変える人は“アウトサイド”にいるかもしれない。豊田佐吉のエピソードを見て感じたこと(2025/4/13 #128)
先日、トヨタ産業技術記念館へ行ってきました。
こちらは、トヨタの祖業である自動織機等の繊維業の機械、そして今のトヨタを象徴する自動車産業に関する資料館です。
こちら、過去に実際使われていた工場跡地を活用しており、名古屋都心部近くにありながら、広々とした展示スペースで、2つの産業の歴史・製造機械について学ぶことができます。


今回、この記念館で印象的だった「豊田佐吉の志」という展示をもとに、「何かを変える人って、アウトサイダーなんだ」と感じたことについて書いてみます。
変人扱いされながら、世界が認める自動織機を開発した豊田佐吉
いまに続くトヨタの源流は、豊田佐吉(とよださきち)にあります。
佐吉の両親は二宮尊徳が提唱した「報徳思想(ほうとくしそう※)」を生活信条としており、佐吉もその影響を受けた結果、「国家のために発明をする」ことを決意。
※報徳思想=私利私欲を戒め経済と道徳の融和を重んじる考え方
母親が機織り(はたおり)をしている様子を見て「糸紡ぎは機械化されているのに、それより難儀な機織りこそ、機械化されるべき」と自動織機の発明にとりかかります。この時1887年。
その後1890年の「内国勧業博覧会」の会場に15日間連続で通い、当時の最新技術に触れたそうです(大阪万博が開幕されますが、いまでいえば、そこに通い詰めるということでしょうから、相当な熱心ぶりと言えるでしょう)。
そして同年、初めての「人力織機」を開発。思い立ってから3年で、国内初の機械を世に出すあたり、偉業ぶりを感じます。

が、こちらの機械、あまり売れません。
佐吉は、さらなる生産性の向上が望める「動力式織機」の開発を目指します。
しかしそれもなかなかうまくいかず、いったん郷里に戻ってきた佐吉は村人から変人扱いされ、両親からも「発明より百姓を」と、心配されたというのです。
佐吉はそういった声をよそに、動力式織機を開発。やがて機械も売れるようになり、佐吉は機械をさらに進化させていきます。
その過程で、会社から追い出されるなど紆余曲折がありながら、最終的には世界最大級の繊維メーカーであった「プラット社」に佐吉の開発した機械の権利を売却。この資金を元手に、佐吉の息子である豊田喜一郎が自動車産業へ進出。いまのトヨタへつながっていきます。
現代で名を残す経営者も「アウトサイダー」が多い
この豊田佐吉のエピソードを見て感じたのは「何かを変える人って、コミュニティの中で変人扱いされる、アウトサイダー的存在なんだなあ」ということです。
現代に目を向けてみると、昨今日本企業で「組織を変えた経営者」として名前が挙がる人は、変人とは言いませんが、その会社でメインストリームとされる以外のところから出てくる。いわばアウトサイダー的な人が結構いるのです。
例えば、現在日経新聞の「私の履歴書」にも出ているソニーの元社長・平井さんは、メインストリームであったエレクトロニクス畑は歩んでおらず、ソニーの音楽子会社出身。就任当時不振だった会社の再生を果たします。
ほかには、日立なども変貌を遂げた会社といえます。
私の世代であれば、「世界ふしぎ発見」で「この木なんの木」のCMを見て、すさまじい数の関係会社の名前を見た記憶があるのでは。
今の日立は、関係会社を整理して「デジタル×インフラ」に注力して好業績を上げています。
その礎を築いたとされるのが、川村隆氏と、その次の社長だった中西宏明氏。
川村氏は子会社社長から日立のTOPに、中西氏は日立のメインストリームである重電系以外からのTOP就任でした。
ほかにも昨今、組織を変えるために「外部から経営者」を招聘する例も珍しくなくなってきました。
アウトサイダーが組織を変えていく、という構図はこれからも見られる現象なのかなと思っています。
小さなコミュニティの中でもアウトサイダーが奮闘している
で、この構図は、何も「会社経営」に限った話ではないと、木下斉さんのvoicyリスナー同士で対談する「ジブン株式会社RADIO」の対談を聴いて感じていたことを思い出しました。
この企画のいくつかの対談で「所属するコミュニティの中では、変な人扱いされる」といった趣旨のやり取りがあったことが思い出されます。
対談していた人の多くは、組織内で働きながら、日々感じている「課題感」をもとに何かしらアクションをされている方々。でも、そのようなアクションを起こすのは、多くの組織の中では少数派。ゆえに変人・アウトサイダー扱いもされるのでしょう。
(そもそも、わざわざ発信活動をしている自体が、少々珍しい営みだと思いますし笑)
でも今回、豊田佐吉のエピソードを見て「何かを変える人って、だいたいそんな風にみられるもんだ」と再確認しました。
そして今は、持ち場で「変人」「アウトサイダー」扱いされたとて、そういったアクションをしている人の取り組みをRADIO企画のような場で簡単に知ることができる。
その点では佐吉の時代よりも過ごしやすくなっていると言えるのかもしれません。
ところで「何かを変える人」「そうでない人」という構図は、キッチリ分かれる二律背反というわけでもなく、両方の要素を持っている人が入り乱れる「まだら模様」のように思うところもあり、この辺については改めて考えてみたいと思ってます。
ということで今回は以上です!
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