棺桶は三段重にしてね(1-おいしいものだけ食べていきたい)
「棺桶に入れてほしいものって、なんか思いつく?」
大掃除をしていたら、娘にそう聞かれました。
何気なく考え始めたのですが、これが大変。
冨美家のしのだそば。
やよいのちりめん山椒。
今半のすき焼き弁当。
次から次へと出てくる。
食べ物じゃなくても、
マディソンブルーのシャツ。
染付のお皿。
花びら型のお湯のみ……。
「あかん。棺桶ひとつじゃ足りひん。せめて三段重にしてもらわんと」
言いながら、どの段に私が入るのかまで真剣に考えていました。
娘は大笑い。
失礼な。こっちは真面目やのに。
でも、ふと胸がいっぱいにもなりました。好きなものがこんなにある。それがたまらなく嬉しいかったんです。
こんなふうに思える日が来るなんて、思ってなかったから。
娘にも何気なく話してみたら。
「それは書いたほうがいいよ、元気になる人がいると思うよ」
と言ってもらえて。自信はないですが、わたしと同じつらさがある人に届いてほしくて、書いてみます。
私は1968年生まれの58歳。車いすで暮らしています。
39歳の時、大動脈解離になり、歩けなくなりました。
夫はその数年前に亡くなっていて、子どもは娘とダウン症のある息子のふたり。
病気をしてから長い間、お腹が空きませんでした。
食べたいものもない。おいしいとも思わない。朝から晩まで白ごはん一膳でも平気でした。
体が弱ると、欲望まで弱るんですね。
あの頃は、
「あと10年ぐらい生きられたら十分かな」
と本気で思っていました。
子どもたちが自立するまでは、がむしゃらに働いて。
その後はもう、いつどうなってもよかった。
長生きしたいという気持ちがありませんでした。
そんな私が変わったのは、二度目の病気でした。
心内膜炎。命に関わる病気です。
「助かっても手が動かなくなるかもしれません」
と説明されました。
ちょうどその頃、念願の車を買ったばかりでした。
夫との思い出が詰まった車種。何年も探して、ようやく見つけた一台を、手で運転できるよう改造してもらったのに。
まだ、ほとんど乗れていない。
手術室へ向かう直前、ショックでした。
子どもたちのことはもう心配いらない。大丈夫。不思議なくらいそう思えました。
でも、車はあきらめられなかった。
まだ乗りたい。どこへも行かなくてもいい。
高速道路をぐるぐる走るだけでもいい。
とにかくもっとハンドルを握りたかった。
我ながら、どないやねんと思います。
でも、その時、初めて気づいたんです。
私、まだ生きたいんや。
手術は無事成功しました。後遺症もありませんでした。
そして思いがけないおまけがついてきました。
お腹が空くようになったんです。
大きな胆石が見つかったので、それを取ってもらったからかもしれません。
夜中にお腹がぐうぐう鳴る。食べたいものが浮かぶ。
病室のテレビにデパ地下の中継が映ると、見てよだれが出そうになる。
そんなことが、たまらなく嬉しかった。
そうや。私、これが好きやったんや。あれも好きやった。これも食べたかった。
夫が亡くなってからは子育てに、歩けなくなってからも仕事にいっぱいいっぱいで。そういえば、食事も買い物も、ずっと自分のことは後回し。
もう私は、好きなものを、欲しがっていいんや。
ずっと忘れていた欲望が、ひとつずつ戻ってきたんです。
退院してから、忙しくなりました。好きなものを探さなあかんからです。
ところが私は車いす。雨の日は外に出にくい。真夏も厳しい。お取り寄せも、重いものは自分で運べない。
時間も体力も、無限じゃない。
今度またいつ病気をするかわからない。
だから失敗したくない。
食べるなら本当においしいもの。買うなら本当に好きなもの。
テレビを見て。雑誌を見て。人に聞いて。
ショーケースの前でじーっと眺めて。
その結果、私はたぶん、おいしいものを見分ける能力がかなり上がったと思います。
毎日が買い物競争。
もう人生、秒読みです。
一分たりとも無駄にできません。
土から出てきたセミの気持ちが、今はすごくわかります。
先日、同い年の友人がこんなことを言いました。
「自分の好きなものがわからないの」
レストランを聞かれても、
「なんでもいい」
旅行先を聞かれても、
「どこでもいい」
長い間、家族を優先して生きてきたら、自分の欲しいものがわからなくなってしまったそうです。
彼女は本当に素敵な人です。家族のために一生懸命、生きてきた人です。幸せな人生だと思います。
でも私は、もったいないなあ……とも思ってしまいます。
失って初めてわかりました。
欲望は、当たり前にそこにあるものじゃない。気づけば消えてしまうこともある。
これが食べたい、あそこへ行きたい、これが欲しい。
そう言える力は、実はすごく尊いものです。
だから私は、今のうちに欲張ろうと思います。
お腹が空くうちに。元気なうちに。
好きなものを抱えられるだけ抱えておこうと思います。
そして棺桶にぎゅうぎゅうに詰め込んで、
「満足、満足」
と笑って旅立ちたい。
私の終活は、きれいに片づけていくことじゃありません。
最後の最後まで、風呂敷を広げ続けること。
棺桶に入れたいものを、これからひとつずつ、数えていこうと思います。私が好きなものを、皆さんも好きになってくれたら、書くのが楽しいです。
棺桶は三段重にしてね。
いや、三段でも足りないかもしれません。
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