「社会的処方」を考える
*この内容は、実践誌プライマリ・ケア第11号2019年3月発刊(著者:坪谷・西岡)にインスパイアされたものです。←その部分は、社会的処方についての基本的な説明であり、無料で読むことができます。
有料部分には、当初記事を記載した後の、日本の政策での社会的処方の扱い、日本での実践例、英国を中心とした社会的処方についての論文メモが含まれ、更新されるたびに購入者にはアラートが飛ぶようです。
「スコットランドの医師は自然を処方する」、「モントリオールの医師は美術館訪問を処方する」
皆さんは、このようなタイトルの記事を目にしたことはあるだろうか。「スコットランドの医師は自然を処方する」「モントリオールの医師は美術館訪問を処方する」。これらはどちらも2018年10月のWorld Economic Forumの記事である1)2)。実はこの手の記事が最近増えている。おまえは何を言っているのか??と混乱される読者もいるかもしれない。しかしどうぞご安心を。本稿をお読みいただければ、これらの意味・意義について十分にご理解いただけると信じている。ひょっとしたらあなたも「自然」や「美術館」を処方せずにはいられなくなるかもしれない。
健康は医療だけが規定するか?
人々の健康とは、狭義の医療のみが規定するものであろうか。例えば、心臓の病気は、遺伝子と血圧と血糖値とBMIと喫煙とコレステロールと家族歴でほぼ規定されるだろうか。リスク軽減は、これらのいわゆる生活習慣の改善と適切な内服を継続することくらいであろうか。答えは、当然これらは重要な因子であるが、他にも考慮すべき重要なことがある。例えば喫煙するかどうかは、本人の意思の強さ(?)だけではなく、家族や職場や友人に喫煙者がいるかどうかも大きく影響するだろう。もちろん本人の喫煙に対する理解も重要だろう。また日本のように、政府がたばこ会社の大株主であり3)、タバコの値段が政府によりひどく安く抑えられていたり、禁煙治療のための保険適応が寛容ではないような国では、国民はなかなか喫煙はやめることができないかもしれない。このように、個人の健康といっても、その個人の遺伝や意思だけにより規定されるのではなく、その個人を取り巻く社会経済的な環境にも大きく影響される。これを健康の社会的決定要因Social Determinants of Health(SDH)と呼び、近年では学術研究にとどまらず、世界医師会・日本医師会・各国の医師組織などがSDHへの取り組みを加速させている4)-12)。
社会的なつながりが健康と関連する
SDHには様々な要因があるが、ここでは特に、人とのつながり、について紹介したい。ヒトは一人では生きることができない、とはしばしばいわれるが、実際に、社会とつながっていないことは、死亡リスクを高めることが報告されている。驚くべきことに、社会的なつながりが無いことは、喫煙や肥満や運動不足よりも死亡リスクを高めるというメタ分析の結果がある13)。死なないために社会とつながるというのも、なんとも本末転倒な気もするが、そこらへんの深い議論は社会学者や哲学者にお願いすることとして、我々プライマリケア医として注目すべきは、我々が常に目の敵にしている(ハズの?)喫煙よりも、社会的に孤立していることの方が死亡リスクを高めるということではないか。これは特筆すべき「発見」ではないだろうか。日々患者さんの健康・幸せの向上を願うプライマリケア医としては、この「発見」を実地臨床に生かさない手はないだろう。
社会的なつながりを創る「社会的処方」
ではどうやったら社会的なつながりが無い人が、つながりを持つことができるだろうか。つながりが無い人に「つながり作ったほうがいいですよ」と外来で話したら「あ、そうですね、つくります!」と言ってくれるだろうか。おそらく、多くの場合否、であろう。それでできるような人は既につながりを持っているだろう。ではどうしたらよいか。実はこの点については、英国が先を行っている。その英国の取り組みを紹介したい。
英国では、social prescription(*日本における対訳は定まっていないが、社会的処方、があてられることが多く、ここでは一先ずこれを用いることにする)という概念があり、NHS(英国保健サービス)は大学と連携し、Social Prescribing Networkを設立した。同ネットワークは社会的処方に関する研究の推進、国内外の学術集会の開催、ニュースレターの配信などを実践しており、2016年の第1回学術大会でsocial prescribingを定義づけた。その定義などを紹介する。
“Enabling healthcare professionals to refer patients to a link worker, to co-design a non-clinical social prescription to improve their health and wellbeing.” “…so that people with social needs are empowered to find solutions which will improve their health and wellbeing…”(日本語訳:健康にかかわる専門職が、患者の健康を維持・改善するために、非医療的サービスの社会資源を提供する第三者機関である“link worker”への紹介を患者とともに行うこと。その結果、社会的なニーズを抱えた患者の健康やウェルビーイングを改善する解決策をみつける支援ができる。)14)
“Social prescribing, sometimes referred to as community referral, is a means of enabling GPs, nurses and other primary care professionals to refer people to a range of local, non-clinical services.”(同:社会的処方とは、一般医(GP)や看護師や他のプライマリケアに関わる専門職が、(つながりを必要とする)患者さんを、地域にある非医療的なサービスにつなげることである。)15)
では「地域にある非医療的なサービス」とは何で、具体的にどのようにつなげるのか。さらに説明は続く(以降は要約した日本語訳のみ)。社会的処方は、狭義の医療的な視点で対応するのではなく、全人的な対応を目指すものであり、自身の健康のコントロール感の向上を目指したものである。「地域にある非医療的なサービス」では、本人に合ったものであれば、いかなる活動・集まりでも良い。例えば、ボランティア活動、芸術活動、生涯教育、ガーデニング、料理教室、栄養教室、スポーツ活動、などである16)。
地域にどのような活動があり、また、どの活動が当該個人に合うかのマッチングは、Link workerが行う。例えば社会的処方で最も歴史があり有名なロンドンのBromley by Bow Centreでは、スタッフは患者と何度も面談を行い30以上ある社会的な処方の中からその人に最適なものを見つけ出し紹介する。社会的処方では、精神的および身体的な健康の増進を目指す。社会的処方により利益を得ることができるのは、例えば、社会的に孤立している人はもちろん事、中程度のメンタルヘルスに課題がある人、医療機関や救急外来をしばしば利用する人、とされる。16)17)。
国として「社会的処方」を拡大する英国
2017年5月に Dr. Helen Stokes-Lampard(Chair of the Royal College of General Practitioners)は、全人的な質の高いケアを提供するためにも「社会的処方」は重要性でありもっと広めていくべきだと述べている18)。彼女は、社会的処方は決して新しいものでも特別なものでもなく、すでに行っている医師はたくさんおり、これを明確に制度化することでさらに広めていくべきだ、と主張している。また、彼女は、GPは、地域の(広義の)多職種連携の指揮者であるので、その意味でもGPは社会的処方についてしっかり理解して推進していくべきではないか、と主張している。そしてその翌年2018年7月には、Matt Hancock氏(英国の保健大臣)が、このDr. Helen Stokes-Lampardのスピーチに呼応するかのように、社会的処方を国として政策として推進していくことを宣言している19)。このように英国では、医師の集まりが社会的処方を推進すべきだと主張し、政治がそれに呼応する形で、国レベルで社会的処方を広めようとするという流れがここ1-2年で急速にできているようである。
日本でも社会的処方を国として推し進めるべきか?
上述のように英国では、国策として大規模に社会的処方を推し進めるようである。英国がやるなら日本でも社会的処方を進めるべきだろうか?社会的処方に限らず、海外、特に欧米で行われていると聞くと、反射的にそれは良いもの?日本もやったほうがいい?やらなければいけない世界的な流れなのか?流れに乗り遅れるな!!と思ってしまう欧米かぶれの日本人は少なくないのではないだろうか。しかし我々は科学者であり、流行り廃りに惑わされず、エビデンスに基づいて冷静に議論を進めるべきであろう。
Social prescribing についての文献を調べてみると、上述のDr. Helen Stokes-Lampardのスピーチとほぼ同じ時期に、社会的処方についてメタ論文が出版されている20)。この論文の中で著者であるBickerdikeらは社会的処方についての系統的レビューを行い、社会的処方の効果として、メンタルヘルスの改善、内服薬の減少、外来受診や入院や救急外来の受診の半減、社会的な孤立の半減、などの効果を報告している。驚くべき効果の数々である。増加の一途をたどる医療費に窮するならばすぐにでも飛びついてしまいたい魅力的な内容ばかりだ。国策として推し進めます!と宣言する英国の担当大臣の気持ちも理解できる。しかしながら論文では、さらに次のように述べている。「いずれの研究も、研究の規模(サンプル数)が小さい、対照群を置かない前後比較研究や記述疫学研究である、観察期間が短い(多くが1年未満)、必要な交絡の調整が十分行われていない、など何らかの限界を有しており、社会的処方の因果効果について結論づけられる段階には至っていない」、と。我々筆者らは、この論文を読んだ限りでは、社会的処方を大規模に推し進めるにはエビデンスが乏しいのではないか、英国の政策は時期尚早ではないかと感じている。そのように感じているのは実は我々だけではない。上述の保健大臣の「国策として社会的処方を拡大します」宣言後に、英国国内のGPから、エビデンスの乏しいことを政策として大規模に進めることについての懸念の声がBMJ(英国医師会雑誌)に寄せられている21)。この社会的処方についての英国の政策が今後どうなっていくか、このまま拡大実行されるのであれば効果はどうだったのか、それとも廃止されるのか、今後の行く末を注意深く観察し、今後また日本社会に還元できればと思う。
結局、社会的処方は必要?不要?
読者の皆さんは、結局やったほうがいいの?どうなの?と結論を急ぎたくなるかもしれない。日々患者さんに接し、解決法が無い困難に直面している方こそそのように感じるは当然のことと思う。しかし残念ながら現状としては、上述のごとくその答えは(未だ)ない、としか言えない。文献的には「明らかに社会的処方は有用である」いう良質な研究成果がたくさんあるといったような状況ではない。しかしながら、注意しなければならないことは、いわゆるエビデンスが無いという状況は、その介入による効果が無いことを意味するのではない22)。社会的処方の効果は、あるかもしれないし無いかもしれない。わからない。それを明らかにするために、社会的処方についての質の高い研究知見を蓄積していくべき状況である。繰り返しになるが、日本全体で国策として社会的処方を推し進めるにはエビデンスとしては時期尚早であろう。我々科学者が行うべきは、過剰に社会的処方の効果を強調することでもなく、かといって、エビデンスはない!と全面的にその意義を否定するのでもなく、先行研究の限界を克服する研究デザインを用いた社会的処方についての疫学研究を粛々と行い、その知見を蓄積し議論していくことであろう。加えて、社会的処方というような、その効果・意味合いが社会によって大きく異なりそうな介入の評価は、英国等他国の知見をそのまま我が国の社会に外挿することは極めて難しいだろう(英国からのエビデンスとして、クリケットでメンタルヘルスやADLが改善したといわれて日本でクリケットを普及させるか???)。ゆえに、我が国における社会的処方の議論を行うには、我が国における知見の蓄積が必要であろう。
日本でも既に行われている「社会的処方」
Dr. Helen Stokes-Lampardのスピーチで、社会的処方は決して新しいものでも特別なものでもなく、すでに行っている医師がいるとあった。では日本ではどうか。調べてみると日本でも「社会的処方」のような活動があるように思われたので、事例を1つ紹介したい。
私は、新潟県魚沼市の上村医院を訪ねた。上村氏は、自身の臨床経験から、地域に手ごろな価格で継続して運動ができる場所・機会が無いことに気づき、自ら「NPO法人エンジョイスポーツクラブ小出」を立ち上げ理事長となり、市と協働し、市民が安価に運動できる場を創り出した。医師は、外来で椅子に座って単に「運動しましょう」と言うだけではなく、住民に対して実行・持続可能な運動の場を新たに創り上げ「処方」することもできるのである23)(注:文献23のリンク先ページでは、他にも日本での社会的処方と思われる事例をいくつか紹介しているので、ぜひご覧いただきたい。また、今後、日本での社会的処方と思われる事例の収集を行っていく予定であるので、身近でそのようなことがあればぜひご連絡をいただきたい。)。目の前の医師が、患者のために運動する場所を作ったとなれば、これまで運動しなかった人も運動しだすかもしれない。そのような場が地域にあれば、単に運動するようになるだけではなく、近隣の人とのつながりもでき、運動以外の効果も期待できるだろう。
日本人は最も孤立?
そもそも日本でこのような社会的なつながりを創る必要がある状況であろうか。つながりを広げる余地はあるのだろうか?と疑問に思う人もいるかもしれない。調べてみると、様々な切り口はあるが、なんと日本は世界で一番社会的に孤立している国、というデータがある24)25)。特に高齢者の孤立が指摘されている24)26)。日本は、高齢化率が世界トップというだけではなく、孤立も世界トップのようである。日本よりも社会的孤立の少ない英国で、孤独担当大臣が設置され、人や地域とのつながりを創出する社会的処方が国策として広がりつつある。孤立や孤独がより深刻な日本では、社会的な孤立にもっと真摯に向き合い対応すべきではないか。
[引用文献]
1) Doctors in Scotland can now prescribe nature. World economic forum.
https://www.weforum.org/agenda/2018/10/doctors-in-scotland-can-now-prescribe-nature
2) Doctors in Montreal can now prescribe a visit to an art museum. World economic forum.
https://www.weforum.org/agenda/2018/10/doctors-in-montreal-will-start-prescribing-visits-to-the-art-museum
3) JT. 株式の状況. https://www.jti.co.jp/investors/stock/overview/index.html
4) World medical association. WMA statement on inequalities in health. New Delhi: World medical association; Oct 2009. https://www.wma.net/policies-post/wma-statement-on-inequalities-in-health/
5) World Health Organization. Social determinants of health: The solid facts. 2nd ed. 2003. http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0005/98438/e81384.pdf
6) CSDH. Closing the gap in a generation: health equity through action on the social determinants of health. Final report of the commission on social determinants of health. Geneva: World Health Organization、 2008 [cited 20 September 2018].
7) 日本医師会. 医学教育の展望 健康格差の時代に患者に寄り添える医師を育てる. DOCTORASE. https://www.med.or.jp/doctor-ase/vol21/21page_ID10study1.html
8) Daniel H、 Bornstein SS、 Kane GC、 for the Health and Public Policy Committee of the American College of Physicians. Addressing Social Determinants to Improve Patient Care and Promote Health Equity: An American College of Physicians Position Paper. Ann Intern Med. ;168:577–578. doi: 10.7326/M17-2441
9) AAP COUNCIL ON COMMUNITY PEDIATRICS. Poverty and Child Health in the United States. Pediatrics. 2016; 137(4):e20160339
10) 健康の社会的決定要因に関する研究. 平成25年度研究報告書. 厚生労働省. http://sdh.umin.jp/houkoku/2013_bw.pdf
11) 日本プライマリ・ケア連合学会. 健康格差に対する見解と行動指針.(ウェブサイト) http://www.primary-care.or.jp/sdh/
12) 日本プライマリ・ケア連合学会の健康格差に対する見解と行動指針.(本文) http://www.primary-care.or.jp/sdh/fulltext-pdf/pdf/fulltext.pdf
13) Holt-Lunstad J、 Smith TB、 and Layton JB. "Social relationships and mortality risk: a meta-analytic review." PLoS medicine 7.7 (2010): e1000316.
14) Dixon M、 Polley M. Report of the annual social prescribing network conference. London: Social Prescribing Network; 9 Mar 2016.
https://www.westminster.ac.uk/file/57446/download
15) What is social prescribing? Kings fund.
https://www.kingsfund.org.uk/publications/social-prescribing
16) 西岡大輔、 近藤尚己. 医療機関における患者の社会的リスクへの対応: social prescribing の動向を参考にした課題整理. 医療経済研究. 2018; 30(1): 5-19
17) Mackenzie G、 Barnacle J. Social prescribing steps towards implementing self-care – a focus on social prescribing. London: Healthy London Partnership、 January 2017.
https://www.healthylondon.org/sites/default/files/Social%20prescribing%20-%20Steps%20towards%20implementing%20self-care%20-%20January%202017.pdf
18) Helen Stokes-Lampard: Social prescribing and the current NHS landscape. Kings fund. https://www.kingsfund.org.uk/audio-video/helen-stokes-lampard-social-prescribing
19) Matt Hancock: my priorities for the health and social care system. Gov.uk.
https://www.gov.uk/government/speeches/matt-hancock-my-priorities-for-the-health-and-social-care-system
20) Bickerdike L、 Booth A、 Wilson PM、 et al. Social prescribing: less rhetoric and more reality. A systematic review of the evidence. BMJ Open. 2017 Apr 7; 7(4):e013384. doi: 10.1136/bmjopen-2016-013384
21) Harrison K. Social prescribing—let’s not leap in without the evidence. theBMJopinion.
https://blogs.bmj.com/bmj/2018/09/27/kathryn-harrison-social-prescribing-leap-evidence/
22) Altman DG、 Bland JM. Absence of evidence is not evidence of absence. BMJ. 1995 Aug 19;311(7003):485.
23) 日本プライマリ・ケア連合学会. 健康格差に対する見解と行動指針. 学会員への推奨に関する事例集. http://www.primary-care.or.jp/sdh/case/
24) 社会実情データ図録. https://honkawa2.sakura.ne.jp/9502.html
25) Loneliness is so bad in Japan、 elderly people are getting arrested on purpose. World economic forum.
https://www.facebook.com/worldeconomicforum/videos/278765492739952/
26) 「一人ぼっち」で過ごす定年退職者の哀愁、午前中の図書館、カフェ、ジム…. 日経ダイアモンド.
https://diamond.jp/articles/-/145209
ここまでが「実践誌プライマリ・ケア第11号2019年3月発刊(著者:坪谷・西岡)」にインスパイアされた内容で、以下では、それ以降に出版された論文や記事、関連する政治の動きなどを追加していく。
2020年6月下旬に、マスコミで「社会的処方」が取り上げられている
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