「展示品の裏面」を見に行く・静嘉堂文庫美術館編/きょうの秋葉原 他(2026年4月25日の日記)
生活
深夜アニメを見て夜3時くらいに寝たはずなのに朝7時くらいに目が覚めてしまい、寝不足なのに二度寝ができず苦労する。昨日の日記とアニメの感想を書く。連休中は実家に戻ることになりそうなので東京の行きたいところに行ってしまおうと思い、午後から静嘉堂文庫美術館に行く。その後は歩いて東京駅前のインターメディアテクにも寄る。秋葉原で降りてオタクショップを一通り見てそのまま徒歩で帰宅。深夜アニメに備えて1時間ほど仮眠を取り、仕事をしながら深夜アニメを9本続けて視聴する。
「展示品の裏面」を見に行く・静嘉堂文庫美術館編
今回も博物館に行って展示品の裏面をウォッチする。前回はこちら。
国宝・曜変天目茶碗が期間限定で展示されているというので、丸の内の静嘉堂文庫美術館の企画展「美を味わう―懐石のうつわと茶の湯」に見に行く。
茶の湯、懐石という文化についての解説を一通り見る。貴重な小鉢や角皿も展示されているが、皿なのでものによっては料理を盛りつけた写真も展示されている。歴史的な皿って使っていいんだ。しかし皿単体で見た時とは印象がかなり変わるし、季節や風景と料理が合わさって本当に美味しそうに見える。
展示の最後で曜変天目が登場する。教養がまったくないので曜変天目については『日曜美術館』と『刀剣乱舞』でしか知らない。曜変天目は製法が未だに完全解明されていない・中国で作られたのになぜか日本にしか残っていないなどロマンを感じさせる逸話が多くあるらしいので期待して見に行く。

写真撮影は出来なかったので実物の写真はないが、実際に見ると思ったよりも小さくて背が高い(直径12.2cm・高さ7.2cmほどらしい)。黒い下地に泡のような灰色の斑点が渦状に並び、その斑点の周辺が青や虹色に光っている。しかもホログラムのように見る角度で色が違って見える。これは確かに凄い。
最初はこれは虹色でホログラムみたいに光っているから凄いのかと思っていたが、どうもそれだけではない魅力があることに気が付く。灰色の斑点の配置には幾何学的すぎずランダムすぎもしない、絶妙な自然さがある。茶碗の底のほうは青が強くてへりに近づくと虹色が強く見えてくる色の配置もいい。黒と青のグラデーションも複雑さがあり、工業製品っぽさがある再現品などに比べると深みが段違いなことがわかる。しかも茶碗なので曲面に沿って違う角度で光が当たるため最初から複雑な表情を持ち、さらに見る角度を変えると別の表情を帯びる。たしかにこれは見ていると吸い込まれそうな魅力がある。
虹色の模様が出ているのは椀の内側なので基本的には上からの写真になり、横や下から見たことはなかったのだが、横から見ると意外にもちょっと歪みがある。側面もちょっとこぼれたかのような青い虹彩が光っている。釉薬を上からかけて垂れた跡がそのまま残っていて、底のほうは釉薬に覆われきっておらずむき出しになっているというのも初めて知った。ある種の完璧さを感じられる椀の内側に比べて、椀の外側は意外にも不完全な印象がある。このギャップもすごい。
この美術館は曜変天目以外にもすごいものを数多く持っているらしい。

大名物・付藻茄子も展示されているので観た。教養がないので『へうげもの』と『Fate/Grand Order』の織田信長(がモチーフの美少女)の台詞でしか詳しいことを知らない。私は学校に行かずアニメとマンガで歴史を勉強した恥ずかしいオタクです。
信長、秀吉、家康の3人に受け継がれてきた最高権力の象徴のような茶道具というので一体どんなものかと思ったが、その正体は高さ6cm程度の抹茶入れだった。曜変天目みたいに分かりやすい魅力もないし小さい。みんなこの小さい抹茶のケースに翻弄されて大変なことになったって言うのか……。それが三菱を興した岩崎家のもとにわたり、丸の内の大地主である三菱がやっている美術館に収められている。もともと大名屋敷があった土地でもあるので、三菱って現代の大名みたいだなと思う。
付藻茄子は底面まで鑑賞できるように鏡張りになっていて、底面にはろくろから切り落とした際の糸の模様がそのまま残っている。どうもこれが見どころらしい。茶道具の世界はよくわからない。だがこの後の解説でちゃんと見どころであったと気が付く。
解説によると本能寺の変で焼け、さらに大坂夏の陣で砕けてしまったらしい。それを家康の命をうけて藤重藤元・藤重藤厳という塗師の人たちが見事な修復をして今の姿になったという。それって嘘ついて別モンを持ってきてないか!?と思ったが、解説パネルにはこの付藻茄子のレントゲン写真もあわせて掲載されており、実際に破片を集めて修復された痕跡があるというので、修復されたのは本当の話らしかった。
修復した際に周囲はしっかり塗ったのに、底面のろくろから切り落とした跡だけはしっかり残したという。そんなに残すべきポイントだったんだ。しかも付藻茄子の当初の姿をもっともよく残しているのはあのパッとしない底面らしい。これにはちょっと感動した。展示品の裏面を見に行くと、このようないいことがあります。

余談だがアニメ『暦物語』第7話「こよみティー」に出てきたこのレントゲン写真が、まさしく「付藻茄子のレントゲン」であったと今更気が付いた(何でもアニメくん)。
ミュージアムショップには『曜変天目のぬいぐるみ』が売ってあった。無生物をぬいぐるみにすると不思議と生物のような気がしてきて愛着が湧く。布ってすごい。さっきまでの陶器を見てもそんな風に思わなかったし。ハーロウの代理母実験みたいだなと思う。嫌な喩えすぎるが……。
静嘉堂文庫美術館は明治生命館という歴史的建造物の中にある。1934年に竣工したというこのビルは明治安田生命が現役で使っており、レトロな応接室がそのまま保険の相談の部屋になっていたりする。この建物もすごかった。





きょうの秋葉原


























きょう観たアニメの感想
疲れてアニメの感想を欠く気力がない。後で書きます
最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ? 4話
星野真監督といえば『4ウソ』『真の仲間』辺りで堅実な人間ドラマの人なんだって思ってたけど『鑑定士(仮)』で突如こんな大暴れするとは思わなくてビビってる
— 人間が大好き2 (@hito_horobe2) April 25, 2026
ヒビキは冒険に出る前に基礎を学ぶべく、リリアンとともに聖獣ヴェネから魔法の特訓を受ける。その最中にクロードの記憶を垣間見ることになる。
今回は普段にもましてやかましいギャグ演出が多い。ヒビキが魔法を使うってOPがいきなり流れ出すアツい演出から清潔になったクロードの恍惚の表情が出てくるオチ、力技すぎる。あえてやかましく鬱陶しい演出をして笑いを取ろうとしてくるので笑ってしまうと悔しいという変な視聴感だった。
よわよわ先生 3話
鶸村先生の家で片付けを手伝っていたらセクシーな下着を発見してしまう1本目、鶸村先生の胸を揉むのが好きな不登校の同級生・雪下祐樹を説得して学校に復帰させる2本目(エロモクで学校に復帰することってあるんだ)、林間学校に向けて先生をサポートすべく椋林・雪下・阿比倉が協力する3本目。
雪下、同性とはいえ他人の胸を無断で揉んだりセクハラしたりするキャラが2026年に出てくるというのはさすがにありえない。エロい妄想をしたり先生を言いくるめてエロい衣装を着せたりと、明らかに視聴者がもつエロい欲望を代行する役割を担っている。しかしこの作品はヘイトを逃がすのが上手い。雪下は椋林にいきなり抱きつかれて困惑してちょっとイーブンになったり、いつの間にか椋林と一緒になっているので善良な椋林と打ち解けているなら大丈夫そうと認識させる。鶸村先生は言いくるめられてエロコスを着ている間ですら良き先生であろうと自分から行動をする。そういう巧妙さがある。
キルアオ 3話
勉強で躓いた十三は同級生の白石遼から勉強を教わり師匠と仰ぐことになる。遼は医者という夢を持っている。ファミレスでの会話の場面、コスパの悪さを主張するクソ嫌な奴が突然出てくる。何コイツ!?遼は大事な友人を侮蔑されたことに怒り完全に言い負かす。十三は報復で襲ってきたイヤな奴をサラッと返り討ちにしてひそかに遼への恩義を返す。ポット出のイヤな奴や報復というギトギトになりそうな要素をこれほど使っているのにコミカルで爽やかに描いてしまう作者の手腕が光っている。コンパスを投げつけ自転車のスポークにひっかけて川に転落させるアクション、転落自体はギャグタッチに描いて暴力的にしすぎず、宙を舞いながら落下していく嫌な奴が十三の表情を目撃する視点と落下するのを見送る視点の2つを描いて劇的に感じさせるのが上手い。
十三は遼の姉・千里が部長を務める家庭科部のことを知り、偏見を改め入部。「自分のケツは自分で拭く」というちょっとガラの悪い言い回しにした途端にシャキッと理解するギャグを通じて、性役割的な偏見を自然に解くのが上手い。
楽しい日常もつかの間、ミツオカ製薬がノレンの婚約者に会社を継がせると発表したため十三の目標はなんとノレンと結婚になってしまう!さらに男たちから言い寄られたノレンは十三を彼氏だと言い出す。ウーン歳の差モノはちょっと……と思うが、結論としては全く違う境遇の人たちが助け合う友情のエピソードに収まる嬉しさがあった。
黄泉のツガイ 4話
下界での生活へ向け準備が進んでいくが、ユルは密かに左右様と共にアサを探し出すという作戦を立てていた。新居に着き免許をはじめとする「下界のおきて」を覚えていくユルの日常パートもつかの間、ユルと左右様はアサの血のにおいを頼りに勝手に捜索を開始する。だがそれは敵の罠で……。
隠されていた真実があまりにも多いため、デラにもハナにも完全に気を許していない、というユルの描写には説得力がある。それにしても原作から分かるとおり目の前の目標や各キャラの動機がしっかり提示されて次に何をするのかがわかりやすく、アクションや暴走を描いても事態を飲み込ませてしまう原作の構成の上手さがアニメにもしっかり出ている。ツガイバトルの描写、予想外の能力が飛び出す面白さとすぐ愛着を持たせてしまうデザインが素晴らしい。
春夏秋冬代行者 春の舞 5話
雛菊とさくらは帝州(本州?)に到着する。なぜか春主従に対する警備を手薄のままにしようとする春の里や四季庁の不穏な動きが示唆される。前半では雛菊は母との別れを回想する。呪われた家系であることを理由に雛菊を守って母は自ら去り、その後の母の死により雛菊が力を継承する。このことを理由に父や親族は雛菊に憎悪を向ける。しかしこのパートは代行者という制度からどのような必然性があってこんな憎しみや偏見や家族の不仲が導き出されるのか分からず、辛気臭い話と嫌な記憶をやりたい感情が先行しすぎている印象を持った。楽しかった日常の回想みたいなものが一切ないのも不気味で、なんか全員装置すぎる。しかしこの母の想いに合わせた春の鮮やかさだとか葬儀の灰色の世界だとかいった画面の色での演出は強い。それが一層悪趣味さを煽ってしまう。
後半はさくらと雛菊の出会いのエピソード。広い屋敷の庭を使い、木の陰に隠れてのぞき見するさくらと縁側からそれを見る雛菊という距離のあるレイアウトが冴えている。しかし代行者の屋敷に子供が簡単に出入りしてしまうという警備のゆるさはツッコミどころに感じられてしまう。さくらの家系は元々は護衛を多く輩出した名門だったが何らかの事情で不名誉な扱いを受けており身分違いの関係であることが示唆される。互いに傷を持つ者同士の絆。しかし2人は引き裂かれ、雛菊はさくらに会えるまで代行者としての務めを放棄しハンガーストライキを行う。なぜそこまで会うことを拒んだり、雛菊に対してひどい仕打ちをしたりするのか、この季節の里がどういう方針であるのか分からないため、離別のために離別シーンを描いているような変さがある。里の運営をしている側の人間は声だけで描かれるか、スーツとサングラスで統一され個性を隠されているかして、人間らしく描かれない。これもまた装置的な印象を強める(セカイ系の良くない部分だ)。最終的には里の側が折れて2人は再会し、さくらは特例で護衛官になる。
雛菊は生命をはぐくむ力で密かに果物を食べていたと明かす。このちゃっかりしたオチと優しさだけはこのエピソードのなかで光っておりよかった。
NEEDY GIRL OVERDOSE 4話
1話に出てきたかちぇが居候のバンドマンと決別するまでを描く。コンカフェではまた若さを売り、バンドマンは相変わらずかちぇを都合よく扱い音楽に向き合わない。回想では「カラマーゾフ」の美血華と同じ学校に通っていた頃を思い出す。窓ガラスを全部割り、ゴスロリ衣装に身を包んで反抗するという姿勢。この記憶がかちぇに勇気を与え、コンカフェとは決別、さらに窓ガラスを割ったようにかちぇはギターを叩き壊してクズ男を爽やかな表情で追い出す。かちぇの顔がリアルに変わるカットや片付いた部屋でメイクをするシーンでは1話の反復と対比になっている。手鏡にはもうクズの男は映らない。超てんちゃんではなく再始動したバンドマンの動画がスマホから流れ、この画面を伏せて物語は終わる。YouTubeからは次の動画が流れる。
確かに綺麗にまとまっている脱出のエピソードではあったし、1話と同じ構図の反復は演出的にかなり面白い。インターネットでのエゴサもエピソードに織り込まれているのがいい。
しかし2020年代で体制への反抗や脱出というものを描くにあたって、80年代ロックのようなストレートな暴力と反抗という手段で上手くいってしまうのは楽観的すぎるように感じてしまった。もっと直接的な暴力を用いたり露骨な画一化をはかったりする管理教育的な時代であったなら、この反抗の仕方はたしかにわかる。しかし現代ではもっと支配の仕方は巧妙になっていて大人vs子供のようにはならず、暴力は悪い、倫理的であるべきだ、健康に配慮する、個性が大事だと寄り添うような体裁を保って口実を付けながら行われているのではないか。現実にもインターネットにも既に「外部」のような場所はなく、相手方が反抗側の理屈の一部を取り込んで巧妙化しているため、ただ全部を拒絶するだけでは勝てず、脱出ができないこの世界で時には制度に相乗りしながらもっと巧妙に戦うというのが、現代の反抗観であるように感じる。だから年上の大人の目線で自分の世代を持ち上げ、今の若者もそうだろうとエアプで語るような気恥ずかしさがある。とはいえ学校のシーンではそう感じたが、社会人になってインターネットでのエゴサをせず自分が望む相手と付き合うことが脱出だとみなすなら確かにそれはよくわかる気がする。
カナン様はあくまでチョロい 4話
アミは供犠くんとカナンの関係の進まなさにしびれを切らし、早く肉体関係に持って行きたいあまり様々な策を練る。耳かきパート、絶頂とアヘ顔が出てきて攻めまくっており凄い。ギャグに託されたガチエロがある。豊富なアングルのカメラ、3つの表情カットを拘束でループさせる演出などを映像も巧妙で上手い。カナンが寝たふりをして供犠くんを誘惑するパート、もうありえない寝相になっているし煩悩を発散させようとして供犠くんが筋トレをはじめるパターンを繰り返すのもバカすぎて本当に面白い。やはりこれもカメラがセクシーとギャグの構図を往復する良い仕事をしている!レイアウトの上手さが光るテクニカルな回でもあった。
神の庭付き楠木邸 4話
急に怨霊バトルアニメになったけど何!?
一畳間まんきつ暮らし! 3話
同じビルの猫カフェで働いている猫大好き少女、成海みちかが登場する。ライバルとして登場するが次第に猫マンガを求めヘッジホッグへ通うようになる。分かりやすいツンデレ萌えヒロインが定番すぎるくらい定番の方法で登場して和解する、きらら漫画のパブリックイメージに沿ったクリシェのような回だった。
別に原作はそれほどクリシェではない。物語は正直ちょっと単調なくらいの萌えコメディだが、カラーページはエロゲ塗りで露出がすごいし、漫画内にはたびたび等身高めのぶち抜きお色気コマが出てくる。この作品の成功は『ももいろモンタージュ』や『桃色カンパネラ』などのお色気路線の作品を明らかに後押ししている。しかしアニメになるとパンツもアニメの塗りで頭身の高さもそこまで変わらず、ちょっと前のイメージ通りな美少女アニメのクリシェに落ち着いてしまう。勿体ないと思ってしまうところはあった。
