工場 AI は、なぜ「試す」と「定着する」のあいだで止まるのか。 Schneider Electric が抜け出せた理由
2026 年 3 月、AI 導入支援を手がける Digital Applied が公表した調査結果に、少し引っかかる数字がありました。企業の 78% が AI エージェントを試験導入しているのに、実際の業務の中で使い続けられるところまで進めた企業は 14% しかなかったのです。製造業も例外ではなく、業種別では 13〜16% と平均付近にとどまっていました。もう「始めること」自体は珍しくないのに、「AI を日常業務に根づかせる」ことには別の難しさがある、ということです。
この数字が面白いのは、問題を技術力不足だけで説明していない点です。同じ調査では、試験導入で終わらず業務に定着させられた企業と、途中で止まった企業とで、AI への投資総額そのものに大きな差はありませんでした。差が出ていたのは、お金や人手のかけ方です。前に進めた企業は、効果を確かめる仕組みや、稼働後の見守り、運用を担う人員に多くの予算を振り向けていました。一方で、止まりやすい企業は、どの AI を使うか、どう指示を出すかといった部分に力をかけがちだったとされています。壁になっていたのも、今ある古いシステムとうまくつなげないこと、利用が広がったときに品質を保てないこと、稼働後を見守る仕組みがないこと、誰が運用責任を持つのかが曖昧なこと、そして業務データが足りないことでした。
ここまで読むと、PoC の先に進めない理由はかなりはっきりしています。問題は「AI が賢くない」ことではなく、「AI を業務に定着させる側の準備ができていない」ことです。技術として動いても、評価の仕組み、運用の責任、現場との接続が後回しになる。工場 DX の現場で何度も見かける風景が、そのまま数字になって表れているように見えます。
AI を日常業務に定着させる会社として読む
Schneider Electric が AI を日常業務に定着させるうえで、やっていたことは大きく 3 つに整理できそうです。1 つ目は、今ある設備や仕組みを生かしたまま導入できるようにしたこと。2 つ目は、問い合わせ対応やサプライチェーンのように、実際の業務に直結するテーマに絞って成果を積み上げたこと。3 つ目は、AI を一部の専門チームだけのものにせず、全社で理解し運用できる土台をつくったことです。この記事では、この 3 つを順に見ていきます。
Schneider Electric はフランスに本社を置く電気設備・エネルギー管理の大手で、工場の制御システム、配電設備、ビルのエネルギー管理など、産業インフラの広い領域をカバーしています。企業規模も約 16 万人に及びます。
この会社は、AI をショーケースで終わらせていません。年間約 750 万件の顧客問い合わせの一次振り分けを AI で処理し、自社のサプライチェーンでは在庫日数を 6 日短縮し、在庫を 10% 減らし、特定ラインでは平均 15% の歩留まり改善も出しています。
PoC の先に進めない会社では、AI はだいたい特別扱いされます。関係者が注目し、試験環境が用意され、手厚く見守られる。一方で Schneider Electric の事例から見えるのは、AI を特別な実験で終わらせず、日常業務の中に組み込んでいく設計です。企業の 78% が試験導入までは進めているのに、業務に定着させられた企業は 14% にとどまる。その差は、まさにこの移し方にあるのかもしれません。
レガシーを壊さず、上に載せる
Schneider Electric がまずやったのは、AI を入れるために設備を全部入れ替えるのではなく、今ある設備を生かしたまま改善できる形をつくることでした。他社との違いは、レガシーを全部壊して作り直すのではなく、その上に新しい層を載せる発想を取っている点にあります。Schneider Electric は、制御を特定の機器ごとに閉じたものとして持つのではなく、ソフトウェア側を柔軟に更新しやすい形へ移そうとしています。同社が進める「ソフトウェア中心の自動化」は、制御の中身をハードウェアから切り離し、機器を丸ごと入れ替えなくても改善しやすくする考え方です。言い換えると、既存設備を生かしたまま、後から制御や最適化のやり方を変えやすくする発想です。
この発想は、Schneider Electric、Microsoft、そしてインドでグリーン水素関連技術を手がける h2e POWER の協業事例にも表れています。3 社は、インド初の完全自律型 SOEC を導入したと発表しました。SOEC は、高温で水蒸気を電気分解して水素をつくる「固体酸化物形電解セル」です。この事例では、6,000 時間を超える安定運転と、最大 10% の電力消費削減が示されています。ここで重要なのは、新しい設備を全部入れたことではなく、今ある設備や投資を生かしながら、操業を止めずに近代化する道筋をつくっていることです。
工場 DX が現場で止まりやすい理由の 1 つは、新しい仕組みを小さく試すことはできても、既存の設備や運用につなぐ段階で一気に難しくなることです。現場では、設備を全部入れ替えて始められるケースの方がむしろ少ないはずです。だからこそ、本当に問われるのは、新しい技術を入れられるかどうかではなく、今ある仕組みを生かしたまま無理なく広げられるかどうかです。Schneider Electric のやり方は、その壁を正面から壊すというより、既存設備の上に新しい層を載せることで越えていこうとしているように見えます。これは始めやすいだけでなく、実際の業務に定着させやすいという意味でも大きいと思います。
最初から本番を前提にする
次に Schneider Electric がやったのは、試験導入の件数を増やすことではなく、実際の業務で使い続けられるテーマに絞って展開することだったように見えます。Schneider Electric の Chief AI Officer である Philippe Rambach は、2024 年の時点で、AI をラボや小規模な実証の外に出し、一部の実証で終わらせず、実際の業務の中で広く使えるようにしていく必要があると語っていました。この発言からも、同社では AI を「試せるか」ではなく、「どう広げるか」で見ていることが分かります。
ここが、PoC 地獄にはまりやすい企業との大きな差だと思います。止まりやすい企業では、まず試して、うまくいったら広げる、という順番で考えがちです。けれど実際には、試験導入がうまくいく条件と、実際の業務に定着する条件はかなり違います。少人数で見守る環境で動くことと、現場に埋め込んで毎日使い続けられることは、別の話です。
Schneider Electric が重視しているのは、試験導入の案件を増やすことではなく、実際の業務の中で使い続けられるものを選び、その条件に合わせて導入を進めることではないかと思います。そう考えると、年間 750 万件のチケット処理や、自己回復型サプライチェーンのような成果も、「すごい AI を見つけたから生まれた成果」というより、「実際の業務で使い続けられるように、最初から導入の条件を整えてきた成果」として見えてきます。
全員を巻き込む組織設計
さらに Schneider Electric は、AI を IT 部門やデータ部門だけの仕事にせず、全社で最低限の理解を持てるようにすることにも力をかけていました。全社員向けの基礎 AI コースを進めていて、2025 年 7 月時点で 40% が修了し、最終的には 100% を目標にしていました。しかも、これは一部のデータ人材だけに向けた取り組みではなく、「AI を特別な人のものにしない」ための土台づくりとして進められています。
この動きは地味ですが、かなり重要です。PoC の先に進めない会社では、AI は専門チームのものになりやすい。つくる人と使う人が分かれ、現場は「よく分からないけれど新しいもの」として受け取る。その結果、運用責任も曖昧になり、誰が日常業務の中で面倒を見るのかが決まらないまま止まりやすくなります。
全員が AI エンジニアになるわけではありません。でも、AI が何をしていて、何ができなくて、どこに注意が必要かを現場側も理解していることの意味は大きい。たぶんこれは、新しいモデルを入れること以上に、実際の業務の中で AI を使い続けられる可能性を高める仕組みなのだと思います。
止まらない会社の共通点
ここまで見てくると、PoC 地獄を抜けられる会社の共通点が少し見えてきます。1 つ目は、レガシーを壊すことではなく、つなぎ方を先に設計していることです。2 つ目は、PoC の成功ではなく、本番運用の条件から逆算していることです。3 つ目は、AI を一部の専門家だけのものにせず、運用する組織全体に理解を広げていることです。
以前、Microsoft が AI 導入の成否は技術だけでなく、データや組織変革の比重が大きいと強調していたことを思い出します。
PoC の先に進めない理由も、Schneider Electric が抜け出せた理由も、結局はその「技術の外側」をどこまで先に設計できるかにあるのだと思います。
ここは、工場 DX の現場感覚ともかなり重なります。新しい技術そのものに反対する人は、実はそれほど多くありません。止まりやすいのは、手間だけ増えて責任だけ残る変化に見えるときです。監視は誰がやるのか。異常時は誰が判断するのか。今の設備や運用とどうつながるのか。その答えがないまま始まるから、PoC は進んでも、その先で止まりやすいのだと思います。
PoC の先で立ち上がる「組織の仕事」
試験導入はうまくいく。関係者は盛り上がる。次は実際の業務に広げましょう、という話になる。でも、そこから先が進まない。予算の取り直し、部門間の調整、評価指標の設定、運用体制の構築。試験導入の段階では見えなかった「組織の仕事」が一気に前に出てきて、気がつくと何も進まないまま、半年、1 年が過ぎていることがあります。
企業の 78% が試験導入までは進めているのに、実際の業務に定着させられた企業は 14% にとどまる。その差は、まさにこうした風景の積み重ねなのだと思います。良い PoC ができたら、あとは広げるだけだと考えてしまうと、たぶん止まりやすい。むしろ逆で、実際の業務の中で使い続けるには何が必要かを最初に決め、その条件を満たせるものだけを広げる方が、結果として早いのかもしれません。
Schneider Electric の事例から見えてくるのは、AI を業務に定着させるには、技術の精度だけでは足りないということです。今ある設備を生かしたまま導入できる形にすること。業務に直結するテーマに絞って展開すること。誰が運用し、どう使い続けるのかを全社で支えること。この 3 つを先に整えられるかどうかで、試験導入で止まるのか、実際の業務に定着するのかが分かれてくるのだと思います。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この note では、工場 AI、ロボット、スマートファクトリーの動向を、経営、技術、現場実装の 3 つをつなぎながら整理しています。
個別ニュースの紹介だけでなく、どの企業がどの入口から工場 DX に入り、どこで現場実装の難しさが出るのかまで追っています。
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出典・参考リンク
Digital Applied|“AI Agent Scaling Gap March 2026: Pilot to Production”|
https://www.digitalapplied.com/blog/ai-agent-scaling-gap-march-2026-pilot-to-production
Schneider Electric|“Artificial Intelligence solutions and AI use cases”|
https://www.se.com/us/en/work/solutions/artificial-intelligence/solutions/
Schneider Electric|“Open, software-defined automation”|
https://www.se.com/ww/en/work/campaign/software-defined-automation/
H2TECH|“With Schneider Electric and Microsoft, h2e POWER deploys India’s first fully autonomous solid oxide electrolyzer system”|
https://h2-tech.com/news/2026/04-26/with-schneider-electric-and-microsoft-h2e-power-deploys-india-s-first-fully-autonomous-solid-oxide-electrolyzer-system/
Schneider Electric Blog|“AI at SCALE. How? When? And why?”|
https://blog.se.com/digital-transformation/artificial-intelligence/2024/05/27/podcast-ai-at-scale-how-when-and-why/
Schneider Electric Blog|“Executive guide to AI upskilling”|
https://blog.se.com/digital-transformation/artificial-intelligence/2025/07/17/podcast-jean-come-renaudin-executive-guide-to-ai-upskilling/
Microsoft Cloud Blog|“Manufacturing at the 2026 inflection point: How Frontier companies are entering the agentic era”|
https://www.microsoft.com/en-us/microsoft-cloud/blog/manufacturing/2026/03/16/manufacturing-at-the-2026-inflection-point-how-frontier-companies-are-entering-the-agentic-era/
