棺桶は三段重にしてね(3-パレスホテルのミックスベリーのデニッシュ)
私には特技があります。
それは……ひと目惚れの的中率の高さ!
東京駅へ行くと、時間があれば必ず寄りたい場所があります。パレスホテルのパン屋さんです。
お目当ては、季節のベリーのデニッシュ。

初めて見た時、「あ、これ絶対おいしい!」
そう思いました。まだ食べてもいないのに。
真っ赤ないちごやラズベリー、ブルーベリーが宝石みたいに並んでいて、その下には何層にも重なったデニッシュ生地。
焼き色はこんがり。表面はつやつや。クリームも申し訳程度の量じゃなく、ベリーをどっしりと受け止めている。三歩離れたところから見るだけで、バターの香りまで完ぺきに想像できるようでした。
「これは絶対、私の好きなやつ!」
そう思い、買って帰りました。
家でひと口食べて、びっくりしました。サクッという音のあとに、じゅわっとバターが広がって、甘酸っぱいベリーが追いかけてくる。
あまりのおいしさに、私、泣いてしまったんです。
それを見た娘が、
「えっ? 泣くほど!?」
と大笑い。
「なんでパン食べて泣いてるん?」
呆れ顔の娘になんと説明するか迷いました。あまりのおいしさに泣いた……というより、
「まだこの人生で、こんな幸せを感じられるんや」
そう思ったら、涙が出てきたのです。そして私は娘に言いました。
「私が死ぬ時は、このベリーのデニッシュを棺桶に入れてほしい。」
娘は一瞬ぽかんとして、
「えっ、そこまで!?」
と再び大笑い。
「好きなもの持って死にたいねん」
「おもしろいやん。それ書いたほうがいい!」
この連載は、そこから始まりました。

その時、ふと気になったんです。なんで私は食べる前から、あ、これ絶対おいしいってわかったんやろか?
歩いていた頃は、わたしにそんな目利きの力はありませんでした。たぶん、この目を育ててくれたのは、歩けなくなってから。車いすって、目線の高さにちょうどショーケースがあるんです。
歩いている人が何気なく通り過ぎてしまう場所も、私は真正面からじっくり眺めています。
パンの焼き色。
フルーツのみずみずしさ。
ローストビーフの断面。
駅弁のおかずのギッチリ具合。
明太子のそろった粒。
全部、よく見える。だから私は、とにかく見ます。座っているだけで、へばりつくのと同じぐらいの見え方です。お店の人からしたら、ちょっと不気味なお客さんかもしれません。
でも、よく見ることには、理由があります。
車いすになってから、買い物は「いつでもできること」ではなくなりました。
雨の日は出かけにくい。
真夏は体力がいる。
体調だってあります。
そして何より、段差が怖いんです。
「あ、このお店は入られへん。」
楽しみにしていたお店に着いた途端、段差に阻まれてしまう。それは今でもあります。だから入れないお店は、外から眺めます。
ガラス越しに、じーっと。
「あのパン、おいしそうやな」
「あのお肉、ええ色してるな」
「あのデニッシュ、絶対好きや」
目をギラギラさせて、空想で下見をしています。入れないからこそ、よく見るのが癖になりました。
私にとって、買い物は「また今度」があまりに遠いイベント。だからこそ、一回一回の買い物が真剣になる。私のおいしいもの探しは、そんなふうに始まりました。
気づけば、お店を決め打ちするようになりました。
牛肉はこのお店。
豚肉はあのお店。
パンはまた別のお店。
今日は牛肉だけ買って、次のお店へ。豚肉だけ買って、また次へ。近くに同じような店があっても、わざわざ離れたお気に入りの店まで買いに行きます。
我ながら「そんなことまでせんでも」と、呆れることもあります。でも、好きなものを選ぶ時間が、今の私には何より楽しいんです。
今日は外へ出られた。
今日は体調がいい。
今日は好きなものを選べる。
その一日を、無駄にしたくない。だから、ちゃんと見て、ちゃんと選ぶ。気づけば、おいしいものを見抜く目が育っていました。
坂道ばかりの家から、今のマンションに引っ越してからは、買い物もしやすくなりました。外出の回数も3倍ぐらいに増えました。だんだん慌てて買うこともなくなりました。
すると、
「今日じゃなくてもまた来られるから、売れ残りじゃなくて、ベストなものを買おう!」
さらに本当に欲しいものだけを選べるようになったんです。
若い頃は「買うこと」が楽しかった。今は「選ぶこと」が楽しい。
ショーケースの前で立ち止まって、じっと眺めて、「今日は君や!」と決める時間まで、おいしい。

車いすに乗るようになって、失ったものはたくさんあります。
でも、ショーケースの前で立ち止まる時間をもらいました。ゆっくり眺めて、本当に好きなものを選ぶ目も。
人生、案外、悪いことばかりでもないですね。
だから棺桶に入れたいもの、三つ目はパレスホテルのベリーのデニッシュ。できれば、焼きたてを狙いたいところ。
きっと私は最後まで、
「あ、それ絶対おいしい!」
と目をギラギラさせて、自信満々で言っていると思います。
私が棺桶に入れたいと思うものを、ひとずつ書いています。どこで出会ったのか、なぜそれが好きなのか。病気をしてから、よくばりになってしまった私の話です。よかったらぜひ、最初から読んでみてください。
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