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🎧針を落とせば、いつかの風景 Pt. 100〜『フォックストロット』に刻まれた叙事詩

ここは、とある街の音楽好きが自然と集まる喫茶店「フォックストロット」。
UKロックを愛するマスター・カズヒコのもと、駆け出しの銅版画家アミ、そして中学時代からの親友で音楽雑誌ライターのユキヒロが、ときおり立ち寄っては、レコードとコーヒーを肴に静かで熱い音楽談義を繰り広げている。


ジェネシス 『フォックストロット』 (1972年)


聴くたびに風景が変わる

アミ「マスター、このアルバムって、もしかしてお店の名前と同じ“フォックストロット”ですか?」
カズヒコ「そうそう。うちの店名は、このジェネシスの『フォックストロット』から取ったんだ。初めて聴いたとき、音の世界があまりにも広くてね。店の空気も、こんなふうに自由でありたいと思った。」
ユキヒロ「なるほどね。店の名前にするくらいだから、思い入れが深いんだろうな。72年の名盤、ジェネシスの黄金期だ。」
アミ「なんだか、聴いてると物語みたいですね。声の感じも演劇っぽい。」
カズヒコ「お、よく気づいたね。ボーカルはピーター・ガブリエル。彼のステージパフォーマンスは有名で、仮面をつけたり、翼を広げたり。音楽と演劇の融合を目指したアーティストなんだ。」
ユキヒロ「アルバムの1曲目『Watcher of the Skies』は、まるでSF映画の幕開け。メロトロンの荘厳な音が鳴り響いて、宇宙の扉が開くような感覚だ。」
アミ「ほんとだ、広がっていく感じがします。聴いてるだけで風景が浮かびますね。」
カズヒコ「そう、それがジェネシスの真骨頂。音で物語を描く。特にドラマーのフィル・コリンズの演奏は、単なるリズムじゃなくて“語り”の一部になっている。」
ユキヒロ「そしてB面の大作『Supper’s Ready』。23分間の壮大な叙事詩。戦争や信仰、再生といったテーマが7つのパートで展開される。ラストの“Apocalypse in 9/8”の狂騒は圧巻だ。」
アミ「23分もあるんですか? それ、ライブでどうやってやってたんだろう。」
カズヒコ「当時は映像演出も使ってたよ。光、衣装、ナレーション――音だけじゃなく“体験”として見せる。まさに総合芸術だった。」
ユキヒロ「このアルバムを聴くと、“ロックってここまでできるのか”って思う。普通のポップスとは次元が違う。」
アミ「音がひとつの宇宙みたい。飽きないですね。」

ロックが文学になる瞬間

ユキヒロ「“フォックストロット”っていうタイトル自体、皮肉が効いてるんだ。フォックストロットは社交ダンスのステップだけど、内容は宗教や黙示録、ユーモアと悲劇が混ざり合ってる。」
カズヒコ「イギリスのプログレは、社会への風刺や寓話を音にする文化だった。ジェネシスもその代表格。彼らの音は、イギリスの歴史や階級意識の中から生まれた“文学”なんだよ。」
アミ「ロックが文学……。なんか意外です。もっと感覚的なものだと思ってました。」
ユキヒロ「でもね、彼らはロンドンのアートスクール出身。絵や詩を学んだ人たちだから、表現の根っこが違う。『フォックストロット』は、聴くたびに発見がある“読む音楽”なんだ。」
カズヒコ「その象徴がジャケットさ。海の上に立つ女性と、魚の顔。現実と幻想の境界を描いてる。音もまさにその通り。夢と現実が交錯してる。」
アミ「不思議な絵ですね。アルバムを聴くと、絵の中に入り込んでいくような気がします。」
ユキヒロ「デザインしたのはポール・ホワイトヘッド。ジェネシスの“音の世界”を視覚化した画家だ。アルバムジャケットもまた、作品の一部なんだよ。」
カズヒコ「だから、レコードは針を落とすところから物語が始まる。デジタルでは味わえない静寂があって、B面へひっくり返すその間にも余韻がある。」
アミ「音だけじゃなく、“時間”も含めて作品なんですね。」
ユキヒロ「そう。『フォックストロット』は、ロックが“聴く芸術”から“考える芸術”へ進化した証みたいなアルバム。」
カズヒコ「このアルバムを聴いて“フォックストロット”という店名にしたのは、そんな“想像する自由”を大切にしたかったからなんだ。音楽も、コーヒーも、人との会話も、全部つながってる。」
アミ「素敵ですね。私もいつか、自分の版画で“音の風景”を描けるようになりたい。」
ユキヒロ「ジェネシスの音は、そんな想像力を呼び覚ます。踊るように、夢見るように――フォックストロットのリズムでね。」


次回作・・・

ザ・フー 『フー・アー・ユー』 (1978年)

■登場人物

  • カズヒコ:52歳。喫茶店「フォックストロット」のマスター。UKロックに詳しく、レコードコレクター。

  • アミ:26歳。ウェイトレス兼、駆け出しの銅版画家。美大卒で個展開催が夢。音楽はマスターの影響で興味を持ち始めた。

  • ユキヒロ:52歳。音楽雑誌のライターでカズヒコの中学時代からの親友。店にふらりと現れてはブラックコーヒーを飲む。

※喫茶店「フォックストロット」の名前は、ジェネシスの同名アルバムに由来。
 

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