『一畳間まんきつ暮らし!』5話の秋田弁について 他(2026年5月9日の日記)
生活
10日東京に戻る日だった。もう東京に帰るのか、ゆっくり休めたか等言われる。たしかに歓迎されていたし、みんなによくしてもらった。でも正直かなり長くて辛かったしあまり休めてもいない。
東京が遠いという一点でこの苦労がある。帰省するだけで往復で休日が2日潰れるので土日に一瞬顔を出すような付き合いができない。必然的に長い連休を帰省のためだけに全部消費するか、リモートワークをしながら次の休みまで滞在することになってしまう。別に地元の付き合いが嫌というわけではないが、あまりにも長く付き合っているとだいぶ疲れるし、余暇の時間を地元付き合いに全部持っていかれてしまう。あとプライバシーがない。
夕方から新幹線で東京に戻る。見送り秋田駅で鶏めしを買う。寝るつもりが1時間半程度しか眠れずに終わった。上野駅では当然すれ違った人に声を掛けられることがないし付き合いの会話を考えなくてもいい。ようやく解放されたような感じがした。帰宅するともう夜。新幹線は電波が悪くてインターネットが通じないのでタスクが溜まっている。アニメを見ながら仕事の連絡を返したりコードを書いたりする。全部終わると朝4時。


きょう観たアニメの感想
最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ? 6話
ヒビキは元の世界に帰る方法を探るため"三界の賢者"に会いに行くことにするが、リリアンはヒビキと離れることを嫌がり、パーティのなかで気まずい空気が流れる。エマリアさんのもとから急に離脱したイヴェルには何らかの企みがあるらしく、ヒビキたちを罠にかけ狼型のモンスターをけしかける。重症を負ったヒビキを脱出させるため一人でモンスターを相手取るクロード。窮地でヒビキはレベルが上がって聖獣召喚の力を得る。ここには神たちの思惑も絡んでいるらしいが……。
本編と全然関係ない温泉のサービスシーンが2度もある。サービスシーンで異様にエコーの掛かった音声で笑いを取ってきたり、全く意味がないエマリアさんの胸アップのカットが入ったりと、本題に比べてあまりにバカバカしいギャグ。必ずしも派手な作画アクションをする作品ではないが、バトルのシーンではモンスターの瞳に幻が映る→クロードの過去の因縁への回想、といったいい演出があった。
よわよわ先生 5話
阿比倉の姉と鶸村先生が水着を買いに行き阿比倉くんも巻き込まれる1本目。姉がスムーズに異常理論を繰り出して鶸村先生を洗脳(?)してしまうことで無理のあるエロ展開をこなしてしまうからすごい。定番の更衣室ハプニングもある。英単語を覚えるためにマイクロビキニを着て身体に書き込むというありえない勉強法に全員で取り組む2本目。構図的にどう見てもエロ漫画風のカットを全員分やる。しかも本当に効果がありオチもちょっといい話になっている。鶸村先生がプールで水泳の練習をする3本目。水着の破れ方がありえなさすぎる。
この作品は先生を一方的にエロい目に遭わせるのでなく全員で巻き添えになる形でヘイトを緩和し、全員で変なことに取り組む青春コメディの味付けに変えてしまう巧妙な謎テクニックを使ってくるので、あれだけエロをやっているのになんか爽やかな視聴感が残る。大体は椋林がこの展開を作る。いいキャラだと思う。
キルアオ 5話
前半は十三が初めての試験を控えて緊張から勉強をやり込みすぎるコメディ。珍しく大人の会話のシーンがある。失敗できない殺し屋と違い、今は失敗しながら挑戦できる環境だという励ましを受ける。同時に十三の素性が怪しまれるようになり……。後半では中学生なのにあらゆるスポーツでプロ並みの技術をもつ天童天馬が登場する。天童は傲慢なあまり家庭科部をあってもなくてもいいようなお遊び部と言ってしまう。十三は家庭科部の仲間の名誉のために、天童が提案したフットサル勝負に挑むことになる。
今回はアクションではなくドラマの回だったが、バーのカウンター席での会話パートのしみじみさせる構図、ボタン付けの丁寧な所作、天童の仲間なら最高のヒーローだが敵なら最悪のヴィランという二面性を感じさせる顔つきや影など、度々映像的な見せ場があった。
黄泉のツガイ 6話
前回からヨルに真相を告げるアサ。しかし両親の行方が結局分からないことに動揺や不信が走る。そこに突如として敵が襲撃。ユルと影森家は共闘し、アサはツガイの契約を解除して横取りしてしまう規格外の力を見せる。ツガイに対するスタンスの違いも面白い。パートナーとみなすか、家畜のようなものだから名前も付けないかといった議論。左右様の力がアサの能力の天敵になりうるという話、アサが襲撃にあって片目を負傷した経緯など、気になる話題のフックが撒かれている。
各キャラのスタンスの違いを並行したまま走らせてそのギャップからドラマを作っている感じがある。この一貫性はすごいし、山場でない普通のシーンでも駆引き的な面白さがある。バトルパートでその差を乗り越えて共闘するアツさもある。
春夏秋冬代行者 春の舞 7話
サプライズミサイル理論(シナリオ中、ミサイルが突如降ってきた方がもっと面白くなってしまうような場面は考え直すべきという理論)
— 人間が大好き2 (@hito_horobe2) May 9, 2026
序盤はまだ幼い少女である秋の代行者・撫子とその護衛官である青年・竜胆の関係が描かれる。竜胆を心から慕う撫子。竜胆の同僚である長月との会話シーン、竜胆は護衛官は代行者の能力を引き出したり誘導したりするための仕事であるとビジネスに割り切った解釈を述べる。だが本当は共依存になっていると長月は見抜いている。このパートでは今まで疑問視されなかった代行者という制度へのメタな指摘があるし、長月という第三者の視点が入ることで秋主従がもつ建前と本音の二面性を前もって提示したうえで弱点であるとも指摘してくれるので、今までのエピソードよりも格段に分かりやすくて面白い。秋離宮の警備の予算は限られているという露骨なフラグ。というかチェーホフの銃的に考えるとあまりに内通者っぽすぎる。
後半では秋離宮に突如としてミサイルが打ち込まれる。撫子は生命腐敗の力で生存するが賊に誘拐されてしまう。主犯は雛菊を誘拐したあの女らしいことがわかる。竜胆が護衛官に任命され誇らしく歩む回想シーンと撫子を失って茫然としながら歩く現在が同じ構図でクロスカッティングされる。血のように赤い夕焼けの背景。子のシークエンスはとにかくいい演出だった。
ミサイルがあまりにも唐突すぎる。警備の話でフラグを立てているとはいえ、いくら何でも日本国内のテロリストが持っていて良い兵器じゃないし、ミサイルを使わなくても爆発物等を使えばストーリーが普通に成立する。過剰にシュールになってしまう展開で、いくら演出がよくともあまりに台無しだと思った。
NEEDY GIRL OVERDOSE 6話
高校時代の美血華がかちぇからマリリン・マンソンを薦められた思い出のシーンから始まる。かちぇの「らしいよ」が背伸びと身の丈を感じさせる良いセリフ。今回は美血華のルーツやトラウマに迫るエピソードであり、かちぇに救済されていたという話でもあった。
かちぇのエピソードの冒頭では窓ガラスを全部割って反抗し、自由と美しいものだけを求めて生きる強い女性のように描かれていた美血華。だが元々は醜形恐怖症に取りつかれてニキビのひとつすら恐れ、10代の美しいままに死にたいと願う弱い少女だった。生理的なものへの嫌悪。実写で緑色のドアを運ぶ長いカットが2つ。時間経過の長さやそこに運ばれて行ってしまう運命の示唆?生理的なものへの恐れの直後に、まさしくそのものであるトイレの場面が出てくる。ロック、サブカル、アングラカルチャーに傾倒するのは美しさへの執着か。超てんちゃんとの会話は恐らくイメージの中での出来事で現実ではない。ここはファッションとしての固有名詞が次々と現れる。正直かなり気恥ずかしいが、ある意味でこれは何らかの自意識上の旅とか戦いのようでもある。「あいつらと同じ(老い?)」になることを恐れるが、ある時フラゴナールの『ぶらんこ』を見てから衝撃を受け、美に対する意識に変化が起こる。美しいがエロティックで、いやらしい下品さもはらんでいるのに隠さない。意識の中で上映されるグラン=ギニョルにはかちぇが現れ、あの絵画と同じようにブランコがある。不安の解消と共にニキビは消滅する。
油彩画のシーンではちゃんと絵画らしい油絵具のタッチを表現したカットがあり、この場面はエピソード全体を通して最も素晴らしかった。イメージの中に出現する電脳九龍城(川崎にあった廃墟みたいなゲームセンター)などロケーションもいい。
一方でロックバンドや映画監督の固有名詞を挙げるシーンがなんというか本当に恥ずかしくつらかった。そういう趣味でもあるし、強がりのリアリティもあるし、オマージュのための予告としても必要な場面であることはわかる。だがおそらくは実際の名前を挙げて注目を得ることも半分くらい意図しており、それは劇中の表現とか行動とあまり結びついておらず、書き手がひけらかす感じが強くなってしまっている。固有名詞で登場人物の生活の全てを値踏みするタワマン文学の方法のサブカル版みたいな嫌さがあった。
カナン様はあくまでチョロい 6話
カナチョロってバカエロコメディに見せかけて靴を当てる足元カットみたいなすごいラブストーリーの演出してくるから感動する、全部やれてるアニメ
— 人間が大好き2 (@hito_horobe2) May 9, 2026
シスターの格好ではなくセーラー服を着てきたジャンヌに供犠くんは興奮し、カナンも恥ずかしがりつつ対抗する。だが咄嗟にロッカーに隠れてキス未遂という展開に。この比較的よく見るハプニングのシチュエーションがその時限りで終わらず、今回のキスを意識するカナンの縦軸になっている。
翌日供犠くんは急に学校をサボってカナンを連れて海へ行く。うっかり波をかぶってしまいずぶ濡れになりながらの青春らしいコメディ。着替えるためにネットカフェに行き、供犠くんは目隠しした状態でカナンは生着替えするお色気イベント。アミとジャンヌは結託して2人の行方を追いかけ実況したり、世間を知らないジャンヌが色々なことを知って感動したりする。
クライマックスで観覧車に乗るパート。接吻をしたいのかと思っていたカナンに対して、供犠くんは青春がしたいと告げる。しょうもない勘違いコメディだが、カナンが供犠くんに靴を当てる足元カットなどラブストーリーを彩る凄い演出が度々出てくる。近づきたい気持ちやキスへの期待を所作とカメラで演出しており油断ならない。笑いもエロも恋愛も全部やれていて凄いアニメだった。
神の庭付き楠木邸 6話
湊が女神授かった『閉じ込める力』の修行をする。庭に桜が咲いたり、温泉に次々と来客がやってきたりする。湊は人から外れてきていると指摘され、変化することに戸惑いながらも力を得ても変わらず人間として生きたいと考える。力を使いこなすために自らのルーツである座敷わらしのことを思い出す。
いい話の回でもあるが、かなりケモ萌えの回だった。山神の姿が変わると演技も変わるところ、上手すぎる。ツムギが温泉にワクワクしているシーンや入浴のシーン、ちょっとえっちだ……。
一畳間まんきつ暮らし! 5話
期末テストの追試対策に励む前半。芽衣子は一人で漫画喫茶ヘッジホッグに残る梨絵を気に掛ける。秋田への帰省とヘッジホッグへ帰宅を描く後半。秋田駅と秋田新幹線がちゃんと描かれているし、芽衣子と妹の水織が互いを思いやる会話はちゃんと秋田弁で喋っている。芽衣子が梨絵に伝えた思いは訛りで伝わらなかったが、大事な人だと告げていたことが最後に明かされる。
創作で東北弁が正確に描かれることは少ない。なんでも「だべ」を付けていたり、助詞の「さ」の使い方が間違っていたり(『姫騎士は蛮族の嫁』3話はこのミスを犯していた)耳慣れなさから誤った発音にされることも結構ある。しかしこの作品は多少聞きづらくてもちゃんとやっていて、ちょっと濁音が多いミスもあるが発音も概ねあっている。その一点で偉すぎる。大抵の秋田弁は台詞にすると分かりにくすぎるからアニメで聞くことがないのだが、珍しく「銭こ(じぇんこ=お金)」がちゃんと出てくる。ただ気がかりだったのが芽衣子も水織もちょっと訛りが強すぎるというか、60代くらいの人が喋ってそうな語の選択という感じがあったのが惜しい。下の世代はもうちょっと標準語と混ざって変形したものをよく使う。「ほんて合格だが~?」の「だが」は確かに正しい疑問形の文だが強い追及のニュアンスがあるので、「そうなの?」と混ざった「ほんとだの?」といった語を選ぶほうが自然な感じがする。さよなら、じゃあね、に相当する「へばな」も「へばね」「せばね」になっているほうが自然に思う。とはいっても逆に典型的な方言でないので伝わりにくいかもしれない。
