どうやら私の褒め言葉は納品先を間違えているらしい
「その髪型、とってもかわいいね」
ある朝、私の同僚のTさんが
同じフロアの新人の女の子Kちゃんに
そう声をかけていた。
Kちゃんは昨日までは
さらさらストレートロングだったのに、
今朝は耳まで見えるショートに変わっていた。
声をかけられたKちゃんはみるみる頬を赤く染め
「ありがとうございます!」
とTさんに向かって嬉しそうに言った。
TさんもKちゃんもニコニコしている。
「うん、本当に似合ってるよ。」
私も声をかけながら、少し心がざわついていた。
実は私も出勤した時から
Kちゃんが髪を切ったことに気が付いていて、
とてもかわいいと思ったのだ。
「あ、かわいい。切ったんだ。似合う」
と。
でも私はそれを自分の心の中でしか言わなかった。
数歩近づけば、Kちゃんにそう言うことはできたのに
私はそれをしなかった。
特に理由はない。
「かわいいな。」
と思っただけで、「伝えよう」とは考えなかったからだ。
だけどTさんが声をかける前に、
もし私が先に伝えていたら——
あのKちゃんの笑顔を、
真っ先に引き出せたのに。
そう思うと、少し悔しかった。
私は
「心の中で人をほめる」
くせがある。
面と向かって言うのが恥ずかしいというわけではない。
心の中で褒めるだけで満足してしまうのだ。
「あ、その服素敵だな。」
「この資料、すごく分かりやすいな。」
「今日の髪型、似合ってるな。」
そんなことを毎日のように思っている。
思っているのだけれど、そのほとんどは相手に届かない。
頭の中で完結してしまうからだ。
もちろん、悪気はない。
むしろ、心の中では毎日のように褒めている。
だけど、口に出さなければ、
その言葉は相手には届かない。
Kちゃんの笑顔を見ながら、そんなことを考えた。
Tさんの「かわいいね」は、ほんの一言だった。
たったそれだけの言葉で、
Kちゃんの顔はぱっと明るくなった。
私はその少し前に同じことを思っていたのに、
その笑顔を生み出すことはできなかった。
思うことと、伝えること。
その間には思った以上に大きな違いがある。
たぶん私は、
「伝えなくても分かるだろう」
と無意識に考えているのだと思う。
自分が誰かを見て「素敵だな」と感じたように、
相手も自分で気づいているだろう、と。
でも実際は違う。
髪を切ったKちゃんは、
きっと少しドキドキしながら出勤してきたはずだ。
似合っているかな。
変じゃないかな。
そんな不安が、ほんの少しでもあったからこそ、
Tさんの一言があんなに嬉しかったのだろう。
その時ふと思った。
私は今まで、どれくらいの
「素敵」
を心の中だけで終わらせてきたのだろう。
私は人を褒めているつもりでいたけれど、
その好意の多くを自分の中だけにしまい込んでいたのだから。
そう考えると少しもったいない。
せっかく見つけた「素敵」なのだから。
できることなら、
心の中にしまっておくより本人に届けたい。
相手が喜ぶかどうかは分からない。
でも少なくとも、届く可能性はある。
心の中だけの褒め言葉には、
その可能性すらないのだから。
だから次に「いいな」と思ったら、
一言だけ口に出してみようと思う。
Kちゃんの笑顔は、
それだけの価値があると教えてくれたのだから。
とはいえ、長年の習慣はそう簡単には変わらない。
今日も私は、
「そのバッグかわいいな」
「そのペン使いやすそうだな」
「その髪型似合うな」
を心の中で量産している。
どうやら私の褒め言葉は、いまだに口より先に脳内へ納品されるらしい。
せめて一日一回くらいは、ちゃんと本人に届けたいものである。
ほめ言葉と同じように、
感謝の気持ちを伝えることも、まだまだ勉強中です。
そんな私が「ありがとう」について考えた出来事を書きました。
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