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藤子・F・不二雄に学ぶ「アウトプットが次を生む」仕事術(2026/4/9 #175)

先日、子どものリクエストで、川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアムに行ってきました。

子どものリクエストとはいえ、ドラえもんだけでなく、キテレツ大百科など、ほかの藤子・F・不二雄作品にリアルタイムで親しんでいた大人にとっても楽しめる場所でした。

藤子・F・不二雄(本名:藤本弘)氏は、藤子不二雄Ⓐ(本名:安孫子素雄)氏とコンビを組んで、「藤子不二雄」として多くの作品を世に送り出しています。
(これ以降は、藤子・F・不二雄氏のことを簡略的に藤本氏と表記します)

今回ミュージアムを見て感じたのは、藤本氏の手掛けた作品の多くが「(その当時の)現代の日本」が舞台で、そこにドラえもんやら、コロ助やら、現実社会には存在しないキャラクターを同居させている、ということ。

キテレツ大百科に出てくるコロ助

実際、ミュージアム内で流れていた「徹子の部屋」で、藤本氏が「片足は現実にひっかけて、手を伸ばして空想の世界へ」と述べており、この構造によって、子どもたちにとっても馴染みやすい(理解しやすい)作品になっているんだなと分かりました。

そんな数々の作品を生み出した藤本氏。

今回ミュージアムを見たなかで、彼の生き方からは、マンガ家やクリエイターの人のみならず、現代の社会人にとっても多くの学びがあると感じたので、それについて書いていきます。

(なお、本記事を書くにあたって、副読本的に『ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>藤子・F・不二雄』を読んでおり、そこからのエピソードも引用しています。)


アウトプットが、次のアウトプットにつながる

展示室では、藤本氏の作品原画やコメント等が、おおむね時系列に並んでおり、中には私がこれまで知らなかった作品も。

そのひとつが『てぶくろてっちゃん』。
主人公・てっちゃんが持つ「不思議なてぶくろ」で作ったものは、作り物でも本物のように動く、ということで『ドラえもん』の「ひみつ道具」のルーツになっているとも言われているそうです。

ドラえもんのルーツとして、もう1つ並んでいたのが『ウメ星デンカ』。
主人公・デンカの乗る「つぼ型宇宙船」から、様々な道具が出てくるということで、こちらは『ドラえもん』の「四次元ポケット」につながるアイデアだったと言われています。

これらの作品の時系列:
てぶくろてっちゃん(1960~63年)
ウメ星デンカ(1968年~70年) 
※アニメは1969年4月~9月
ドラえもん(1969年12月~97年)

ウメ星デンカはアニメ化もされたものの、半年たらずで終わってしまいます。

が、そういった作品でもアウトプットしたからこそ、後のドラえもんにつながっていったと思うと、初めから最高傑作など出てくることもなく、アウトプットを重ねることによって、より良いものが出てくるってことなんですよね。

会社員の仕事でも、悶々と考えているよりも、まずは途中段階でもアウトプットし、反応を見ながら修正を加えていくことで、より良い完成品になっていくケースは多々あります。

そして、一度完成品をつくったらそれで満足せず、次に活かせるアイデアを拾って、さらによいアウトプットにつなげていく。

改めて、とにかくアウトプットを出すことに力点を置く大事さを認識しました。

「好き」に基づいた沢山のインプットが、アウトプットを支える

展示室の一角には、「先生の仕事場」というコーナーがあり、
デスクや、オーディオ、筆記用具、そして壁面に沢山の趣味の品々が飾ってある様子を見ることができます。

藤本氏は、読書・映画・音楽鑑賞・ミニチュア模型や落語などの趣味があり、この「仕事場」を見ただけでも、そのインプット量がすさまじいことがうかがい知れます。

また海外の遺跡などに取材旅行に行くことも多かったとか。

でも、こういったインプットは、仕事のためというよりは好きでやっていたのだと、展示室のインタビューを読むとわかります。

ぼくはすべてにおいて「好き」であることを優先させてきました
好きで世界のいろいろな遺跡などを歩いてきましたが、初めからそれを漫画の材料にするつもりで歩いたわけではない
たまたま撮った写真や集めた資料が、まんがに役立っただけなんですね

ミュージアムの展示にあった、藤本氏のコメントより抜粋・引用

「好き」を軸に大量にインプットすることが、やがて仕事にも返ってくる、ということは、個人的にはとても共感できる話です。

近年、旅行が「好き」で、隙あらば出かけてます。

その中で、明治初期に「役目を終えた古きもの」として多くの城が破却された中、壊されず残っている城がいくつかあり、結果的に現代では「まちのシンボル」であり、観光収入を稼ぐ「新たな役目を担うもの」になっていることに気づきます(関連記事↓)。

こういった話からは、会社員の仕事においても「この瞬間の価値観だけで、判断してよいのか?」という問いが生まれ、意思決定の質を上げることにつながると思うのです。

ということで改めて「なんの役にたつの?」と思うことなく、「好き」なことは、時間を惜しまずやっていくのが大事と思います。

「戦略性」は持ちつつ「偶然」も活かして幅を広げる

ミュージアム内の「ヒストリーロード」というコーナーでは、藤本氏の生涯を簡単に紹介しており、そこには手塚治虫からもらったという手紙が展示されています。

渦巻き状に書かれたものを見て、手塚治虫のデザイン力に感心するのですが、これをもらうに至ったエピソードも印象的。

上述の書籍から抜粋すると、こんな流れです。

  • 手塚治虫の『新宝島』を読んで衝撃を受ける

  • ファンレターを送る際に、自分たちのものを目立たせるために、手塚の肖像画を書いた付録をつける

  • 渦巻き状に文字が書かれたハガキが返ってくる

ということで、人気者であろう手塚治虫にハガキを読んでもらうための戦略性が感じ取れます。
この後、手塚治虫の仕事場にも足を運び、漫画家への道を決心することになりました。

でも藤本氏は、戦略的にモノゴトを進めるだけでなく、時として偶然を活かして幅を広げることもしています。

そもそも安孫子氏と出会って、二人で漫画家の道を歩むこと自体が、ものすごい偶然で、マンガのような話で、実際に漫画になってますが笑、

私が注目したのが、『ビッグコミック』編集長の小西氏との出会い。

ドラえもんを世に出す前、かつ劇画が主流となっていた時代。

小西から「大人向け雑誌」にマンガ掲載の依頼を受け、葛藤の末に『ミノタウロスの皿』という短編を制作します。

絵柄は藤本氏の「読みやすい」タッチでありながら、テーマは「人類」が「ウシ」の家畜になっている異世界であり、「食べる側と食べられる側」を反対にした世界観を描いたもの。

これを機に、大人にも読まれる作品「SF短編」も、藤本氏の代表作になっていきます。

この話からは「好き」な事を突き詰め、戦略的に生きつつも、時として偶然のキッカケに身をゆだねて新しいことに飛び込むことも大事だということがわかります。

ある意味、今回のミュージアム訪問も、子どものリクエストキッカケで足を運んでいる訳ですが、結果的にめちゃくちゃ学びになることがありました笑

今回の学びを、会社員に置き換えてまとめると、以下のような感じです。
①出す(未完成でもいい)
→企画は、納得する出来でなくても出してみる
②溜める(好きベースで)
→業務外のインプットを、無駄扱いしない
③広げる(偶然に乗る)
→想定外の仕事にも、とりあえず乗ってみる

やはり、何かの道を突き詰めていった人の生き方からは、参考になることが多いですね。

では今回は以上です、どなたかの参考になりましたら幸いです!



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