AIに、温度は宿るのか。ー 言葉にできない夜に、AIを使ってみた話 ー│Can AI embody warmth? – A story about using AI on a night when words fail me –
言葉にしたいのに、できない夜がある。
(そんな事、みなさんはありませんか?)
何かを感じているはずなのに、
それがうまく掴めない。
そんなとき、AIは役に立つのだろうか。
正直に言えば、少し前まで、
私はそうは思っていなかった。
AIは、正確で、速くて、
でもどこか冷たいものだと思っていたからだ。
けれど、使い方を変えたとき、
その印象は少しだけ変わった。
多くの場合、言葉に温度が乗らないのは、
技術の問題ではない。
感情が整理されていないまま、
“正しい言葉”を探してしまうからだ。
だから、整った文章は書けても、
どこか届かない。
それは、言葉が悪いのではなく、
順番が違っているだけなのだと思う。
AIに対して、
「要約して」「綺麗にして」と命令する。
それは、とても便利な使い方だと思う。
でも、それだけでは、
温度は生まれない。
少しだけ視点を変えてみる。
「この感情は、どう言葉にできるだろうか」
そう問いかけたとき、
返ってくる言葉は、少しだけ違ってくる。
例えば、こんなふうに問いかける。
「寂しいわけじゃないけど、
誰かに話しかけたくなる夜の
感情を言葉にすると?」
すると、AIはこう返してくる。
“静かな部屋に、自分の存在だけが
少し浮いているような感覚”
完璧ではない。
でも、その“少し近い感じ”が、
次の言葉を引き出してくれる。
AIは、答えをくれる存在ではなく、
言葉の“きっかけ”になる存在なのだと思う。
AIは、感情を持たない。
でも、感情に触れることはできる。
正確には、
人の中にあるものを、
少しだけ引き出すことができる。
だからこれは、
効率化の話ではない。
自分の中にあるものを、
もう少しだけ、見つけやすくするための話だ。
もし、言葉にできない何かを抱えているなら。
それは、まだ言葉になっていないだけで、
ちゃんとそこにある。(きっと……)
AIは、それを無理に形にするものではなく、
そっと輪郭をなぞるような存在なのかもしれない。
少なくとも、私はそう感じている。
⋆─── ・
この問いに、はっきりとした答えはありません。
ただ、ひとつだけ確かなのは、
ことばには、たしかに温度があるということです。
それが人の手によるものなのか、
それとも、別の何かなのかは、まだわかりません。
もう少しだけ、個人的な話になりますが、
この“温度”について考えるようになったきっかけがあります。
それは、ずいぶん前の、ある冬の日のことでした。

いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!