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今日のわたしに、よくやったって言ってあげたい──“見えないがんばり”に、そっと"光"✨をあてるエッセイ#3|“がんばらない〇〇”を…

こんにちは。

"クラ"の世界へようこそ🌠
Welcome to the world of "clu"tch 🌃

エッセイ風シリーズになります。
前回は、愉しかった花火大会… 余韻が残りまくり…
翌朝のシチュエーションを描いたお話でした。

今回は、“がんばらない練習”をした状況を描いてみました。

第3話|“がんばらない練習”をしてみた日



「ねぇ、知ってる? がんばるのって、意外と才能がいるんだよ。」


──無理しないって、どうやるんだろう?

「今日は、がんばらないって決めよう」


そう思って、1日を始めた朝があった。


なにか特別なことがあったわけじゃない。

ただ、心の奥底で何かが悲鳴を上げていたんだと思う。

予定はあった。でも、それはまるで鎖のように
私を縛り付けているように感じた。




ぎゅうぎゅうに詰め込まれていたわけじゃない。

それでも、何もかもが“義務”みたいに感じて、肩に力が入っていた。

(ああ、また今日も“完璧な私”を演じなきゃいけないのか…)

心の声


がんばること=正義?


昔から、「がんばること=正しいこと」だと思っていた。

ちゃんとやる。

期待に応える。

人に迷惑をかけない。

気づけば、そうやっていつも
“フルパワーの自分”を保とうとしてた。

まるで電池切れのアラームが鳴り続ける
スマホ📱みたいに、無理やり動き続けていたんだ。


でも、本当はそんなにずっとがんばれない。

頭ではわかってるつもりでも、いざ手を抜くと、
なぜか罪悪感がついてくる。

「私、サボってる…? ダメな人間…?」

そんな声が、心の奥底から聞こえてくるんだ。

だから、「がんばらない」って、意外とむずかしい。
まるで、長年連れ添った習慣を捨てるみたいに。

コーヒーとランドセル


その日はまず、朝のルーティンをひとつやめてみた。

普段ならニュースをチェックして、
トーストを焼いて、洗濯機を回す。

まるでロボットみたいに、
無意識にこなしていた作業たち。

でも今日は、コーヒー☕だけをいれて、
ぼーっと窓を眺めることにした。




窓の外では、近所の小学生がランドセルをゆらしながら歩いていた。
その姿は、まるで希望の光を背負っているみたいだった。
ちょっとだけ、時間がゆっくり流れてる気がした。


(ああ、私もあんな風に、何も気にせず、
ただ無邪気に生きていた時があったんだ…)

心の声


手抜きというごほうび


昼には、あえて「ちゃんとしないランチ」を選んだ。
コンビニのおにぎりと、紙パックの味噌汁。

いつもなら、

「栄養バランスが…」
「手作りじゃないと…」
と自分を責めていた。

でも今日は、手をかけずに済ませることが、
自分へのごほうびだった。

「がんばらない」って、
こういうことなのかもしれない。

やってみると、思ったより心が軽くなった。
まるで、重い鎧を脱ぎ捨てたみたいに。


明日でもいいよ


夕方、やるべきことを一つだけ後回しにした。

明日でも間に合う、
でもいつもなら“今日のうちに”と
片づけていたこと。

それを「明日でもいいよ」と言ってあげたら、
心のどこかでホッとした。

まるで自分の中にいる誰かに、
ようやく許されたような気がした。

それは、幼い頃の自分を抱きしめて、
「もう無理しなくていいんだよ」と
囁いているような感覚だった。

許しの連鎖


「がんばらない」の練習って、
無理しない“選択”をひとつずつ
積み重ねることなんだと思う。

大それたことをしなくてもいい。

ただ、「今日はこれでいい」と、
自分を責めずに終わらせること。

それは、まるで小さな石を積み重ねて、
自分だけの心の城を築いていくようなもの。


静かな夜

夜。布団に入ると、いつもより深く息が吐けた。
何かを達成したわけじゃないけれど、今日は心が静かだった。
まるで、長い旅から帰ってきたみたいに。

「がんばらない日も、ちゃんと意味があるんだな」

そうつぶやいたら、なんだかちょっと泣きそうになった。
それは、頑張りすぎて疲れてしまった自分への、
労いの涙だったのかもしれない。



(ねぇ、あなたもたまには、がんばらない練習、してみない?)

心の声


最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

次回の記事でお会いしましょう!

おまけ|今日の一曲🎶







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