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守ろうとした者が敗れ、新しい時代を作る者が勝つ――柴田勝家と石田三成から考える

柴田勝家石田三成

生きた時代も、
性格も、
立場も違う二人ですが、
ある意味では、
似た立場にいたのかもしれません。

それは、
「主君亡き後の秩序を守ろうとする側」
に立ったことです。


守る勝家、台頭する秀吉

織田信長が亡くなった後、
織田家臣団の力関係は大きく変わりました。

その中で急速に台頭したのが、
豊臣秀吉です。

一方、
信長時代からの重臣であった柴田勝家は、
秀吉と対立します。

そして賤ヶ岳の戦いで敗れました。

その後の秀吉は、
織田家臣という枠を超え、
自らが天下人になっていきます。

つまり、
これまでの秩序の中にいる勝家
に対して、
その秩序そのものを超えていく秀吉
という見方もできるでしょう。


三成の前にも、家康がいた

そして秀吉の死後。

今度は、
豊臣政権の中で、
徳川家康が存在感を強めていきます。

それに対抗した中心人物の一人が、
石田三成でした。

関ヶ原の戦いで三成は敗れ、
その後、
家康は江戸幕府を開きます。

ここでも、
豊臣政権という、
「既存の秩序を維持しようとする側」と、
「その秩序を超えて新しい時代を作っていく側」
という構図が見えてきます。


「守ること」が正しいとは限らない

ここで考えさせられるのは、
「守る側が善で、変える側が悪」
とは限らないことです。

反対に、
「新しいものを作る側が正しく、
古いものを守る側が間違っている」
とも限りません。

勝家には勝家の理屈があり、
秀吉には秀吉の理屈がある。

三成には三成の理屈があり、
家康には家康の理屈がある。

ただ、
時代が大きく動くときには、
「今までのものを守ろうとする力」と、
「これまでの枠組みを壊して進もうとする力」
がぶつかることがあります。

これは、
現代でも同じなのかもしれません。

会社でも、
仕事でも、
人生でも、
これまで通りでいたい自分と、
新しい道へ進みたい自分が
ぶつかることがあります。

守ることにも意味がある。

変えることにも意味がある。

大切なのは、
「昔からこうだったから守る」
ではなく、
自分は何を守りたいのか
を考えることなのではないでしょうか。

勝家と三成の敗北を見ていると、
時代が変わるとき、
ただ過去を守るだけでは、
大きな流れには抗えないこともある。

そんなことを、
歴史は教えてくれているように思います。


最後までお読みいただきありがとうございます。

もし、
「Hiroshiってどんな人なんだろう?」
と思っていただけた方は、

こちらの自己紹介記事も、
読んでいただけるとうれしいです😊

▼Hiroshiの自己紹介


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