事例#02 広島市現代美術館(収蔵展示の偏向性・不透明性)
問題概要
広島市現代美術館収集方針
1. 主として第二次世界大戦以降の現代美術の流れを示すのに重要な作品
2. ヒロシマと現代美術の関連を示す作品
3. 将来性ある若手作家の優れた作品
土田ヒロミ、石内都 広島撮影/他館収蔵実績
・土田ヒロミ、石内都 広島撮影、関連書籍刊行歴
土田ヒロミ 広島撮影歴:
1976年〜現在 被爆者(ヒロシマ 1945-1979:『原爆の子』執筆者100名、2005、2025に再取材)
1979年〜現在 被爆遺跡(ヒロシマ・モニュメント:市内約50ヶ所、約10年ごとの定点観測)
1982年〜現在 被爆遺物(ヒロシマ・コレクション:広島平和記念資料館収蔵資料)
・土田ヒロミ 主な広島関連写真集:
『ヒロシマ1945〜1979』(朝日ソノラマ、1979)、『ヒロシマ』(佼成出版社、1985)、『ヒロシマ・コレクション』(NHK出版、1995)、『ヒロシマ・モニュメントⅡ』(冬青社、1995)、『ヒロシマ2005』(NHK出版、2005)、『Hiroshima Monument(ヒロシマ・モニュメント)』(ふげん社、2025)、『Hiroshima Collection(ヒロシマコレクション)』(NHK出版、2025)
>主な刊行物一覧
石内都 広島撮影歴:
2007年〜現在 被爆遺物(広島平和記念資料館収蔵資料)
・石内都 主な広島関連写真集:
『ひろしま』(集英社、2008)、『From ひろしま』(求龍堂、2014)、『石内都 肌理と写真』(求龍堂、2017)
・国内美術館収蔵事例(横浜美術館、東京都写真美術館)
横浜美術館(収蔵品検索データベースより)
土田ヒロミ:全60点
うち〈ヒロシマ 1945-1979/2005〉20点
〈ヒロシマ・モニュメント〉20点
〈ヒロシマ・コレクション〉20点
石内都: 全57点(横須賀シリーズ55点他)
〈ひろしま〉収蔵なし ※展覧会開催実績あり(2017年)
東京都写真美術館(収蔵品検索データベースより)
土田ヒロミ(第一期重点収集作家):全246点
うち〈ヒロシマ 1945-1979〉20点
〈ヒロシマ・モニュメント〉30点
〈ヒロシマ・コレクション〉23点
石内都(第二期重点収集作家):全33点
うち〈ひろしま〉シリーズ 10点
土田ヒロミ 収蔵・展示実績(広島市現代美術館)
同館作品収蔵
1点のみ
「ヒロシマ・モニュメント」シリーズ ドーム 1979/1990/2008. ※3点1組
注)収蔵展示における問題点:「原爆ドーム」のイメージだけを利用した同シリーズのコンセプトに沿わない展示形態、シリーズからそのまま抽出されたタイトルが、作品単体展示において意味を為さない問題が指摘されながらも長年放置されている。(土田の公式ウェブサイトの「パブリックコレクション(作品収蔵先)」のページに同館は記載されていない)
同館特別展示・制作委託歴
特別展 0回
個展 0回
グループ展 0回
小展示 1回
「ドーム:そのモニュメントをめぐるアーティストの試み」展 2008年
※美術館Webサイトには開催履歴記録なし
※〈ヒロシマ・コレクション〉は作品扱いではなく関連資料扱い・展示協力という形で以下展示歴あり
マリ=アンジュ・ギュミノ展 Nevers Hiroshima 2005年7月9日 — 9月25日
石内都 収蔵・展示実績(広島市現代美術館)
同館作品収蔵
(市民局文化スポーツ部文化振興課回答 2026.3.4)
所蔵作品は、以下1点
〈ひろしま#71〉所蔵年:平成28年 評価額:120万円
作家からの寄贈 ※展覧会の制作委託金額・内訳について要調査
※3回も「特別展」の枠で新規制作を伴う展示を行なっているにも関わらず、寄贈点数が一点ということに疑念が残る。新規制作した作品の所在や更なる展示(例:ヒロシマ賞)の機会を視野に入れている可能性など、調査が必要。
独立行政法人国際交流基金から、寄託8点
〈Mother’s” #8 〉〈Mother’s” #14 〉〈Mother’s” #15 〉〈25 MAR. 1916〉〈Mother’s” #31 〉 〈Mother’s” #33 ’〉 〈Mother’s” #39 〉〈Mother’s” #49 〉 〈25 MAR. 1916〉 〈Mother’s” #53 〉
いずれも収蔵年は平成22年、評価額70万円。
同館特別展示・制作委託歴
特別展 3回以上
個展 1回
グループ展 2回以上(要確認)いずれも新規制作委託・作家招聘含む
小展示 なし
個展
・石内都展 ひろしま Strings of Time 2008年6月28日(土) — 8月10日(日)
※新規制作委託、作家招聘あり 委託金額・契約先・収蔵作品点数確認中
グループ展 いずれも新規制作委託・作家招聘含む
・被爆70周年 第1部 ライフ=ワーク 2015年7月18日(土) — 9月27日(日)
※新規制作委託、作家招聘あり 委託金額・契約先・収蔵作品点数確認中
・リニューアル記念 Before/After 2023年3月18日(土) — 6月18日(日)
※新規制作委託、作家招聘あり(新規制作はヒロシマに関する作品ではない) 委託金額・契約先・収蔵作品点数確認中

なお、「Before/After」はリニューアル記念企画であり、ヒロシマをテーマに多くの作家に新作制作を委嘱したものである。しかし、同館所蔵の唯一の作品である土田の〈ヒロシマ・モニュメント〉は、シリーズの追加や更新さえも行われず、誤ったタイトルのまま依然として中途半端な段階の状態で展示された。現在も拡張しながら継続する土田の「ヒロシマ」の包括的で全体的な活動を悉く矮小化し、広島における相対的な評価を妨げているのが、他でもない広島の現代美術館であり、内部決定には石内都との強い関係性を持つ複数のベテラン学芸員の恣意的選択と意図的排除が強く作用しているという事実が関係者の証言によって確認されている。なお同館の作家紹介には、世界的に高い評価を受けている土田のヒロシマにおける重要な代表的シリーズである「原爆の子(被爆者ら)」の撮影や〈ヒロシマ・コレクション〉に関しては一切言及されていない。
土田ヒロミ [つちだ・ひろみ] 1939年、福井県生まれ。東京都拠点。
サラリーマンを経た後、写真家として活動を開始。土俗的文化、 ヒロシマ、高度経済成長といった主題を通して、変貌する日本の姿をカメラに収めてきました。本作は、広島において被爆当時から残存してきた建物や樹木、 橋などを約10年間隔で定点観測する 「ヒロシマ・モニュメント」シリーズにおける一作です。1979年に本シリーズを開始した土田は、戦後猛烈な勢いで再建され変化する都市の中、日常風景に埋没していく「ヒロシマ」の痕跡を継続的に記録しました。惨事の記憶をとどめる事物に対し、それを取り囲むまちの風景からは、一見すると広島という都市が一度壊滅した事実は読み取れず、当時との時間的な隔たりを意識させます。本シリーズにおいて作家は、現在という時間の営みの中、どのように「ヒロシマ」 を捉えることができるのかを問いかけました。
※土田への取材によれば、展覧会開幕の数か月前、同館の広報担当者より、同展の広報目的でドームの写真を一枚のみ使用したい旨の連絡があったという。これに対し、同シリーズの趣旨上一枚のみの使用は適切ではない旨を回答したが、その後連絡はなくその意図が十分に理解されたかは定かではない。本件は、写真を単なる一枚のイメージ/タブローとしての認識のみに留まる同館における写真という媒体およびシリーズ概念に対する基礎的理解の不足を示唆するものである。
同館の展示・収蔵方針の問題点
土田ヒロミの「ヒロシマ三部作」を構成する〈ヒロシマ・モニュメント〉は作品コンセプトから乖離した形でのわずか1点のみの作品収蔵、〈原爆の子(被爆者)〉および〈ヒロシマ・コレクション(被爆資料)〉については、作品としての展示歴は存在せず、研究も収蔵も一切行われていない。
これに対し、他館における一般的な同シリーズの収蔵形態は、三部作の基本コンセプトに沿って各シリーズから複数点を収蔵するというものであり、広島市現代美術館の収集方針は標準と大きく乖離している。学芸員の基本的写真知識の欠如という理由だけでは片付けられない問題である。
〈原爆の子(被爆者)〉シリーズは、発表当時の1970年代から国内外の美術館では展示・収蔵実績があり、直近では2024-25年パリ市立近代美術館での「l'age atomique」展で展示されている。これはとりわけ広島にとって重要な作品シリーズであるはずだが、同館では一切研究対象とされていない。被写体である被爆者の方々からは「なぜ(アメリカやフランス、東京や横浜では見られるのに)広島でこの作品が見られないのか」といった声もあがっている。
〈ヒロシマ・モニュメント〉〈ヒロシマ・コレクション〉は、国外ではテート・モダン(2015-15年の「Conflict, Time, Photography」展出品・その後巡回展)、ボストン美術館、ヨーロッパ写真美術館など国外の主要美術館で展示・収蔵されており、2014年の「ヨコハマトリエンナーレ」や2022-23年「カーネギー・インターナショナル」といった国際美術展でも高い評価を得ており、写真というジャンルに留まらない現代美術の文脈においても世界的に重要なシリーズであることは実績と共に十分示されている。さらに2025年、被爆80年の節目に中之島香雪美術館(大阪)で開催された〈ヒロシマ・コレクション〉の大規模な展示は、土田の55年に渡る広島との関わりの重要性と共に多くのメディアに取り上げられたが、その際、広島市の美術館が同シリーズの展示も収蔵もしていない点について複数の場で指摘があった。
同館には、ヒロシマを主題とする作家に展示機会を広く提供する目的から、特別展への参加・出品は「一作家につき原則一度までとし、二度以上の出品は例外的な事由がある場合に限る」という学芸内部の参考規定が存在していたとされる(元同館学芸員の証言より)。しかし、石内都については、この原則を超え、同一学芸員の企画による特別展へ少なくとも通算三回以上出品した経緯が確認される。さらに、これらの出品はいずれも新規作品制作委託及び作家の招聘を伴う多くの予算配分が推定される特別な扱いである可能性が高く、過去複数回に渡りこういった制作委託費の支払いと新作の収蔵が一体的に行われている点は、同館の一般的な制作委託の形態としてきわめて異例であると言える(詳細確認中)。このことから、担当学芸員と作家及び所属ギャラリーとの利益相反を伴う個人的関係性が同館の作家作品選定判断に大きな影響を与えている可能性が指摘され得る。
土田および石内両氏のヒロシマに関する活動実績や、国内外における評価を総合的に考慮しても、ヒロシマの多様な表現を幅広く扱うことを理念とする同館において、展覧会および収蔵作品の選定が透明性と公平性の観点から十分に担保されていたとは到底判断し難い。
同時に、石内と密接な関係性を有する特定の学芸員がかつて土田から写真史の学習不足を指摘されたことに対する個人的確執から、土田作品及び企画提案を学芸課内で意図的に排除し(具体的には、公正な協議をすべき企画会議において、石内都担当の学芸員がある企画書に土田の名を確認した時点でその書類を開くことなく却下し、その判断に対する周囲の暗黙の了解を強いるという事例が実際に生じていた)、作家と作品価値を貶めるような行為や発言が幾度もあったこと、類似性が指摘される後発のヒロシマの表現のみを評価する目的で土田の多岐に渡るヒロシマの仕事を矮小化する印象操作が行われていたこと、同学芸員の個人的な意向が同館の展示・収集方針に強い影響を及ぼしていること等が、複数名の証言から確認されている。
ヒロシマ賞について(調査中)
・カタカナ「ヒロシマ」の歴史や存在を否定する作家を「ヒロシマ賞」にノミネートし続ける同館の矛盾や、「ヒロシマ」を売って個人やギャラリーが多大な利益を得ていることの擁護と黙認。更には学芸員の発言(高額接待、職業倫理問題)や朝日新聞記者との関係性など、同賞をめぐりいくつかの問題が指摘されている。(以下別ページまとめ)
