誰かに教わる、という考えが欠けていたことに気づいた話
私はついこの間、
起業のサポートをしている方に、
師事することを決め、
ビジネスについて教わることを決めました。
元々は、
noteの世界の中で、
私のことを見つけていただいた方から、
声をかけていただいたことがきっかけです。
私は、
声をかけていただいた方と、
実際にお話しをすることになり、
自分の今の状況や悩み、困っていることなどを
お話ししました。
そんな中、
お話ししていくうちに、
お相手の方から、
こんな提案を受けました。
「私もビジネスについて、
先生から教えていただいたので、
ひろしさんもビジネスについて、
教わってみてはどうですか?」
正直、
想定外の出来事で、
固まってしまいました。
え?、ビジネスについて教わる?
ビジネスって教えてくれる人がいるの?
そもそも教えてもらえるものなの?
こんな考えが、
一瞬のうちに出てきたため、
頭が固まってしまい、
言葉に詰まってしまったのです。
そもそも、
ビジネスや起業について、
誰かに教わるという考えが、
すっかり抜けてしまっていました。
誰かに教わるという経験自体は、
もちろん今まであったものの、
ビジネスとか、起業というものが、
教わるものだと思っていなかったのです。
今にして思えば、
私は勘違いしていたのです。
国語や数学、歴史などの勉強や、
野球やサッカー、音楽などを通じての学びは、
先生や講師、監督やコーチなどの指導者から、
知識や経験、やり方などを教わるということは、
イメージがつきやすいはずです。
ただ、
ビジネスや起業は、
基本的に自分の力でやっていくもので、
自分の力で立ち上げて、
自分の力で大きくしていくもの、
という考えがどこかにありました。
それにわざわざ、
自分の競合やライバルを作り、育てるような、
ある意味自分にとって不利になるようなことを、
ビジネスという分野において、
する人がいるのだろうか、
と疑問に思っていたのです。
ただそれは、
私が知らなかっただけなのです。
葦(よし)の髄から天井を覗くように、
井の中の蛙、大海を知らずのように、
私は自分の狭い視野でしか、
世界を見ることができていなかっただけで、
自分が身を置いている環境や、
自分が見聞きし経験してきた世界が、
世界の全てだと思い込んでいただけなのです。
ついこの間の私には、
教わる、という考えが欠けていたことに、
気づかされたのです。
正直、
自力で起業について学び、
少しずつでも自力でやっていた私は、
やっているうちに行き詰まってしまい、
自分の限界を迎えて、
八方塞がりになっていました。
そんな状況を少しでも打開したいと思い、
一からビジネスについて学ぶため、
教えている方にお願いをして、
師事することを決めました。
教わることになってからは、
なんだか少しホッとしました。
起業について教わるからといって、
自分の事業がうまくいくことや、
事業が成功することが、
約束されたわけではありません。
ただ、
1人だけで頑張らなくていい、
という気持ちになることができ、
少し安心したのです。
安心したことで、
いく分不安がやわらぎ、
気持ちが落ち着いてきました。
ついこの間までは、
先の見えない不安や恐怖でいっぱいでした。
精神的にも、
大丈夫なフリはしていても、
やはりどこか落ち着かないし、
心がざわつく感覚がありました。
私の場合は、
運良く、たまたまご縁があり、
師事したいと思える方と、
出会えたからよかったものの、
もし出会えていなければ、
今この記事を書くこともなかったはずです。
私はなにか特別な存在でもないし、
まして選ばれた人間でもありません。
そんな私が、
今誰かに教わることができるのも、
自分が気がつくことができたからです。
そして、
自分が気づくために、
誰かが必要だったのです。
つまり、
自分と他人との間にある、
違いに気づくために、
自分以外の他人という存在が必要だったのです。
私に声をかけてくださった方がいて、
私に教えてくださる方がいたから、
私は気づくことができ、
教わるという決断をすることができたのです。
そもそも、
このnoteで、
カウンセラーを名乗り、
発信を始めなければ、
出会えなかった方達です。
私には、
カウンセラーを名乗り、
発信するという行動まではできましたが、
その先は1人ではできませんでした。
起業やビジネスについて、
思い違いをしていた私は、
改めて、1人ではビジネスはできないし、
そもそも人間は1人では生きていけないことに、
気づかされたのです。
正直、
気づけてよかったと思っているし、
気づいていなければ、
今もまだ悩みを抱え、
さまよっていたかもしれないことを思うと、
怖くなりました。
だからもし、
これからなにか新しいことを始めたい、
やりたいことがあるけど、
どうしたらいいかわからない、
と考えている方がいるとしたら、
誰かに教わる、
という視点を持つことをお伝えしたいです。
もちろん、
教わる相手を見極める必要はあります。
自分はサッカーがしたいのに、
野球をやれと言う人から、
教わるわけにはいかないはずです。
旅行のために英語を学びたいのに、
もっと真面目な理由で学ばないとだめだ、
と言いような人から、
素直に教わりたいとは思えないでしょう。
自分から探しに行き、
自分の目で見極めていくことも必要でしょう。
一方で、
自分から発信して、
誰かに見つけてもらう方法もあります。
私のように、
noteで発信するのもいいし、
SNSやYouTubeの方がいいという場合も
あるでしょう。
まずは、
起業しました、とか、
これから始めます、という決意表明だけ、
発信する形でもいいでしょう。
なかなか見つけてもらうのは、
時間もかかり難しいかもしれませんが、
なにもしないよりはいいはずです。
自分から発信を始めれば、
見てくれる人がいるはずです。
困っているなら、
悩んでいるなら、
思い切って言ってしまう、
というのも一つの手です。
集客に行き詰まってます。
税金の仕組みが複雑でわかりません。
そもそも起業ってなにしたらいいんですか?
世間一般では、
こうした声は、
弱いとか、
情けないとか、
甘えだ、
とか言われるかもしれません。
ただ、
事実悩んで困っているなら、
正直にそう言ってもいいはずです。
自分が悩んで困っていることを発信すれば、
気にかけてくれる人はいます。
中には声をかけてくれる人がいます。
少なくとも、
noteの世界にはいました。
殺伐とした現実世界よりも、
noteの世界の方が、
よほど温かみのある世界でした。
だからこそ、
もしこの記事を読んでいて、
noteの世界にいるあなたが、
なにか悩み、困っているとしたら、
ありのままの出来事や気持ちを、
記事に書いてみることをおすすめします。
無理にとは言いませんし、
人それぞれタイミングがあります。
ただ、
状況が行き詰まってどうにもならなくなる前に、
本当に追い詰められてしまう前に、
発信を始めることが必要です。
それはあなた自身のためでもあります。
発信することは、
不安や恐怖を感じるかもしれません。
私も最初は、
不安や恐怖を感じていました。
こんなこと書いてもいいのかな。
自分の書いた記事で、
誰かを傷つけたりしないだろうか。
誰かに目をつけられて、
叩かれて炎上したらどうしよう。
実際やってみると、
私の記事を見てくれる人は見てくれるし、
自分から意図的に、
誰かを傷つけることを書かなければいいし、
まして今日まで、炎上したことはありません。
まずは、
自分が書きやすいこと、
自分が書きたいことを書いてみると
いいでしょう。
そうやって自分の人となりや、
なにが好きで嫌いなのか、
どんな気持ちや思い、考えを持っているか、
知ってもらうことで、読んでいる人に、
自分のことを伝えていると、
誰かは気に留めてくれるはずです。
すぐには現れないかもしれないけど、
自分のことを見つけてくれる人がいて、
気にかけてくれる人がいることを信じてみると、悩んでいたり、困っていたりすることが、
何かのきっかけで解決に向かう可能性が
あるのです。
そんな未来もあるという、
一つの可能性を知ってほしいと思います。
そう思えるようになったのも、
誰かに教わることを学んだからです。
最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。
もし、
「Hiroshiってどんな人なんだろう?」
と思っていただけた方は、
こちらの自己紹介記事も、
読んでいただけるとうれしいです😊
▼Hiroshiの自己紹介記事
