につけないといけなかったり、けっこう必死だった記憶があります。
それでも3、4年目になってくると、大学全体が見えてきて、体制面での課題もすこしずつわかるようになってきました。




持続可能な体制づくり


望月
いま感じられている体制面の課題とはどういうものですか。


緒方

法律が施行され、いろいろなことが整備されたことでニーズも増えてきました。そのために、持続可能な形に変えていかないとこのままでは継続が厳しいんじゃないかと思うことが増えています。

たとえばですが、学生が教育実習に行くときに、これまでは学生から申し出があるたびに、担当の先生や部署と相談して進めていました。ただ、学生からの申請はどうしても直前になってしまうことが多くて、件数が増えるなかで、現場の対応が追いつかなくなってしまうということがありました。
そこで、実習用の申請書類をつくったり、実習前のオリエンテーションで早めに周知するようにしたりして、学生が余裕をもって準備できるような流れに変えました。


望月
みんながスムーズに動ける仕組みをつくられたということですね。


緒方

そうですね。支援室ありきではなく、学内のさまざまな部署を巻き込んで、支援室ではない部署が中心になって動いていけるように形を変えているところです。


望月

大阪大学でも実習に関してはどうしてもイレギュラーな対応になりがちなので、参考になります。

すこし話がそれるのですが、実習に関していつも疑問に思うことがあって、病院実習でも教育実習でも、合理的配慮の提供義務は実習先にもあるはずですよね。ところがなぜか、大学からの依頼というかたちで進むことが多いなと感じます。
本来であれば、実習生を送り出す側と受け入れる側の両方に合理的配慮を提供する責任があると思うんですよね。


緒方

たしかに、教育実習でそのように感じることはあります。背景には、高校までの先生たちと大学との間で、合理的配慮に関する考え方の差があるように思います。

高校の先生から、「大学の合理的配慮ってこうなんですね」と驚きながら話をされたことがありました。それはつまり、高校と大学とでは合理的配慮の考え方が違う、あるいは、大学のことはどこか関係のないものとして捉えられているのだと思いました。


望月

そうですね。初等中等教育には、特別支援教育やインクルーシブ教育の実践がたくさんありますが、そこでの合理的配慮の考え方が、どうも僕たちがイメージしているものとは違うと感じるときがあります。




小さな取り組みから


望月
大阪大谷大学では、高校から大学への移行のサポートとして何か取り組まれていることはありますか。


緒方

大阪大学のように、移行支援[i]のプログラム というほどではないのですが、「大学生活支援カード」[ii] というものを準備しています。


望月

以前聞いたときから、とても良い取り組みだなと思っていました。


緒方

ありがとうございます。新入生が抱える不安や合理的配慮のニーズを、入学前の段階から把握できるようにするために、入学手続きの一環として、2019年度から取り入れました。カードには、支援室への相談希望の有無であったり、大学生活に対する不安が書けるようになっています。


望月

本当に素晴らしい取り組みだと感じつつも、大阪大学は学生数が多いので、同じように始めたら問い合わせやニーズが殺到して、対応しきれないんじゃないかという不安があります。そういう面では、小規模大学ならではの強みやメリットを感じますね。


緒方

確かに、わたしも以前は大きな大学にいたので、おっしゃることはよくわかります。

いまの大学に来て驚いたのが、「顔が見える関係」が本当に存在することでした。「この件なら、誰々さんに聞けばいい」とか、お互いの顔が見えているからこそ話が早いなと感じます。何かを始めるときも、組織全体を見渡しながら動けるので、そこは、小規模大学ならではのメリットかもしれません。




望月

コロナ禍以降はそうした「顔の見える関係」がますます薄れてきた気もしています。
以前は部署やキャンパスを頻繁に行き来して、直接言葉を交わすのが当たり前だったのですが、いまはオンラインで完結できてしまうぶん、わざわざ足を運ぶ必要もなくなりました。
でも、そうしたなにげない立ち話から物事が動き出すことも多かったなと、いまあらためて思いました。


広まらない社会モデル


望月
最近の大学の変化でいうと、以前と比べて、合理的配慮という言葉がずいぶんと広まりましたね。
一方で、社会モデルの考え方はいまいち広まっていない気がします。ひとによる理解の差も大きいですよね。

たとえば、教職員が学生に対して一生懸命何かやってあげようとしているのですが、特別にやってあげている感覚が強くて、言うなれば、個人モデルの考え方で合理的配慮を提供しているようなところがあるなと思います。
だから結局、合理的配慮について考えていくと、周りの先生や学生にアプローチしていかないと意味がないんじゃないかと思うようになりました。


緒方
とても大事な視点ですね。社会モデルにしても合理的配慮にしても、その軸となる部分を理解できてないと、ちょっと誤った関わり方をしてしまったり、学生が合理的配慮を利用するときの障壁になってしまうことがありますよね。
周りを変えていくために、具体的に何かされていることがあれば教えてほしいです。


望月

最近は、出前FDみたいなことをやり始めています。学部からFDをやってほしいと言われることが多くて、だいたいいつも与えられるお題が、発達障害や精神障害についての理解や対応方法といったテクニック的なことが多いのですが、そういった話だけでなく、社会モデルや合理的配慮の考え方についてもなるべく詳しく話すようにしています。
あと、社会モデルという考え方は障害の文脈だけでなく、いろいろなマイノリティに援用できる考え方だと思っているので、僕たちの部署だけで終わらせず、他の部署も一緒になって考えたり取り組んでいけるような仕組みづくりをしていきたいなと考えているところです。



合理的配慮はスムーズに提供されるべきか


望月
周りへの働きかけが大事だと話したのですが、一方で、学生本人もどれくらい理解しているかというと、そこまで理解していないんじゃないかと思うこともあります。

緒方さんは、発達障害や精神障害をより専門にされているから、そのあたりのことは特に感じられているのではないかと思うのですが、合理的配慮や社会モデルについて、学生にはきちんと説明をされていますか。


緒方
重要なポイントは説明しますが、そこまでしっかりとした説明はできていないかもしれません。ただ、学生によってかける言葉は変えるようにしています。

以前、ある学生が「わたしの希望はこれでは叶えられない」と言って、合理的配慮の説明をひと通り聞いた後に、申請を取りやめたケースがありました。
学生が自分の受ける支援や合理的配慮を理解するために、本人がわかる形で、きちんと最初に説明することはとても大切だと思います。


望月
その考え方にはすごく共感します。
ただ、最近は合理的配慮をいかに効率よくスムーズに提供するかがやや過剰に求められているようにも感じます。とにかく早く配慮を受けて単位を取りたいと切実に思っている学生を前にすると、周りも早く動いてあげようと考えがちですよね。

でもたとえば精神障害のある学生は、治療優先で進めたほうがいい場合があります。本来ならもうすこし時間をかけて自己理解を深めたり治療を優先したほうが良かったかもしれないのに、合理的配慮の決定を急ぐと、結局また同じような状況に陥り、本人が苦しむことになりかねません。


緒方

早急に手続き進めてしまうことで状態が悪くなるようなケースもありますね。


望月

先ほど緒方さんが障害学生の数が増えてきたので、体制を整えているところだという話をされましたが、ニーズが増えていくと、一つひとつのことに時間をかけられなくなりますよね。

実際に欧米では障害学生の数が多いので、システマティックにやっている部分が大きいと聞きます。そうなると、一つひとつのケースをじっくり精査する余裕はどうしてもなくなってしまいます。今後はAIが必要な書類を読み解いて、自動的に手続きを進めるようなことも出てくるかもしれません。
いずれにしても、プロセスよりもアウトプットが優先されているように感じることが多くなってきているので、それが果たしていいのかなと最近思っています。




緒方
時間をかけたほうがいいことと、そうでないことの両方があるんだと思います。

合理的配慮の一つとして、座席の変更がありますね。そうした軽微な内容は、先生たちの裁量でなるべく時間をかけず、その場でやってもらうのがいいと思います。
でもたとえば、成績評価に関わることや他の学生への影響が懸念される場合には、やはり時間をかけ、丁寧に対話を重ねてやっていくしかないのだと思います。


支援者の自覚


望月
対話というと、合理的配慮でも「建設的対話」が重視されます。
心理臨床の現場では、どうしてもセラピストとクライアントという枠組みで考えがちですが、僕自身はこれまで、これぞまさしく「セラピスト」的な話し方で役割を明確化するのが苦手でした。むしろ、普段使いの自然な会話をして、クライアントがよくなっていけたら一番いいんじゃないかとずっと考えてきました。

建設的対話も、支援する側と受ける側という関係ではなく、対等な関係のもとで行われることが大事だと思うんです。対等であるからこそ、お互いに変化していくことが許される。関係が固定化され、上下ができてしまうと、学生も言いたいことを言えなくなってしまいます。

最近よく耳にするマイクロアグレッションという言葉が示すように、僕たち支援者は、自らの偏見やマインドにもっと自覚的であるべきです。そのためには、やはり相手の意向を尊重しながら、対話を丁寧にやっていくことが大事で、そうすることで、偏見もすこしずつ減らしていけるんじゃないかと思っています。


緒方

支援者の偏見というと、どういったことがありますか。


望月

たとえば、発達障害のひとは感覚過敏だ、コミュニケーションが苦手だみたいなことが言われたりしますよね。そうしたカテゴリー化が役立つこともあるかもしれませんが、そうすることでかえって本人が見えにくくなってしまうこともあると思うんですね。

障害学生支援でも、合理的配慮を考えていくときに、「こういう障害ならこういう合理的配慮」といった具合に、ある程度カテゴリーでわけて考えてしまうようなことがあると思います。僕自身もやってしまいがちですし、合理的に進めるには多少は必要な部分はあると思いますが、目の前の学生の姿がまず前提だということには気をつけたいと思います。


緒方

すごく大切なことですね。


望月

学生の声をきちんと聞かないままに合理的配慮の内容が決まってしまうと、学生も自分の権利を行使したという感覚をもてないままになってしまいます。

先ほどの、プロセスではなくてアウトプットが重視されているという話にも繋がるのですが、支援者もなんとなく合理的配慮がスムーズに提供できていればOKと満足してしまうと、そこから先支援者としての成長の機会も失われてしまうのではないかと思います。


緒方
いま、自分自身のことを振り返りながらお話を聞いていました。
ニーズが増え、対応する件数が増えてくると、急ぐ気持ちがどうしても出てきてしまいます。限られた時間のなかでこなしていかないといけないこともあるので、そういうときにいまの話を頭の片隅に置いておく必要があるなと思いました。


望月
僕自身もできてませんよ。支援者も一人では気付かないことが多いので、支援についてフィードバックをくれる仲間のような存在がいることも大事だと思います。

緒方さんはいまの職場で、支援に対してフィードバックしてくれるような仲間はいますか。


緒方
ありがたいことに、学内には障害学生支援の経験がある教員が2人いて、同僚のコーディネーターを合わせると4人の経験者がいます。日々の小さな疑問もすぐに話すことができますし、同僚とは毎日のようにあれこれ話していて、そこでお互いの障害学生支援に対する考え方をブラッシュアップできている気がします。もちろん全てが同意見ということはないのですが、それでもぶつかり合いながら本音で話ができるのはすごくありがたいことだなと思っています。

それから、学生相談室の先生方との連携も大きいなと思います。相談室の見立てや、先生たちの言葉から学ばせてもらうこともたくさんあります。


望月
本当にその通りですね。年齢を重ねるにつれ、本音で意見を交わせる関係性は貴重になっているなと感じます。

緒方さんはHEAPの研修にも参加されたと聞きましたが、何が大切かみたいなことをみんなで意見を出し合いながら考えるのはとても大事だと思います。学外だけでなく学内でも、また支援者という枠や部署の垣根も越えて多様なひとたちと膝を突き合わせて考えていけるといいですよね。

今後は哲学対話のような場も活用して、みんなで考え、対話できる文化や風土をすこしずつつくっていければと思っています。






2026年1月20日
大阪大学豊中キャンパスにて






対談者プロフィール


望月直人・もちづきなおと
大阪大学ウェルネス推進機構 健康支援相談センター 相談支援部門准教授
アクセシビリティ支援室 ジェネラル・マネージャー
京都市生まれ。ステップファミリーで育ち、生後間もない頃から親の友人宅で生活するなど、多様なひとびとといろいろな配慮に囲まれた環境で過ごす。その経験が、自分と社会環境との関係を考える軸となった。のちに臨床心理学・発達心理学を学び、支援者として障害のあるひとと家族に向き合いながら実践研究を進める。前所属大学では、大規模縦断研究の成果を行政施策に反映するプロジェクトに携わった。
現在は大阪大学で、学生支援に加え学内環境の整備や地域連携を進めている。最近は、地域コミュニティの活性化、子どもの権利にも関心があり、障害だけに限らないインクルーシブなまちづくりを目指し活動している。



緒方敦子・おがたあつこ
大阪大谷大学 障がい学生支援室<アクセスルーム>障がい学生支援コーディネーター
熊本県生まれ。大学在学中に特別支援学級のフィールドワークに参加したことをきっかけに、教育現場に直接関わる専門職として臨床心理学の道を志す。大学院時代は、発達障害や脳性まひ等の肢体不自由児者を対象とした臨床実践に携わり、医療・福祉・教育の各分野で現場経験を積む。
九州大学キャンパスライフ・健康支援センター総合相談支援部門コーディネート室での勤務を経て、2022年より現在勤めている大阪大谷大学障がい学生支援室〈アクセスルーム〉へ。現在は、障がい学生支援コーディネーターとして、教育実習における合理的配慮のフロー構築やピア・サポーター養成講座の開設など、体制整備にも取り組んでいる。



[i] 大阪大学の移行支援
大阪大学キャンパスライフ健康支援・相談センターが行なっている高校から大学への「移行支援プログラム」として、発達障害のある入学予定者を対象に、入学前の不安軽減とスムーズな大学生活への適応を目的とした「プレキャンパスプログラム」がある。セミナー形式で⼤学の過ごし方や⽀援について学び、具体的な学生生活がイメージできるよう、ワークショップを通じて先輩学生と交流できるプログラムが準備されている。

[ii] 大学生活支援カード
大阪大谷大学が2019年度より導入している、入学手続き時に実施する新入生向けアンケート。障害や疾患のある学生の「日常的な支援」「合理的配慮の検討」「緊急時対応」の早期把握を目的に実施されている。全7項目で構成され、学生の強みや不安のほか、合理的配慮の希望等が回答できるようになっている。


Text by Megumi Kitani (DIIN Center)
Photo by Katsutoshi Omae (DIIN Center)




「ひと呼吸」は、京都大学において障害のある学生の権利保障や支援を考えるためにはじまった「高等教育アクセシビリティプラットフォーム(Higher Education Accessibility Platform:HEAP)」というプロジェクトから生まれたインタビュー誌です。2019年から約4年間、全15号にわたり発行してきました(バックナンバーはこちらから)。その後、3年間のお休みを経て、2026年より「ひと呼吸 weaver」として再出発することになりました(くわしくは「はじめに。」)。支援現場で紡がれる対話の記録を、ここnoteにて連載していきます。