デジタル技術に支えられるコミュニティおよび循環で維持される未来の持続可能な地域医療-健康モデルの探索
公益財団法人トヨタ財団の研究助成を得て、令和7年5月1日から2年間のプロジェクトが始まることになりましたのでご報告。
トヨタ財団研究助成について
私自身、トヨタ財団からは令和5年に「先端技術と共創する新たな人間社会」という特定課題で研究助成をいただいていました。間接経費を原則認めない(最近は一部緩和になったそうですが)などちょっとユニークな助成金で、助成対象者もアカデミア以外にもNPO、企業などバラエティに富んでいて、ジャンルの全く違う研究者とワークショップや合宿で仲良くなれるという私好みのプログラムでした。今回、トヨタ財団が1974年に設立されて今年で50年を迎えるとのことで、〈50年後の人間社会を展望する〉というテーマの50周年記念助成が開始されることになり、合宿の際にオフィサーの方々からも告知がありましたのでチャレンジをしてみることにしました。
50周年記念の節目となる研究助成、きっと名だたる方々がたくさん応募されるでしょうし、どういったテーマにしようか色々と悩みました。科研費等だと新規性、新規技術、とかそういった方向で考えるのですが、今回はやはり私がこれまでにしてきた研究、社会課題・技術関心について、そして何よりも私がこれまでに出会うことのできた多くの研究者、友人たちのつながりをベースとしながら、やはり私のバックグラウンドである「医療、健康」についての内容が良いのではと思い、締切まではこれまでに出会ったいろいろな人たちに会いに行き、アイデアを練りました。色々な意見をいただきながら、提案書を何度も推敲し狭き門を潜り抜けることができました。
このような記念助成に採択いただいたことは大変光栄であるとともに身の引き締まる思いであります。本記事では、プロジェクトの第一歩としてテーマの概要、立案に至った経緯、そして直近で計画している岩手県紫波町でのシンポジウム(2025年8月10日)について触れたいと思います。

テーマについて
私が50年後の人間社会について論じるなら、「医療」「健康」「情報技術」は外せない項目として基軸に考えつつ、コラボレーターと議論しながらいくつかのテーマを設定しました。
私の考える社会課題
日本の皆保険制度は極めて優れたもので、世界から認められています(2011年には権威ある国際誌『ランセット』から日本特集号「国民皆保険達成から50年」が出版されています。なんと和文で読めます)。しかしながら60年程前に作成されたシステムをベースにして次々と修正を追加しながら今に至っているために様々な支障が出ており、昨今の社会の変革スピードを考慮しても50年後に同様のシステムが維持できている可能性は限りなく低いと考えています。
その7割以上を公費で補填している保険診療について、国家財政を圧迫(そしてこのままいけば将来的にはより増加)している点はよく知られたとおりですが、通常の診療報酬そのものはここ30年間大きな変わりはなく、昨今の物価高騰、光熱費上昇、最低賃金上昇から医療機関ごとの経営は悪化傾向にあります。一般的に医療の3要素と言われる質、アクセス、価格のどれかをトレードオフにしないと医療システムは維持できないと言われています。そもそも日本でこの3つが達成されているのは、医療従事者の過度の奉仕の上に成り立ってきた部分もあるのですが・・・コロナでバーンアウトを経験したり現実に返ってしまったりした医療従事者も多いそうで、今後の日本の医療システムは大きく変化していくでしょう。
個別の医療機関の経営の点については、大病院に勤めたことのある内科医なら「病院経営のために一人でも多く入院を」と経営層からつつかれ、必ずしも入院の必要のない人たちに入院を勧めて入院させる、という経験があるのではないでしょうか。私も「入院すれば数値は低下するが、毎回退院すれば数値が上がってしまう」という患者さんへ糖尿病教育入院や糖尿病コントロール入院を勧める度にジレンマに駆られていました。そのような中で、「むしろそういう人たちの生活の中に私が出張して行くほうが、患者さんたちのコントロールをよくできるのではないか」、という考えが起きるようになりました。糖尿病教育入院の要否については述べるつもりはありませんし、病院経営についても善悪はなく制度上そのようにしないと経営を維持できなくなっている設計上の問題も大きいと考えていますが、「これまでの医療システムを続けていくことに限界が来ており、医療・ヘルスケア領域における新しい社会システムの形を模索しないといけない」ことは確実だと考えています。
研究テーマの4本の柱

今回の研究プロジェクトは、龍岡、坪谷、田上の3名がco-PIとして進めていく計画をしています。
具体的な研究テーマは大きく4つを考えています。1〜3の各課題と4の掛け合わせなので3テーマ+αと言っても良さそうです。
1. 医療・ヘルスケアおよび健康を維持するコミュニティ活動
私は岩手県紫波町(しわちょう)を訪問し「畑を開放した誰でも参加可能なコミュニティナース活動(星真土香さん)」について知りました(インタビュー参照:畑が教えてくれる健康のカタチ)。医療では手の届かない領域を支え社会的処方とも言える住民(コミュニティ)の自律的な活動は、国民皆保険システムが破綻しているかもしれない50年後の日本社会において、一つの健康維持活動になりうるのではないかという着想を得ました。星真土香さんにインタビューを行う中で彼女が課題と考えていた「この活動の持続可能性」について、私の専門とするデジタル技術を使って何か解決ができないだろうか、と考えたことが発端となっています。ちょうどこの頃、トヨタ財団で繋がった研究者から、ブロックチェーン技術、およびそれを利用して構成されるDAO(Decentralized Autonomous Organization:自律分散型組織)という概念を知り、勉強をしていました。DAOは営利組織でもNPOでもない組織運営の形態で、対価や発言権を組織活動への貢献で評価することができ、インセンティブ設計をうまく利用することで自律的な活動継続を行う組織です。日本国内でヘルスケアや健康をテーマとしたDAOは名前はいくつか見かけるものの、個人の健康管理やオンライン上のネットワーキングを主としたものが多く、リアル重視、コミュニティ活動や社会的処方にテーマを当てた(=50年度のリアルワールドを占った)ものはないように思います。
また、私が考えるDAOの魅力は、NFTによる所有権管理やトークンエコノミーだけでなく、DAOへの貢献を通じてコミュニティを愛するファンを増やしていく、という点なのでは、すなわち一種の国を作っていくことと考えているので、その点で本プロジェクトはユニークでより面白いことができるのではと考えています。今回実証のフィールドとなる岩手県紫波町は、奇しくも日本で初のWeb3タウン表明を行った自治体でもあり、本プロジェクトの遂行に最適な環境であるということも大きな強みになると考えています(デジタル庁資料、紫波町Youtube動画)。
(参考) 私がネット上で見つけた日本の医療/ヘルスケア系のDAO
Medical DAO
ヘルスケアにおけるブロックチェーンの活用事例
DAO型健康経営®の推進に向けたステーブルコインを活用したインセンティブ配分に関するPoCを開始
2. 自分の生き方を決定するACP(Advance Care Planning)
星さんと同じく岩手県紫波町で活動する一般社団法人みんなの健康らぼ(公式website, note)さん。代表理事の坪谷透(つぼんぬ)さんと理事の杉山賢明さんは、ハーバード大学や東北大学で公衆衛生学の研究をされていた方々。「より地域での実践へ」という目的で大学から独立されて活動しておられます。大学もコンサルも教えてくれない、医療におけるさまざまな真実を学べる「寺子屋」、自治体・大学との共同事業「紫波町健康的なまちづくりの推進に関する協定」などを展開する一方、ACPについて楽しく知ることができるゲーム「みんらぼカード」を制作、販売し、ふるさと納税とのタッグも実現されています。
ACPは「自分の余命が見えたとき、自分がどのように残りの人生を過ごしたいか」を元気なうちから考えておくこと(厚生労働省「人生会議」してみませんか)。とても重要なのですが、内容が深刻なのでなかなか普及しないという課題があります。一見重いこのテーマを「みんらぼカード」を使うことで楽しく学ぶことができます。今回のプロジェクトでは、坪谷さんたちのみんらぼカードにVR(Virtual Reality)、LLM(Large Language Models: 大規模言語モデル、AIの1種)といったデジタル技術を融合させ、離れて住む家族・友人や、1人でもプレイできることを可能にし、さらなるACPの普及を目指します。
3. 地方の医療の持続可能性と医師の働き方
東北地方を中心に全国で在宅診療所を展開する医療法人社団やまとグループ(理事長:田上佑輔さん、医師)。宮城県登米市(とめし)で1つ目の在宅診療所を開設された際から、「東京に住む医師が新幹線に乗って東北へ移動して勤務し東京へ帰る」勤務方式を実現、この医師循環モデルと呼ばれるこのモデルの普及に注力してこられました。地域医療だけでなく災害医療、国際医療などのテーマ、医師のキャリアを支援する活動「NANIMON」にも取り組んでおられます。
今回は龍岡の興味のトピック「DAO」や、政策として取り上げられている「ニ拠点生活」、また地方創生や地域のコミュニティ活動とのシナジーを模索しながら、このモデルがインフラとなる未来について議論を深めていきます。
(参考)
医療法人社団やまと
【医療の部】地方の医師不足を、都市と行き来する「循環モデル」で解消する やまと 朝日新聞
4. 誰も取り残さない医療のためのデジタル技術
私は、2000年頃の2ちゃんねるやライブドアなどが作られたインターネット黎明期(かつでは有線の電話機を繋ぐポートにPCを繋いで、PCからダイアルしてネットに繋いでいた)から情報技術に触れ、デジタル技術による社会の利便性向上、課題解決などの可能性を最も信じている一人です。昨今ではLLM(大規模言語モデル)&生成AI技術の進歩がありました。私はこのような技術は、技術に特化し一部のマニアと呼ばれる人たちのみに理解できるシステムの作成や、いかにも儲かりそうなビジネスの作成ではなく、むしろ人々の課題やペインの解決に利用することで真価を発揮できるのではと考えています。例えば、私は英語が昔から苦手で、研究をし博士となった今でも英語論文を読むのが苦手ですが、AIを使うことで英語の論文の内容を大まかに知ることができます。読んでいる途中でも、わからない文章について質問すると、丁寧に解説をしてくれます。実はAIは「人間の苦手なところを埋めてくれる」存在なのではないかと考えています。今回のプロジェクトでは、AIを使って難しいアプリを作ったりするのではなく、プロジェクト内容の解説や発信の補助、また取り組みに参加してくれる人たちへの補助や、健康のサポートの可能性について検証したいと考えています。デジタル技術を使う上での親和性の格差における問題 = デジタルディバイドについての研究は私も行っているところで、これを人工知能が埋めることができるのではないかと考えています。
今回はトヨタ財団の交流で出会った、人工知能研究者の中村賢治さん(群馬大学)と一緒に、これらの可能性についての研究を進めます。
これまでに出会った共同研究者たちについて
今回の研究を行うにあたっては、私が40歳を前にしてコロナ禍に直面し、この先の仕事(これはlaborだけではなく、workを含めて)について悩んでいた時に、とあるご縁で話を聞いていただいた前述の田上佑輔さんから色々とインスピレーションをいただきました。これがきっかけとなって一般社団法人関西へルスケアサイエンスインフォマティクスを設立し、活動を行う中で石井大輔さん(株式会社Kiara:数学者、フィンテック起業家)に出会い、医療と全く違う領域からのいろんな示唆をいただき考えを発展させることができました。石井さんに勧められて応募したトヨタ財団の先端技術研究助成にデジタル親和性をテーマにした研究で採択、トヨタ財団のワークショップなど色々なネットワーキングを行う中で人工知能・ロボット・メタバース・ブロックチェーン研究者の中村賢治さん(群馬大学)、弱者の社会参加とロボットとのコミュニケーションについて研究する中澤未美子さん(山形大学)に出会い、本研究の立案においてもご意見をいただきました。日本協会DAOの創設者で、自身もRule Makers DAOを運営する本嶋孔太郎さんともトヨタ財団の活動を通して出会い、「DAOには可能性しかない」という彼の言葉が私に火をつけ、DAOについて勉強をはじめることになり、一見結びつかない「畑の社会的処方」x「DAO」の着想に至りました。また、田上佑輔さんの主催するワークショップで、坪谷透(つぼんぬ)さん、杉山賢明さん(ともに一般社団法人みんなの健康らぼ)に出会い、医療の外で医療の手の届かない社会の一部に実践形式でアプローチしようという近い視点を持つ医師同士が知り合うことができ、次のステップの私の活動のモチベーションをいただくことができました。2024年には実際に「みんなの健康らぼ てらこや」の2期生として、公衆衛生、政策、社会的処方についての座学から実際までを学び、特に「星真土香さんの畑」への参加を通して、本研究のテーマの着想につながりました。みんなの健康らぼさんのイベントでは、コミュニティデザインの実践者、出野紀子さん(studio-L)とも繋がることができ、今回実証を行うDAOについてもご意見をいただいています。
また、これまでに60本以上の論文執筆に携わり、ハーバード公衆衛生大学院での研究経験も有するつぼんぬさんには、多数の研究者をご紹介いただくことができました。今回岩手県紫波町で2025年8月10日に開催するシンポジウムでは、医学教育とデジタルの研究を行う及川沙耶佳教授(秋田大学)、社会的処方や健康格差についての研究を国際的に行う近藤尚己教授(京都大学)からの指定発言を行っていただきます。
他にもいろいろな研究者とのディスカッションを予定していますが、新たな共同研究への発展など、研究活動を通した社会への貢献を目指します。
研究の成果物について
今回の研究の成果物としては
日本での医療・ヘルスケアDAO実証による知見の共有
研究結果およびディスカッションをまとめた本
この研究でのコラボを発端とした共同研究
を想定しています。
今回の研究では、ジャンルの違う研究者たちの融合ディスカッションを重視していて、現在私とco-PIのつぼんぬさんで共同研究者たちとのディスカッションを進めています。最終成果物の本の作成のベースとなる議論は、web上で定期的なミーティングを開催したり、岩手県紫波町でシンポジウムを開催しより深いディスカッションを行ったりしながら進めていく予定です。
また、共同研究者たちとのディスカッションでアイデアもいろいろ出ていきていますが、異分野の研究者たちのコラボ研究が10個くらい生まれると良いなあと考えています。
最後に、日本で(おそらく)最初の医療・ヘルスケア・健康をテーマとしたDAOの実証結果を社会に公開・還元することで、50年後の社会の選択肢が1つでも増えると良いなと思っています。
お問い合わせ
一般社団法人関西ヘルスケアサイエンスインフォマティクス(KHSI)
Address: 〒604-8146 京都府京都市中京区一蓮社町300 パームビル3階
Website:https://khsi.or.jp
Tel: 075-600-0306
Mail:office@khsi.or.jp
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