見出し画像

🎧針を落とせば、いつかの風景 Pt. 99〜『スペイス・オディティ』漂う魂の軌道

ここは、とある街の音楽好きが自然と集まる喫茶店「フォックストロット」。
UKロックを愛するマスター・カズヒコのもと、駆け出しの銅版画家アミ、そして中学時代からの親友で音楽雑誌ライターのユキヒロが、ときおり立ち寄っては、レコードとコーヒーを肴に静かで熱い音楽談義を繰り広げている。


デヴィッド・ボウイ『スペイス・オディティ』 (1969年)


地上と宇宙のあいだで

カズヒコ「さあ、今日はボウイの『スペイス・オディティ』だ。記念すべき“デヴィッド・ボウイ”名義での最初のヒット曲が収録されてるアルバムだな。」
ユキヒロ「あのイントロの“地上管制塔からメジャー・トムへ”っていう無線のやり取り、あれを初めて聴いたとき、宇宙というより孤独の音楽だと思ったよ。」
アミ「宇宙飛行士の歌なんですよね? 打ち上げ前の緊張感があって、でも途中から不安な気持ちになっていく……」
カズヒコ「そう。ボウイがこの曲を作ったのは、ちょうどアポロ11号の月面着陸の頃。時代が宇宙を夢見ていたんだ。でも彼の宇宙は、もっと内省的。メジャー・トムは地球と切り離され、自分の存在を漂わせる。」
ユキヒロ「あの歌詞の“Here am I floating round my tin can...”ってとこ。宇宙服の中で自分の心だけが生きてる。まるで若きボウイ自身が、誰にもつながらない孤独を歌ってるようだ。」
アミ「歌なのに、すごく映像が浮かびますね。打ち上げから、通信が切れるまでの流れが映画みたい。」
カズヒコ「プロデューサーのトニー・ヴィスコンティは最初、この曲を“奇抜すぎる”って拒んだんだ。でもガス・ダッジョンに代わって録音された。メロトロンが入っていて、弦楽器のような幻想的な音がする。」
ユキヒロ「そうだ、ポール・バックマスターのアレンジも見事だった。クラシックのような響きなのに、ロックでもある。ボウイの“異星人感”を決定づけたね。」
アミ「アルバムのジャケットも、ボウイが宇宙を見つめてるような写真ですよね。どこか憂いがある。」
カズヒコ「まだ“ジギー・スターダスト”以前。キャラクターを作る前の素顔がある。曲はSFのようでいて、地球の現実を写してる。地上と宇宙のあいだにいる人間の歌だよ。」

漂う魂の軌道

ユキヒロ「このアルバム、タイトル曲以外にも『サイグネット・コミティー』とか『ワイルド・アイド・ボーイ・フロム・フリークラウド』とか、ドラマチックな曲が多いんだ。すでに演劇的で、のちのボウイ像につながってる。」
カズヒコ「うむ。フォークの影響も残ってるし、まだグラムロックの華やかさはない。でもすでに彼は“演じる自分”を探していた。どこに行っても落ち着かないような、あの漂う感じ。」
アミ「『スペイス・オディティ』のあとに『アッシュズ・トゥ・アッシュズ』でまたメジャー・トムが出てくるって聞きました。あれ、続編みたいですよね?」
ユキヒロ「そうそう。あれは1980年の『スケアリー・モンスターズ』に入ってて、11年ぶりに彼が“トム”のその後を描いた。地上に戻れず、幻覚の中にいる。ボウイ自身の変化を重ねたとも言われてる。」
カズヒコ「ボウイはいつも自分を更新してた。『スペイス・オディティ』は、その最初の“発射台”みたいな作品だな。1960年代の終わり、ロンドンの混沌と、未来への不安が全部詰まってる。」
アミ「このアルバムを聴くと、時代が遠く感じるのに、どこか今の世界にも通じてる気がします。SNSとかでも、宇宙空間みたいに人とつながってるようで、実は孤独だったり。」
ユキヒロ「まさに。ボウイの宇宙はテクノロジーの先にある孤独。今の時代ほどリアルに響くんじゃないかな。」
カズヒコ「そうだな。彼の歌う“Ground Control to Major Tom”っていう呼びかけは、今聴くと“誰か、そこにいるか?”っていう問いのように聞こえる。」
アミ「宇宙って、結局、心の中の広さなんですね。」
カズヒコ「いいこと言うな、アミ。ボウイの宇宙は、外じゃなくて、内に広がっているんだ。」
ユキヒロ「このアルバムを聴くと、ボウイが後に変身していく理由が分かる。地上に帰ってこない人なんだ、彼は。」
カズヒコ「そう。あの時代の若者たちが、社会の枠から抜け出したいと願ってた。ボウイは、その先に漂ってみせたんだ。宇宙船の中で、ギターを持って。」
アミ「私も、自分の作品で、そんな“漂う感じ”を出してみたいです。浮遊感というか、無重力の静けさ。」
カズヒコ「いいじゃないか。アートも音楽も、地上のルールに縛られないほうが面白い。」
ユキヒロ「そのうち個展をやろう。タイトルは『Space Etchings(宇宙銅版画)』なんてどうだ?」
アミ「わあ、それいいですね! でもその前に、私も“メジャー・トム”のように、飛び出す勇気を持たないと。」
カズヒコ「安心しろ。戻る場所は、ちゃんとあるさ。」
(BGMは『スペイス・オディティ』、ゆっくりと無重力のようにフェードアウトしていった)


次回作・・・

ジェネシス 『フォックストロット』 (1972年)

■登場人物

  • カズヒコ:52歳。喫茶店「フォックストロット」のマスター。UKロックに詳しく、レコードコレクター。

  • アミ:26歳。ウェイトレス兼、駆け出しの銅版画家。美大卒で個展開催が夢。音楽はマスターの影響で興味を持ち始めた。

  • ユキヒロ:52歳。音楽雑誌のライターでカズヒコの中学時代からの親友。店にふらりと現れてはブラックコーヒーを飲む。

※喫茶店「フォックストロット」の名前は、ジェネシスの同名アルバムに由来。
 

いいなと思ったら応援しよう!